そそのかし
「さっきも言った通り、外の世界は危険がいっぱいなんだぞ!? いくらロゼの剣術が凄くて魔法の天才だとしても何かあったらどうするんだ」
「また親バカ…………じゃなくて、そんなことは百も承知だよ。だからこそ経験になるんだ」
実際のところ、僕は剣術は得意ではないし、魔法も人並みだ。
剣術担当のシシマル先生にも、魔術担当のマジコ先生にも未だに勝てない。
それどころかセンスがなさすぎて、たまに頭を抱えて苦笑いしている時を見る。
勇者と魔王の息子のハイブリッドでその程度かい、みたいな。
でも一度、僕の魔法があまりにもショボくて、ガッカリして溜め息をついたマジコ先生をお母さんが見てしまい、『あ?』と魔王の表情を見せてマジコ先生を消し飛ばしかけてからは、僕に苦笑いすることはなくなった。
というか、常に周りにビクビクするようになってしまった。
流石に気の毒だと思ったなぁ。
「そんなに何人も人がついて、僕が成長できると思う?」
「それは…………確かにそうだな」
「でしょ? だから護衛なんていらないよ」
「でもやっぱり一人は心配よ…………そうだわ、だったらマルティムちゃんとディバイド君に付いていってもらいましょうよ」
「おお、そいつはいいな」
「ええー…………」
あの二人〜?
正直言うとあんまり関わりたくないんだよなぁ……。
「あの二人ならロゼと歳も近いし、実力も知識も丁度良い具合だと思うの」
「でもあの二人、クセが強いんだよ。特にディバイド、あいつ馬鹿だよ」
「こらこら、幼馴染をそんな風に言うもんじゃないぜ? 一応、父さんの仲間だった人の子供なんだからな」
『マルティム=ビー』と『ディバイド=ビー』。
二人はお父さんの元仲間の人の子供で双子だ。
僕よりも一つ歳上になる。
小さい頃から二人は、僕の家によく転移魔法で人間界から遊びに来ていた。
マルティムは母親に似て美人だが、彼女の貞操観念はガバガバだ。
平気で下ネタをぶち込んでくる。
恐らくは僕の慌てる姿を見るためにワザと言っているんだろうけど、流石に僕も15だ。
下ネタごときで動揺したりはしない。
ディバイドは父親に似て精悍な顔立ちだが、常にフニャフニャしていて、能天気の紛れも無いアホだ。
常にテンションが高いというか、リアクションが一々大きい。
確かに剣術の稽古をやっている時など、集中している時のアイツは心底カッコいいとは思うけど、それを帳消しにするほどのアホだ。
つまりだよ。
一言で言うと、二人共扱いに困るんだよ。
そんな二人と旅なんてしてみな?
振り回されて終わるよきっと。
「誰かと一緒に旅をするというのも悪くないぞ。父さんがそうだったからな」
「私は冒険というものはしたことが無いから分からないけど、お父さんは嘘はつかないわよ」
「それは分かってるけどさ〜…………」
「それか300人の護衛と行くか。父さんが譲歩できるのはここまでだな」
「二択と見せかけた一択……」
……………………まぁいいか。
そもそも、ここを旅立つことが第一の目的なんだ。
過保護のお父さんとお母さんが許してくれただけでも、良しとしようじゃないか。
「それじゃあティムとディバイドと3人で行くよ……」
「決まりだな! 早速俺はトールの奴に伝えてくるぜ!」
「じゃあ私は荷造りね。ロゼに必要なものを揃えなきゃ」
いや、荷造りぐらい自分で…………って速いな!!
秒で部屋からいなくなってんじゃん!
こんな時だけ勇者と魔王だよ!
