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征臣と僕は、高校の同窓生だ。高1の春、部活見学に訪れた理科室で、初めて顔を合わせた。
教室の後ろに10脚程並べられた、見学者用の木の椅子。窓際の一番端に、彼はポツンと1人だけ座っていた。僕は近付くと、1つ離れた椅子に腰掛けた。
サラサラの黒髪に細いフレームの眼鏡。真新しい詰め襟と校章で、彼が同学年だと分かった。
「君も見学?」
「……ああ」
俯いていた彼は、声をかけると、一瞬僕に視線を投げた後、フイと窓の方へ顔を背けた。
無口で愛想がない男――それが征臣の第一印象だった。もし入部しても、コイツと仲良くなるのは難しそうだ……。
ガラリと音を立てると、上級生が4、5人入ってきた。その中の背の低い男子が、笑いながら僕らに近付いて来た。
「天文部にようこそ! ねぇ、君達。今度の週末の夜は空いてる?」
「えっ、あ、はい」
思ってもいなかった質問に、咄嗟に首肯する。
「君は……?」
隣の無愛想君に、先輩が問いかける。
「はい、空いてます」
さっきとはまるで別人のように、はっきりと大きな声で応えた。既に声変わりを終えたらしく、低めの落ち着いた響きが耳に残る。
「じゃ、決まり! 屋上で観測会するから、来てよね!」
彼が差し出した名簿に、所属クラス、名前、連絡先を書く欄がある。窓側の彼からペンを走らせ、僕も記載した。書きながら、すぐ上の欄の個人情報を盗み見る。
『1年C組 楠城征臣』――何だか戦国武将の末裔みたいな固い名前。無愛想な彼には似合ってるな。
そんな感想を持ったっけ。
土曜の夜、20時。指定された時間の5分前に着いたが、校門には人影が2つ見えた。
「すみません、遅れました!」
見学の時、僕らにあれこれ説明してくれた先輩の横に、1年生の無愛想君が居た。先輩が小柄ということもあるけど、改めて並ぶと僕らより頭半分は長身だった。
「いや、大丈夫だよ。俺らが早かったんだ。ええと、斉城北斗君?」
「はい」
「じゃ、揃ったところで、行こう」
校内は、まだいくつも明かりの点る教室がある。理科室も、その1つだ。僕らは1階の警備室に寄って、時間外施設使用届に所属クラスと名前を書いた。
理科室には、全部員――12人が揃っていた。
「今夜は、お試し会だけど、このまま正式入部してくれると嬉しいよ」
3年生の永濱部長が笑顔を見せた。
春先ではあったが、教えられたように防寒着にしっかりと身を包み、先輩方に続いて屋上への階段を上る。夜の校舎というシチュエーションは、小学校のお泊まり会を思い起こさせ、期待と緊張に胸が高鳴った。
「この町は、中規模地方都市の割には、光害が少ないんだよ」
光害とは、ネオンなどの過剰な街灯りのことだ。天体観測や生態系への悪影響が懸念されている。人口が多い都市部で、環境問題になっている。
2年生の猫っ毛の先輩が、僕らに話しながら、屋上のドアを開けてくれた。重い鉄の軋む音がして――
「ようこそ、我々の部室に――!」
星空が広がっていた。
当たり前の、見慣れた住宅街の上に開けた空間なのに、細かな塵を吹き付けたような一筋の流れが横たわっている。
後から思えば、あの夜を越える星空に、僕は何度も出会っている。でも――あの時以上に衝撃を受けた夜空は、思い出せない。
それは征臣も同じだったらしく、僕らは2人揃って正式に入部した。夏休みが終わる頃には、僕らの地道な勧誘活動もあって、1年生は5人に増えていた。
そして、ミスター無愛想だと思っていた征臣は、打ち解けると意外と冗談も言うし、眼鏡を外した笑顔が妙に幼いと知った。クラスは違えど、彼の存在は、急速に親友の領域に向かい――実際、冬になるまでには親友の座を獲得していた。