不安
生まれて初めて、自分の家の敷地から外に出た。
別に景色が変わったわけでも、劇的な何かあるわけじゃないけど、僕にとっては大きな一歩だ。
「どうよロゼ、シャバの空気は美味いか?」
「そんな受刑者みたいに言われても」
「私達も、ロゼの家から出て魔族の領土内を歩くのは初めてだから緊張してるのよ」
「そうなの?」
「うん。例えるなら夫婦の初夜みたいな緊張感ね」
「邪な緊張感は持たないように」
ここから先には魔物がいる。
僕の家の周りは色々な人が管理しているため魔物は現れず、僕は一度も魔物を生で見たことがない。
魔物学のデモン先生に種類や特徴などは色々と教えてもらったけど、結局は絵だけの知識だ。
デモン先生が一度だけ魔物を捕まえて見せてくれようとしたが、そこはやはり母さんがNGを出した。
万が一があるから、だと。
母さんがいて何の万が一があるんだろう。
「まだ山の中だけど、ちゃんと道が引かれてるね」
「この道を辿れば、最初の目的地である『カイゾウ王国』に着くみたいね」
『カイゾウ王国』については、地理担当のグラフィ先生に教えてもらった。
そもそもの国名については、建国された時に統治していた魔王が名をつける決まりになっているらしい。
カイゾウ王国は最も古く、最も魔王の城に近い国でここを通らなければ城へと通ることができない。
魔族側の最後の関所とも言えるべき場所だ。
故に配置されているのは、魔族最強と言われている八連魔将の【一将】ルーザーさんという人だ。
通称〝不死身のルーザー〟。
あまり大きな声では言えないけど、お父さんとお母さんがまだ争っていた時、当時の八連魔将のほとんどはお父さんによって殺されてしまった。
だから今いる八連魔将の人達は、新しく任命されたばかりの人達だ。
というか、僕の先生のほとんどが八連魔将なんだけど。
その中でも当時の八連魔将として生き残っているのが、【二将】のスカル先生と【一将】のルーザーさん。
スカル先生は直接お父さんと戦ったことがないらしいけど、ルーザーさんはお父さんや仲間の人達と戦い、その結果負けてしまったらしい。
そして、お父さんとお母さんが出会った。
それからずっと、ルーザーさんはカイゾウ王国から出たことはないらしい。
噂では、敗北してお母さんの所に勇者を行かせてしまった自責の念から、自ら塞ぎ込んだという話だ。
だから僕もルーザーさんとは会ったことがない。
敵だった相手が、自分の守るべき対象と家族になったとしたら、誰でも複雑な心境になるよね。
それどころか、もしかしたらお父さんに対して恨みを持ってて……その息子である僕に対しても…………。
ゾクッ。
で、できれば会いたくはないかなぁ……。
「見てみろよロゼ! この木、足が二股に分かれてるぜ!」
「何その発見。しょうもなさすぎる」
「そうよ愚弟、そういう木がある時はどんなリアクションを取るべきか教えたでしょう?」
「そうだった、さすが姉ちゃん! ムホホ……エロい足してまんなぁ……」
「おっさんかよ!!」
「大正解よ!!」
「合ってんのかよ!!」
何考えてたのか忘れちゃったじゃん!
こいつらアホすぎる!
「何だ、元気じゃんロゼ」
「え?」
「さっきから気難しい顔してっからさ、元気無いのかと思って心配したんだ」
じゃあ今のは俺を元気付けるためにわざと……?
「せっかく外の世界に出たんだぜ? 楽しまないと損だろ!」
「ディバイド……」
「それとも、さっそくホームシックかしら」
「ち、違うよ! まだ数百メートルしか出てないじゃん!」
「なら前を向きましょう。下でもなく、後ろでもなく、前を向くの。たとえ本当に心配事があったとしても、前を向いて虚勢を張っていれば大抵のことは上手くいくのよ」
ほんとかな……。
でも…………まぁ、騙されて信じてみたほうが気持ちは楽だよね。
「ティムの……言う通りかもね」
「でしょ? 今の私の虚勢も信じてみようかなって気持ちになったでしょ?」
「虚勢なのかよ!」
「人なんてそんなものよ。愚弟までとは言わないけど、楽観的に考えることも大切。特に、これから先は目的地まで長いんだから」
「それは…………そうかもね」
「姉ちゃん、今さらりと俺のこと馬鹿にしなかった?」
「もし前を向くのが辛くなった時は横を見て。そこには、私達がいるから」
ディバイドのことはともかくとして、ティムの言うことは正しいのかもしれない。
今からアレコレ考えてたって仕方がない。
今はこの時を、周りのことを楽しもう。
「そう……だね。よーっし! 目指せカイゾウ王国だ!」
「「おー!!」」
「あっ! あそこに変な魔物がいる! あれは確か本で見た…………ジャンプパッドウサギだ!!」
「ムホホォ……エロい足してまんなぁ!」
「やっぱりそのリアクションはおかしい!!」
さっきのも俺のためじゃなくてお前の素だろ!!