門出
それから3日後、2人を迎えに行ったお父さんが帰ってきた。
城の地下にある魔法陣。
これが人間界のとある国のお城と繋がっている。
本来、転移魔法は魔王しか使えないという話だったみたいだけど、お父さんが国に結婚報告をする際に当分会えないのが嫌すぎて、お母さんが自分で改良して人間界のお城と回線を繋げてしまったらしい。
そんなこと普通は出来ないと臣下の人達は言っていたみたいだけど、お母さんは、
「愛の力よ」
といって本当に完成させたみたいだ。
そして今となっては、マルティムとディバイドの旅行ツールと化している。
「久しぶりじゃないかロゼロゼ〜!」
「僕の名前を連打して呼ぶなよ」
そう言って、僕の首元に腕を回して飛びついてきたのが双子の弟のディバイド。
身長は僕と同じくらいだが、体格は意外にも細身で、剣を振るうための筋力以外は削ぎ落としているように見える。
事実、ディバイドは斬り合いではなく一撃で相手を斬り捨てる戦い方に特化している。
だけど普段は適当だ。
「1ヶ月ぶりねロゼ。少し見ない間にも成長したんじゃない?」
「え、分かる?」
「貴方の剣」
「股間を見ながら言うな。意味変わっちゃうだろ」
初手から下ネタのボケをかましてきたのが、姉のマルティム。
僕を含めて親しい人はティムと呼んでいる。
黒髪をポニーテールにしているのが特徴の、一見して真面目そうな女の子。
でも中身は一年中発情している犬みたいな奴だ。
彼女も同じく剣を得意とするが、ディバイドとは違い、ヒットアンドアウェイを基本として手数多く攻め込む戦い方だ。
正直、僕が苦手とする戦い方になる。
「トールの奴にも話してきたが、アイツも学校以外の経験を子供にさせたいと思っていたらしくてな、社会に出す前に丁度いい機会だと言って許可をもらってきた。2人は学校でも優秀だったみたいで、特別に期限を設けて、休学することになった」
「期限っていつになるの?」
「2ヶ月後だ。つまり、今回の三人旅の期間はまず2ヶ月。これを目安にロゼには一度帰ってきてもらいたい」
2ヶ月か…………。
僕的には1年ぐらい旅立ちたかった気もするけど。
でもお父さん達が色々計画してくれたみたいだし、そのぐらいでも大丈夫なのかな。
「ロゼが私と一緒にイキたいと言ってくれたみたいで、とても感じるものがあったよ」
「ティムが言うと別の意味に聞こえて仕方がない。というか、僕が言い出したわけじゃないよ」
「おいおいそんなこと言うなよ。俺はロゼと一緒に旅ができるって聞いて、居ても立っても居られなくなったんだぜ? 楽しくいこうぜ」
まぁ…………確かに最初は一人が良かったけど、食事の関係だったり、人間界でのルールなんかは僕は良く知らない。
魔界ですら家から出たことがない箱入り息子だ。
先生達に知識として教えてもらったことはあるけど、実践したことなんてまるでない。
ティムもディバイドも人間界の学校に通っていて、それなりに社会経験もあるはずだから、そういう部分を頼りにしてもいいのかもしれない。
「楽しく……ね。それもそうだね」
「でしょ? 人生楽しまないとダメさ」
「ロゼは準備できてるの? 私達はいつでも出発できるわよ」
「僕は出来てるんだけど、お母さんが何かしているみたいで……」
少し前に、すぐ戻るから待っててと言って、部屋に戻って行ってしまった。
このまま見送り無しで出発してもいいんだけど、そうするとお母さんが拗ねる未来が余裕で見えるからやめておく。
なんか地の果てまで見守ると言う名のストーキングしそう。
「そういえば、ルートはどうするの?」
「ここから出発して、目的地はティム達の住んでる国『スウサン王国』。順調に行けば2ヶ月ぐらいなんだけど…………あ、だからここなのか」
「その通りだ。魔界からも人間界からもそこそこ離れていて、スウサン王国なら俺の知り合いも多いし、帰りは転移魔法で帰ってこれる」
しっかり考えられてたんだなぁ。
目的地を決められた時は、全然そんなことまで考えてなかったよ。
「どうだロゼ、父さんは頼りになるだろう」
「ああうん。そうだね」
そういうこと言わなければカッコいいんだけどね。
「それにしてもお母さん遅いなぁ」
「何してるんだろうな」
「ちょっと僕見てくるよ」
そう言って僕は家の中へ一度戻った。
「お母さん?」
僕は扉を開けて家の中に戻った。
いわゆる玄関口。
そこから正面の玉座(かつてお母さんが鎮座していた場所)に向かって縦幅50m近くある広間に、二列に道を作るようにして先生や家の警備についている人達が並んでいた。
その先に母さんがいる。
「ええ…………」
「一同〜、敬礼!!」
国語担当のセント先生の掛け声に合わせ、全員が胸の前に剣を構えた。
その仰々しい姿は、見る者が見れば威圧され、足がすくんでしまうほどだろう。
でも違くない?
