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幕末京都の御伽噺  作者: 鏑木桃音
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はじまりの始まり

蕗味噌と日本酒は最高の組み合わせです。

美しくも切ない物語をできるだけ歴史の流れの中で、始まります。


坂道を登り切り三郎は今来た道を振り返った。この仁王門からは京の街並みが一望できる。

できるはずであるが、残念なことに今は朝靄が立ち込めている。だが、これはこれでいいものだと思う。参拝客がまだない寺は咲き誇る花の匂いと清浄な雰囲気に包まれ、まるで別世界にいるようだ。


三郎はずんずん寺の奥へ進んでいく。三郎が向かっているのは境内の奥にある滝である。家の者は、なんと信仰心が篤いのだろうと思っているだろう。だがもしそうなら、向かう場所はここではなく伏見稲荷だと思う。なぜなら三郎は狐に会いたいのだから。本当をいうと、狐かどうかはわからない。あれを人だという者もいる。もし人であれば、会ってあの時のお礼を言いたいと思う。が、会いたいからといって容易に会える人ではないだろう。



〈1月7日の回想〉 

正月も明けるか明けないかの頃、ちょうどこのくらいの刻限に、三郎は店の奉公人を伴ってこの場所に来ていた。滝の後ろの山で蕗の薹を採るためだ。滝裏の山は寺のものだろうと思い、寺に晦日の集金に行った際に、年明けに蕗の薹を採らせてくれるよう頼んでおいたのだ。


昨年の暮れの話

三郎は、寺の勘定方との集金の話があらかた終わったところで、年明けに裏山で蕗の薹を採らせてほしいと切り出した。

なぜ、蕗の薹か。それは蕗味噌が三郎の大好物だからだ。

雪解けの頃のほんのわずかの間しか採取出来ない珍味。酒飲みなら誰だって好きだろう。

まぁ、三郎にとっては覚えたての酒であるが。

蕗の薹は少し日陰になる場所や、水気がある場所を好む。ここの裏山は条件が良いのだ。

するとその坊主は、ニヤリと笑ってこう言った。

「蕗味噌は美味いよなぁ。そや、寺の分も採ってきておくれよ。そういうことやったら許可してやらんこともない。」

「寺のって、お勤めの方は何人いらっしゃるんで?」

「そりゃ千人じゃ。我らは千手観音菩薩様の御手になるべく精進しとるのじゃからな。」

「ご本尊様の御手は42本でございましょう。」

「よく知っておるなぁ」

「あなた様が教えて下すったんです。」

仮に42人だとすると、蕗味噌1人分に蕾を4個使うとして...

「全部集めるまでに薹が立ってしまいます!」

三郎は慌てた。が、しかし、相手は、

「蕗の炊いたんを酒のつまみにするのもまた美味かろうなぁ。」

と続けてくる。

三郎は思った。

この京都人は冗談ぽく言ってはいるが、実は婉曲的にお断りされているのではないか。

三郎の生まれは堺である。京都にある千成屋はいわば支店であるが、京都人の言葉をそのまま鵜呑みにするほど、三郎は京都に不慣れなわけではない。子供のころから京都と堺を行ったり来たりしていたし、千成屋京都支店に常駐するようになって、はや三年は経つ。

ここで、三郎が取れる選択肢は2つである。

ひとつは、蕗味噌をあきらめ無理なお願いをしたことを謝罪する。

もう一つは、すっとぼけてお願いをごり押しする。

三郎はうっかり思案顔をしてしまった。

すると坊主はふっと笑った、

「ちょっとからかっただけや。勝手にとって行きなされ。貫主様には私から伝えておくから。

あっ、ただ参拝客が来る前に終わらせてや。みなに真似されたらかなわんからな。」

三郎の心は決まった。

「おおきに!これやから宗柳様は話がわかるわ。今度なにかお礼させてもらいます。」

と調子のよいことを言った。どうせ三郎は15歳である。まだ青いふりをしても許される齢である。

相手も話半分に違いない。


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