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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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牛頭天王

今回は誰でしょうか。有名人なので、簡単かもしれません。

しばらく穏やかな日々が続いていた。初夏の爽やかな朝だ。

店の外にでて空を見上げていると、白鷺が1羽飛んでいる。いや、飛んできた。

あぁわかる、帳場格子にとまって紙鳥になるやつ。

拾い上げてみると、今回はお姫さんからの手紙であった。なかなか流麗な仮名文字だ。

3日後にいらっしゃるそうで。

「うーん、今月末は厳しいな。」と三郎は、ぼそっとつぶやいた。

しばらく考え込んでいると燕が入ってきた。鷺だけじゃないんだと感心する。

燕には、お姫さんが外出するために、いかにたくさんの学問をさせられたかが書かれていた。

通鑑覧要(歴史書)、米庵千字文(書道)、古文真宝(漢詩文)、簠簋(ほき)内伝(安倍清明著暦解説本)、古今和歌集、和算、筝。

三郎はあたりを見渡した。独り言を聞かれているようだ。試しに、「今月末は集金と御用伺いに得意先を回らないといけない。」とつぶやいてみる。

今度は風を切って隼が飛び込んできた。隼には、水瓶を覗けと書いてある。

水鏡だ。

覗くとお姫さんがいて、その後ろに本が山積になっており、その上に狐が1匹丸くなって寝ている。

「これだけ終わらせるのに15日もかかりました。だから何とは申しません、だから何とは申しませんが。」

後ろで狐があくびをした。

「職場見学をさせていただきたく!所詮陰陽師も客商売ですので、得るものはあると思います。」

必死だ。額面通り受け取ってよいのだろうか。

15日に1度くらいなら時間の都合をつけることはできるが、そうちょくちょくおいでになると仕事に差し障る。

「本当に仕事をしていてもよいのですか?」

「いいのです。寧ろそのような機会は滅多にありませんので、是非拝見させてくださいませ。」邸から出られるというだけでワクワクする。

三郎はそんなものなのかなと思い「ようございますよ。」と答えた。

にっこり笑ったお姫さんの後ろで、狐が耳の裏を掻いている。


3日後 巳の刻(朝9時)

いらっしゃいませ。お姫さんは今日は小袖をお召です。学習されたようで何よりです。

お姫さんたちを奥座敷に通して、三郎は早速言った。

「本当に申し訳ないのですが、忙しいので座敷で本など読んでいてください。」

我ながらぞんざいな扱いである。

「お仕事の様子を拝見しても構いませんか?」お姫さんが隣のだいどこにきて炊事場を覗いている。

「どうぞ。」

「何をなさっているのですか?」

「豆腐を作ろうと、大豆を挽いているんですよ。

うちは豆腐屋ってわけではないですが、大豆の卸をしているついでに3日に1回豆腐を売っているのです。今日くらいやめてもよかったのですけど、お得意様がいるものですからそうもいかなくて。」