何でこんなことになってんの?
「来たわね、私の愛しいロゼ」
「お母さん…………。これは一体なんなの?」
「貴方を見送るための儀式よ」
「どう見ても罰ゲームだよ」
大きな親切大きなお世話とはよく言ったものだ。
先生方も何してんの。
「はあ…………。お母さん、何も一生帰ってこないわけじゃないんだよ? 何もこんなに大袈裟に……」
「それでも大事なロゼの門出だもの。見送りに力を入れるのは当然よ。それに、魔族は子供の旅立ちを盛大に行うのを伝統としているのよ」
「え、そうなの?」
僕がセント先生に聞いた。
「いや、初めて聞きましたな」
「こ・れ・か・ら、伝統にしていくのよセント」
「だそうですお坊ちゃん」
「やりたい放題かよ!」
伝統ってすぐに作るものじゃなくない?
「でも、我々が坊ちゃんの門出を祝いたいというのは本当ですよ」
セント先生に言われて気付いた。
ここに並んでいる人達の顔はみんな笑顔で、誰一人として無理矢理させられているような、嫌な顔をしている人はいない。
「ロゼお坊ちゃんのためなら、いくらでも派手なお祝いをしますよ!」
「私達の教えたこと、しっかり生かして下さいねー!」
「そこらのチンピラなんて、坊ちゃんならワンパンですぜ!」
「無事に帰ってきて、またあっしの授業を受けておくれよ!」
「ファイト! ロゼさん!」
やんややんやと、みんなが手を振ってくれている。
お母さんのすることのほとんどが、恥ずかしさで悶死したくなるような事ばかりだけど、いざこうやって応援されると、素直に嬉しさが込み上げてくる。
思わず頰が緩んじゃうよ。
「みんな、ありがとう」
「きゃあああああロゼえええええ!!! 笑顔可愛いいいいいいい!!!」
「ちょっ! 魔王様落ち着いて!! 坊っちゃまが引いて…………落ち着けって!!!」
席から立ち上がって飛び出して来ようとしていたお母さんを先生達が3人がかりで止めていた。
せっかく見直したのに、そういうとこだよ……。
「それじゃあ僕は行くからね」
「ああっ! 待って私の可愛いロゼ!」
「俺らが魔王様止めてっから!」
「ここは私達に任せて先に行って!!」
え、何これ死亡フラグ?
ラスボス戦か何かなの?
「お土産待ってるっすよー」
「行ってらっしゃいロゼさーん」
多くの人に見送られながら、僕は外に出て、入り口の扉を閉めた。
正面の広場にはお父さん、トールおじさん、ティムとディバイドが待っていた。
「なんか凄い騒いでいたが……大丈夫か?」
トールおじさんが心配そうに聞いてきた。
「うん。お母さんがちょっと興奮してただけだから」
「マイナさんか……。ラプラスと同じで、子離れが出来ていないからな」
「おいおい、子供のことが心配なのは親なら当然のことだろう」
「お前らの場合は異常なのさ。過保護過ぎる」
やっぱり他の人から見てもそうだよね。
僕が間違ってるわけじゃないよね。
「普通だと思うがなぁ……。それで母さんは?」
「中で見送り済ませてきたよ。外まで来ると、たぶん収拾付かなくなる」
「察した。それじゃあ3人とも、準備は出来てるな?」
お父さんの言葉に、僕達3人は頷いた。
一人一人、簡単な食料とお金と地図を持っている。
お母さんは着替えやその他生活必需品を持たせようとしてきたが、そうすると荷物が大量になってしまうので、旅行リュック1つに収まるぐらいにした。
お父さん達が旅していた頃には、着替えなんて大して持っていってなかったらしいから、だいたいはそれを参考にさせてもらった。
そして武器には、お父さんが使っていた剣をそのまま借りた。
「すげーワクワクするな!」
「できれば予定よりも早く国に到着して、私達の有能さをアピールしたいわね」
「うん。学んできた知識を実戦でも生かしていきたいよ」
「夜の四十八手とかも、知ってるだけじゃ意味ないものね」
「んなこと言ってねーから!!」
まったく…………。
それよりも、ついに旅立ちの時だ。
生まれてから15年、一度も出たことのない外の世界に僕は今、旅立つ。
「それじゃあお父さん、行ってきます」
「おう。頑張ってこい」
「行ってくるぜーい」
「行ってまいります」
「国で待ってるからな」
こうして僕達の冒険が始まったんだ!
〜1時間後〜
「やっとロゼの家の敷地から出たんだけど!!」
「ちょっと……広すぎよね」
「はは……ごめん」