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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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足音

不穏な空気が流れ始めます。


仮板橋の松原橋を渡って堤をのぼり、因幡薬師の前を通って、亀山屋敷を越えたら上る。

すると紅殻格子(べんがらごうし)の街並みに、竹刀のぶつかりあう音と太鼓を打つ音、気合の入った声が聞こえだし、四条町の剣術稽古場に着く。三郎は午後の稽古に来た。

5日に1度剣術の稽古に通っているが、三郎はもう少し増やすべきかと考えている。

その理由はもちろん、これからも我が家にやってくるであろう揚羽蝶のためである。

初日から浪人を素で煽るような、恐るべきお姫さんだ。お姫さんによく似た美しい従者がついているが、どれほど役に立つのかわかったものではない。正直こちらの()りも必要なのではと疑っている。

一番近くの稽古場は四条河原町にあるが、なにせ繁華街の稽古場につき、門人が多すぎる。

ここは穏やかな雰囲気でよい。四条河原町に比べれば、だ。

京の町には武士がどんどん集まってくるので、稽古場はどこも盛況だ。

稽古場は、本来特定流派の剣術を教える場所だが、増え続ける武士へ稽古場所を提供する場と化している。そのため稽古は竹刀打ち込み稽古が中心で、試合稽古が多くを占める。流派の垣根を取り払っている講武所の影響もあるかもしれない。

他流試合の申し込みも多い。門人内でも他流試合のような現状なのだから、拒む理由はない。

そして、その申込者の相手をするのは、その稽古場でもっとも後腐れない者の役割である。

後腐れのないとは、京都の政争に無関係という意味で、つまり、三郎のような者である。

三郎はいろんな人と稽古ができると前向きにとらえることにしている。

今日来た他流試合の申し込み者は長州藩士だ。

歳は30歳くらいだろうか。礼儀正しく物腰も柔らかいので好感が持てる。男は黒石矢太郎と名乗った。


黒石さんとの試合の一番手は避けることができたので、試合の様子をよくよく観察する。

とてつもない上手だとは思わない。しかし、押しの強い実践的な動きをする。そして突きが好きだ。

三郎は突きが嫌いだ。きれいに決められれば、息が止まりそうになるし、外れたら外れたで、防具のないところに突き刺さる。そして、そのあとは大概組討ちになる。組討ちは、いかにも敗者の息の根を止めるようで嫌いだ。実際その通りなのだが。

三郎はどっと気が重くなった。

黒石さんの一試合目が終わった。

間に別の数組の試合を入れて、三郎と黒石さんの番になった。

一礼し三歩進んで蹲踞(そんきょ)

「始め。」と判者の声がした。

相手は突きが好きだからきっと中段だ。三郎は中段に構えた。相手は、ほらね、中段だ。

「さぁっ!」

相手の竹刀を何度か牽制し、先手必勝、相手の竹刀を巻き技で巻きとり、面を攻める。

上手く避けられた。

相手が面を打ってきたので、胴を狙う。

小手面からの体当たり。相手は足を引っ掛けて組討ちに持ち込もうとしてくる。

体を左右にさばきながらなんとか距離をとる。

「突き!」(っ、痛ってぇ。)

外れだ。相手はそのまま竹刀を捨てて、三郎の肩を捕み押し倒しにきた。突きを外すと自分の面ががら空きになるから当然の戦法だ。

でも、竹刀が刺さったところをわざわざ押さなくてもいいでしょ?

カチンときた三郎は、受け身を取りながら逆に相手の腕を引き相手の股を蹴り上げた。巴投げだ。

そしてすかさず膝で相手の肩を抑えつけ、面を剥ぎ取った。

「勝負あり。」

蹲踞し、一礼「ありがとうございました。」


三郎は試合に勝てたが、一目散に黒石さんのところに行く。

巴投げをきれいに決めてからの面の剥ぎ取り、気を悪くしたのではないだろうか。試合中に勝ち方の配慮ができるほどの技量は三郎にはない。だから仕方がないが、上手いやり方ではなかったと思う。三郎は胸を借りたことに過剰なほどの感謝の言葉を述べた。幸いなことに、にこやかな笑みをたたえている。