「僕のやること無くなるじゃんか……」
「お坊ちゃん」
入れ替わるように部屋に入ってきたのはスカル先生だった。
相変わらずのしゃれこうべ。
表情が読めない。
「どうやら外の世界に出られるようですな」
「うん。スカル先生の言葉がキッカケだよ」
「まさかご両親のお許しが貰えるとは思いませんでしたなぁ…………」
僕が自分の境遇に疑問を持ち、旅立つことを決意するキッカケとなった出来事。
それは1年前の話。
スカル先生に暇つぶしの一環に死霊術を教わっていた時のことだ。
ーーーーーーーーー
「お坊ちゃんは人間界に行ったことはありますか?」
「え?」
唐突に話を振られ、地中から這い出ようとしていた遺骨が力を失ったように崩れた。
「いや、ないよ。お父さんの知り合いの人がよく家に来るけど、僕は行ったことない」
「そうですか……」
「何で?」
「いえね、私も人間界には行ったことが無いのです。戦争中はもちろん、見た目がこれですから……」
「あー…………先生言ってましたもんね。戦争は終わったけど、人間と魔族にはまだまだ確執があるって」
お父さんとお母さん。
勇者と魔王。
人類と魔族の象徴が結婚したとしても、文化の違い、種族の違いを受け入れられる人は少ない。
特に魔族は魔族内でも種族の違いから、身内でも争うようなところもある。
戦争が無くなったからといって、人類魔族が仲良くできるかどうかは別の話だと言っていた。
「ただ坊ちゃんは魔族と人間のハーフですからね。見た目もどちらかというと人間寄りですし、私と違って人間界に行っても問題は無いと思うのですよ」
「そう……だね。でも別に人間界に行きたいとも今まで思わなかったしなぁ」
「それがもったいないのですよ! 坊ちゃん!」
わぉビックリ。
空っぽの眼球が丸見えですよ先生。
「歴史を学んでいる身としては是非とも人間界に赴き、人間の文化、歴史を学びたい…………しかし! 私の姿がそれを許さない!」
「一見して白骨死体ですもんね」
「坊ちゃんも言うようになりましたね……。坊ちゃんは見てみたいとは思わないのですか?」
「何を?」
「私すらも知らない、世界の新たな一面をです」
先生すらも知らない、世界の新たな一面…………。
興味あるかも。
「あなたの父、ラプラス殿はマイナ様を倒すために世界を冒険してきたと言います。その道中、様々な出会いや感動があったでしょう」
「うんうん」
「そして今、坊ちゃんにはラプラス殿と同じ冒険が出来るだけの力がある!」
「ほ、ホントに!?」
「さぁ! 世界へ飛び立ちましょう!」
「おおおおお!!」
ーーーーーーーーーーー
「なーんて私の言葉がキッカケで…………」
「スカル、今の話は本当かしら?」
魔王だ。
後ろに魔王がいつの間にかいる。
スカル先生の表情は分からないけど、多分いま、過去最高に恐怖で顔を引きつらせていると思う。
「マ…………マイナ様……」
「ロゼをたぶらかしたのはアナタだったのね?」
ニッコリと笑うお母さん。
ダメだこれ。
ヤバイこれ。
スカル先生、頼むからすんなり成仏して下さい。
「違うのです! これには理由がありまして……!」
「言ってみなさい」
「世界を冒険することは、坊ちゃんが人として、男として成長する手助けになるのです! 見聞を広めればいずれはラプラス殿のような凛々しく、雄々しい男性になると思ったことから……!」
「そうね、分かってるじゃない。ラプラスよりカッコいい男性なんているわけないもの。あ、ロゼもカッコいいけど、それよりも世界で一番可愛いのよ〜」
いや聞いてないけど。
「分かっていただけましたか!」
「そうね」
「ホッ…………」
「で、ロゼに人間界の歴史や文化を調べてくるように頼んでいるのね?」
「ホッ!? い、いいや……そんなことは決して……!」
「この私に、嘘をつくの?」
「すいませんでしたああああああああ!!!」
スカル先生の綺麗な土下座。
骨だけの体だけあって、めちゃくちゃ地面にくっ付いて平べったい。
こんな先生見たくなかった。
「ロゼ、お母さんはちょ〜っと先生とお話があるから、待っててね?」
「ああ、うん。お手柔らかにね……」
「は〜い…………来なさい」
「ひっ……ひいいいいいい」
ズルズルとスカル先生を引きずって行く母さん。
その姿、まさに魔王なり。
「土産話、きっと持って帰ってくるからね……!」
僕は、今は亡きスカル先生に合掌した。