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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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記憶の欠片

誰が登場したか当ててください。

前話を倍ほど加筆したので、話が若干進んでいます。そちらも是非読んでください。


町に出ると通りにはたくさん人がいる。清子は、お師匠さんのあとをついて歩いている。お師匠さんは人避けになってくださっている。


そこら中で歌と楽器の音がしている。

「お師匠さん、このベンベンと鳴っているのは琵琶でしょうか。」

「これは三味線です。ここいらは花街ですから、今時分は芸者が三味や歌、舞の練習をしているのでしょう。あっ見てください、これが三味線です。」三味線屋があった。いくらなんでも清子だって三味線ぐらいは知っている。

「花街は楽師の住む町なのですね。」

「……ちょっと違いますね。」


派手な柄の茶碗や急須が並んでいる焼物屋。

店先にきれいな櫛やら紅ちょこやらが並んでいる小間物屋。

「櫛はもう少し大人になったら結婚相手に買ってもらってください。」

とお師匠さん。

「別に欲しいなどと言っておりません。」と頬を膨らませて答える。

菓子屋もある。甘い匂いがする。


「歩き疲れていませんか?」三郎は聞いた。

日本の身分制度はやんごとなくなればなるほどに行動範囲が狭くなる。帝は御所の築地塀(ついじべい)から出たことがない。

「大丈夫です。面白くて足の疲れなど忘れてしまいます。」とお姫さん。

やっぱり疲れているじゃないですか。

「そうですか、この先に京菓子屋がやっている水茶屋があるのです。

いわゆる水茶屋とは違い、茶と菓子を味わうことを主にした店なのです。

美しい菓子を出す事で人気があるのですが、行ってみませんか?」と誘ってみる。

するとお姫さんの顔がぱぁっと花が咲いたようになった。お可愛らしいこと。



店の前には床几(しょうぎ)が置かれ、野外でも茶を楽しめるようになっているが、今日は晴れて埃っぽいので屋内の席にする。

お姫さんと葛の葉さんには生菓子、三郎はみたらし団子を注文する。みたらし団子はただの醤油のつけ焼きのこと。甘味にさして興味がない三郎には他の選択の余地はない。

お姫さんには文目(あやめ)、葛の葉さんには山吹を模した練り切りが濃茶とともに運ばれてきた。

文目は、紫色で菱形の4枚の花弁を持った花の形をしており、中心がほんのり黄色に着色されている。

山吹は餡のまわりにそぼろ状にした緑と黄の練り切りがまぶされている。


三郎は横目でなんの気なく二人を観察している。

上品な菓子の姿に感心しているお姫さんは、自分の菓子だけでなく従者の菓子もしげしげと見つめている。

お姫さんが従者の菓子を楊枝で切り分け、うち一欠片を自分の皿に取り置き、今度は自分の菓子を一欠片切って従者の口に運んでいる。

どちらも練りきりなんだから味は同じじゃないのかと思うが。どうだろう。

それにしてもこの従者は美しいな、すらりと背が高く、白い肌に真紅の唇、潤んだ瞳は切れ長だ。女であればどれほどであったろう、もったいない。

いや、女でなくても妓楼に出せば容易に客がつくに違いない。

一応断っておくが、三郎は今、衆道に落ちそうになっているのではない。同じ性別として納得いかないのだ。造物主に納得がいかない。

そんな従者が姫さんに微笑み返す。

物理的距離もそうだが、この二人の精神的距離はやたら近いことが見て取れる。

その近さが気になって、落ち着かない。

もう少しお姫さんが大人であれば、まるで一枚の絵になりそうな光景が展開されている。この二人の関係は...

主従、友、兄妹、親子、魂の片割れ。

三郎は首を強く振り、妄想を追い払った。怖い怖い、余計な詮索はしないほうが身のためだ。

「お師匠さん?どうかされましたか。」

「いえ、何でもないです。」と言い、急いで団子を頬張った。


「さて、そろそろ散策の続きをいたしましょうか。」

と立ち上がり羽織の下にあるはずの財布を探す。

無い!

無い?落ち着いてもう一度確認。やっぱり無い。

「うわっ、巾着切られた!」うっかり声にだしたので、店内の視線を一気に集めてしまった。

さっき通りでぶつかった時にやられたな。まずい。

どうしようかと給仕を見ると、給仕も心配そうにこちらをうかがっている。

するとお姫さんが懐から銭を3枚出して、「銭なら持っております。」という。

覗くと、初めて見る丸い銀貨で、蛇やら亀やら鳥やら猫やらが彫られている。

これはきっと方角を司る霊獣だ。これらの使い道が支払ではないことは容易にわかる。これで支払おうものなら、後々お父上さんから多額の損害賠償を請求をされること間違いなし。