ただ、「あなたの打ちは軽いし、すぐに距離をとろうとする。実戦では必ず私が勝ちます。」としっかり釘を刺された。三郎は、負け惜しみだ!と内心毒づきながらも、「ご指導ありがとうございます。」と言って深く頭を下げた。



稽古場を出ると、外はもう群青色と橙色が溶け合う時間。具足袋を引掛けた竹刀を担いで、三郎は来た道を帰ることにした。繁華街に行く人たちとは逆方向だから静かでいい。

聞こえるのは自分の下駄の音ばかり。…ではない、誰だろう?振り返る。黄昏時でよくわからない。なぜか足音も止まった。

偶然だろうと思い歩き出すと、もうひとつの足音も進み出した。

気のせいだと思うが、足を早めてみる。もうひとつの足音も早足になった。

これは偶然か?どうしようか、このまま松原橋を渡ればすぐに家だ。だが家まで案内してしまってよいのか。落ち着け。まだ、つけられていると決まったわけではない。

四条大橋の方へまわってみよう。清水町を上って、稲荷町で辻子(づし)に入ってみた。足音はついてくる。これはもう間違いない。気づけば三郎は駆け出していた。

四条大橋からは、河岸の店店に明かりが灯り、河川敷にはたくさんの人が遊び出ていてる幻想的な景色が見えることだろう。しかし、三郎には周りの景色など目に入らない。なんで自分は下駄など履いて来てしまったんだ、と自分に腹を立てている真っ最中だ。

追いかけられる予定はなかったのだから仕方がないか。

「うゎ!」人にぶつかった。

「も、申し訳ありません。」下げた頭をあげると、白鼠の襟、藍染の上下を着ている若いお侍さんが二人、三郎の顔をのぞいていた。

「大丈夫か? そんなに慌てどこさ行く?」

「こっから先は、剣術少年にはまだ早えべ。」

「(はっ、会津様だ。)追われています。助けてください。」

二人は驚いて顔を見合わせた。

「柴さん、どう?」

「わからねぇ。どんな奴だ?」

「わからない、でも、本当につけられていたんです。稽古場からずっと。これじゃぁ家に戻れない。」

「田原さん、夕飯時だね。少年と一緒に夕飯にすっか。少年、名は?」

「成田三郎です。」

「そうか、私は柴司、こちらは田原殿。ドジョウ鍋でも食べようか?」

これは助かる。会津藩士の強さは折り紙付きだ。三郎が会津様と鍋をつついている間に、追手はどこかへ行ってしまうかもしれない。


湯気の立ち上る柳川鍋をつつきながら、

「なして追われてる?」柴様が聞いてきた。

道場からということは、心当たりは他流試合しかない。

「稽古場で、初めて会った長州人を巴投げにして、面を剥ぎ取りました。」

二人はどっと笑い、笑いが止まらない様子だ。

「気の毒な!」と柴様。

「少年やるな!どんな奴だった?」と原田様。

「物腰柔らかく品があり、武より文を好みそうな人に見えました。」

「追われたんだよね?」

「…はい。」やはり人違いだろうか。三郎は自信がなくなってくる。

「ははっ、面子潰されて怒ってるよ。」

「これからどうしようか。まずは稽古場に行く時間を変えてみる。それから師範に相談する。それでもまだ追われるようなら、稽古場を変えることも考えないといけない。そん時は、黒谷(金戒光明寺)に私達を尋ねておいで。」

「家まで送ろう。」

店の外に出て、三郎はあたりを見渡した。周囲はとても賑やかで、華やかで、夢の中にいるようだ。

自分は夢でも見ていたのではなかろうか、だんだんそんな気になってきた。

何の事件について書こうとしているかわかりますか?この年の長州といえばこれしかないでしょう!です。

次は清子も出てきます。相変わらず、ちょっとズレている清子さんです。

剣道の組討ちがでてきました。現在のルールではありえませんが、昔は当然有効でしたし、今でも組討ちの稽古をしているところはありますよ。あまりに読者が少ないのでTwitter始めました。このような小ネタをつぶやきます。

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