ー1ー
クリスマスを家族で過ごしていたのは、何歳までだったろう。いつから、恋人と過ごす日になったのだろう――。
シティホテルの中庭に立っている大きなモミの木は、この日のために金銀の煌びやかなイルミネーションをまとっている。オーナメントは、大小様々なサイズの透明な涙形のガラスだけだ。プログラミングされた5つの点滅パターンが、延々と繰り返されている。きっと最後のお客が店を出るまで点っているのだろう。
時折、大きな梢が震える。室内の乾燥気味の暖かさと対照的に、外気に晒されたツリーは、凍えているみたいだ。
――ピピピピピ
周囲を気にしつつ……自分以外のお客達は疾うに食事を終え、席が空いていることを思い出す。
それでもこっそり覗き込んだスマホの画面に、表情が強張った。
『商談が長引いている。すまないが、1人で食べて帰ってくれ。支払いは済ませてあるから心配ない。後でまた連絡する』
電源を切って、スーツの内ポケットに無造作に突っ込む。
――勝手だ。いつも、そうだ。
クリスマスを、イブではなく「当日」過ごそう。そう言ったのは、向こうからなのに。
「……すみません」
テーブル上の綺麗にセッティングされた、食器とカラトリー。耐熱ガラスに入った紅いキャンドルは、いつの間にか炎の周りの蝋を溶かし、小さな湖が出来ている。
片手を挙げて、ウェィターを呼ぶ。
「ワインを――いえ、グラスで」
予約していたであろう高価なコース料理には手を付けず、自腹でロゼワインを1杯だけ空けて席を立つ。椅子の上まで垂れたテーブルクロスに隠すようにして、椅子の上に紙袋を置き去りにした。赤いラッピングバッグに、金のリボンが付いた、小ぶりの紙袋だ。
グラスワインの会計を終えると、真っ直ぐホテルの外に出た。息が白く凍る。
21時を回り――まだ特別な浮かれ気分の夜は、恋人達には入り口だ。でも独りで歩くには、もう寒い。
並木通りを飾るLEDの青い光の壁。見上げて足を止める人々の間を縫うようにすり抜け、駅までの道を早足で進む。
ワインが効いている内に、家まで辿り着かなくちゃ。ほろ酔いのフワフワ気分が覚めれば――虚しさに押し潰されそうだ。
電車の窓に映る自分の姿を見ないようにしながら、5つ目の駅で降りる。そろそろ酔いも引いてきた。このままじゃ、眠れない。近所のコンビニに寄り、缶チューハイを適当に選び、レジに向かう途中で食パンと牛乳をカゴに追加した。
マンションの集合ポストから手紙を抜き取り、エレベーターに乗る。部屋に着くと、淡い間接照明だけにして、牛乳を冷蔵庫に入れる。食パンと手紙をダイニングテーブルに放り出す。それから、コートと上着を脱いで、身体をソファーに投げた。こんな夜になる筈はなかったと思う一方で、こんなことになる予感もどこかで抱いていた。
――プシュッ
まだ冷えたままの缶に口を付ける。味なんかどうでもいいから、一気に半分空けた。
「……バッカヤロー」
呟くと情けなくなる。アイツをなじっているのに、どんどん惨めになってくる。
好きなのは、僕の方だけなんじゃないか。仕事が忙しいのは、分かっている。だけど、だから――この日のために、かなり無理して時間を作ったのに。
「あー、バカみたいだ」
ネクタイを外して、残りの液体を流し込む。クダを巻く自分は嫌いだ。無いものねだりでウジウジする自分も。早く酔っちまえ。2本目に手を付ける。ハイペースなのは、仕方ない。多分4本目を空けたところで視界が滲み、瞼の裏にモミの木のイルミネーションがチカチカと蘇った。
『――遅くなった。待たせて、すまない』
現実では聞けなかった恋人の低い声を、耳の奥で再生して――夜に沈んだ。