「これはいけません。ちょっとひとっ走り店まで行ってくるのでこちらで待っていて下さい。」と申し訳なさそうに三郎がいうと、お姫さんは

「そんな必要はありません。ここで私が陰陽師の仕事をすればよいのです。

ご主人、店の前の床几を1台貸していただけませんか?菓子代と場所代を作りますから。」と、びっくりする事を言い出した。

「お嬢ちゃんが?できるの?」と店主が驚いている。

「こう見えて私は凄いのです。」自信満々らしい。

「あー、お姫さん。お父さんがなんて仰って、うちにお姫さんを寄こしたか忘れてませんか?」と三郎は不安になって聞いてみる。

「忘れておりません。人様の前で式神を使うな、です。」

それ以外は大丈夫なのだろうか?三郎にはわからない。従者の様子を窺うと、変わらず涼しい顔をしている。

こんなことさせていいの(公家的に)?

大丈夫なの(常人の能力の範囲内)?

とめなくていいの(君の仕事は)?従者に聞きたいことが次々湧いてくる。

やっぱり止めさせるべきだと思いお姫さんを探すと、もう店先の床几に腰かけて、店の主人を一番目のお客にしている。しかももう列までできている。

あぁもう仕方ない、三郎はやけっぱちでお姫さんの隣に立った。


お姫さんは、お代はお客の気持ち次第とし、占、呪い(まじない)、探し物の場所を当てるようなことをしている。

いろんな相談事をまだあどけない女の子が、ふんふんと真剣に聞いてやり、達者にいろいろしてやるものだから、全客層受けしてしまっている。銀貨や銀玉を置いてく客すらいる。

陰陽師の宗家に占ってもらっていると考えれば安いだろうが、子供の駄賃にしては十分過ぎる。

とっくにお代は稼いだが列が絶えない。どうしたものかと、姫さんをはさんで反対側に立っている従者を見ると、相変わらず涼しい顔をしている。三郎一人が、この(よろず)相談屋をいかに終わらせるか頭を悩ませているようでなんだかイラっとする。

 丁度客が入れ替わる段になって、突然小汚い大男が割り込んできた。小汚いと思ったが、それはみすぼらしいのではなく、荒んだ感じなのだとわかる。脱藩浪士とか志士とかそんな類に見える。男は列なんてお構いなしにお姫さんの前に立った。他の客は怖れて何も言わない。

今まで和気あいあいとしていた空気が一瞬で張りつめた。三郎は左手の親指をそっと(つば)にかけた。


清子が覗いたこの侍の記憶の断片

文久1年(1961年)

 8月 勤王党に加入

文久2年(去年)

 6月28日 参勤交代に随行する。一行は流行病のため約1か月大阪に逗留

 8月 2日 井上佐市郎暗殺

 8月25日 藩主、京都にて在京警備と国事周旋の勅命を受ける。在京決定。

閏8月20日 本間精一郎暗殺

閏8月22日 宇郷重国暗殺

閏8月29日 (ましら)の文吉暗殺

 9月23日 渡辺金三郎・上田助之丞・大河原重蔵・森孫六暗殺

10月 9日 平野屋寿三郎・煎餅屋半兵衛生き晒し

10月12日 藩主が幕府への勅使の警護役を拝命し、警護人員として江戸へ

12月 7日 帰京

留守中に、平井収二郎(他藩応接役)等藩の在京組が、公武合体派が藩政を掌握している現状を変えるため、青蓮院宮から先々代藩主宛ての令旨を取得していた。

文久3年(今年)

1月22日 池内大学暗殺

1月25日 安政の大獄による謹慎を解かれた山内容堂が入京

容堂、青蓮院宮の令旨を知り激怒し平井収二郎等を国元へ送還

武市瑞山(他藩応接役)以外の他藩士との交流が禁止される

1月28日 賀川肇暗殺

数日の内、 瑞山の手配により、江戸にいる高杉晋作ら長州藩士を頼って脱藩


 老公(容堂)は、下級武士にすぎない勤王党が、藩政に介入することを嫌った。儂は脱藩せざるを得なくなった。

 しかし、何の因果かこの3月、将軍の上洛準備で入京した幕臣勝海舟の護衛として京に舞戻った。勤王党が幕臣の護衛など変節もはなはだしい。勤王党結党の盟約書によれば切腹だ。バレないうちに勝の下を去った。行き場が無くした儂は、長州藩士に金を無心し妓楼に入り浸った。


葛の葉は清子の式で愛狐ですが、晴明のお母さんの名前をつけているので、母性の象徴として書いています。ですので、作中清子が葛の葉に自分のお菓子を分け与えるところは、子供が母親にしている微笑ましい場面です。それを三郎はいかがわしい。いつまで勘違いさせておこうかな。

 今回取り上げた人は人切りしかしていないので思い切って年表をぶっこみました。この方が活動期間の短さもより伝わるかなと。

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