清子と同じ年くらいの男の子二人が、さらしで作った袋に大豆の汁を入れて、豆乳とおからを分ける作業をしている。

三郎が臼を回すと、白い液体が臼をつたい、大豆の甘い匂いが広がった。

「美味しそうな匂いがするね、葛の葉。」

「豆腐はお好きですか?」

「大好きです。少し緩くてふわふわしたものが好きです。」

「できたては格別です。お昼にでも一緒にいただきましょうね。」

三郎はほほ笑んだ。


店の外に2台の荷車が止まっており、車借と店の奉公人が1斗樽をいくつか積んでいる。

あらかた終わったところで、三郎は、

「これから、お得意さんの集金と御用聞きに四条と三条の鴨川沿いを回ります。昼には帰って来ますので、こちらで本でも読んでいてください。」とお姫さんに伝える。

「拝見するわけにはまいりませんか。」清子は外に行きたい。そのために来たのだから。

「面白いものではありませんよ。」

「よろしくお願いします。」座敷で読書に比べれば、面白いに決まっている。

店主のところへ行って、帳簿を預かり、お姫さんのことを話す。店主からは、くれぐれも怪我や目を離すことのないように、との訓示を頂戴した。


牛が引く荷車は安定しているので乗ってもらおう。

もちろん荷物の樽の固定は念入りにした。そして後ろにちょこんとお姫さんを乗せる。どこからどう見ても公家の姫には見えない。完璧だ。

従者が荷車を見つめている。

「やはり駕籠にしましょうか。目立たないように、辻駕籠にしていただけないでしょうか?」と従者に声をかける。

すると、姫さんが、

「葛の葉も乗りたいようです。」

お姫さんは従者に向かって両手を差し出す。「おいで、葛の葉。」

従者はくるりと狐に変化して姫さんの腕の中へ。狐は口に刀の下緒をくわえている。さっきまで従者が差していた刀だ。

「え!?えー!?」

「この刀は大事。禁刀(呪術用)でもありますからね。」お姫さんが、のんびりとつぶやいた。

「駄目、絶対。普通、人は狐になりません!車借がいなくてよかった。お姫さんの侍は狐なんですか?」三郎は驚愕した。

「でも、葛の葉は誰よりも頼りになるのですよ。牛頭天王(ごずてんのう)のように強いのです。」

いやいや、スサノオノミコト(牛頭天王)は嘘臭い。あまりに三郎の常識を超えている。三郎は考えるのを止めることにした。



料亭、旅宿、茶屋を何軒か回る。集金と来月の御用聞きをして、来月分のお届けまでの繋ぎが必要なところには、積荷からいくらか渡した。

次は縄手通三條下る小川亭。熊本藩定宿。

「こんにちは、成田屋です。御用伺いにまいりました。」

と声をかける。

大女将の()()さんが出てきた。

「おおきに。丁度お醤油もお味噌も切れそうで、来てくれて助かったわ。とりあえず、4斗樽1つずつ、あと、油もお願いします。それから、今すぐ1斗樽でいいからお醤油がほしいのだけど、あるかしら?」

「ありますよ。いつものところに運びますね」

1斗樽は重いが一人で運べないことはない。が、せっかくなので車借に頼む。姫さんが一人になるので、姫さんも連れていく。

敷居をまたぐ瞬間、狐は葛の葉さんに戻った。通り庭を通って炊事場まで運ぶ。

「あれ、三郎さんお久しぶり。」と声がした。

振り返ると、大橋慎三さんがいた。剣術の稽古場で時々会う土佐人だ。

「最近稽古場で見んよね?」

「稽古場に通う時間を変えたんですよ。いろいろあって。」

「いろいろねぇ。そういえば、巴投げすごかったのぉ。柔術も得意なんじゃのぉ。黒石さん完敗やったもんな。」

得意ならもっと穏便にさばけただろう。

「お知り合いで?」

「長州藩士の中ではわりと有名なお人や。ところで三郎さん、商売やっちゅーが?」

「はい、味噌や醤油、大豆関連商品を扱っています。」

「へぇー、武士の副業?」

「三男なので。」

「はは、大変だ。ひとつ、頼みたいことがあるがやけんど。」と言って、手紙を1通取り出した。

「この手紙を、三郎さんのところの商品と一緒にとあるお方のところに届けてほしいがやけんど。そうやな、男の一人暮らしやき、味噌、醤油、乾燥湯葉をほどほどに見繕うて。なんぼあればええかな。」金2分を差し出した。

「お届けは明日でもいいですか?」と三郎は聞く。

「ああ、2、3日中でお願いするよ。」

「承知しました。」

封紙の宛名書きを見て、姫さんが声をだした。

「あ、このお方、存じ上げております。

主上さんの近習で、和宮様ご降嫁の折に尽力なさったお方です。ただ、そのせいで辞官落飾(出家)なさって洛外追放となったと聞いておりますが。」

「よう知っちゅーね。三郎さん、この子はいったい?」

「えーと。親戚筋の...そのまた知り合いの...お姫さんです。」

答えになってない(汗)。

答え合わせは次話でしますが、会いに行くのは、次の次かその次かです。

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