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シルフィオナという少女

前話で登場した少女は何者か。少女視点の回が今話と次話に続きます。


※五話で飛来してきたものを手紙に変更しました。また、二話の後半部分の展開を変更しました。

 シルフィオナ・フォン・エアリアという少女は、自身の生まれが嫌いだった。


 エアリア家は、イーフリア竜王国で男爵の爵位を授かる貴族の一つだ。しかし純粋な貴族の家系というわけではなく、そのルーツは商家である。


 それが、彼女の曽祖父の代の時代に起こった魔物の大規模な侵攻の際に商家としての手腕を生かして復興に大きく貢献し、騎士爵を拝命される。


 準貴族である騎士爵は本来一代限りの爵位であったのだが、それを男爵位にまで消化させたのもまた曽祖父の手腕だ。


 才能豊かであった彼は多くの功績を残したが、男爵位になった決定的な要因は、当時のフェリル伯爵──トリ・フェリルの街を代々治める家だ──を苦しめていた難病を治す薬を誰よりも早く見つけ出した功を買われてだ。


 そうして貴族位を手に入れたエアリア家であったが、その後の運命は決して明るくなかった。


 曽祖父の才能はその後の子孫には受け継がれず、二代が経る間に大きく没落。今となっては下の爵位である騎士爵にすら財産で劣ることもある。


 当然暮らしは貴族のように豪勢とはいかず、そのさなかで生まれたシルフィオナは自身はむしろ平民だと思っているのだが──彼女の周りはそうは考えてくれなかった。


 『あの、一緒に遊ぼ──』


 『ひっ!? ご、ごめんなさい!』


 『あっ……』


 身分制度の徹底されたこの社会において、貴族というのは平民にとっていふするべき存在だ。名前に貴族の証しを輝かせた少女は同じ街に生まれた子どもたちの中で異物扱いは免れなかった。


 さらに不幸だったのは、彼女の白桃色(・・・)の髪だ。純粋な貴族の生まれである曾祖母から受け継いだ髪色はこの国においては極めて珍しいものであり、今では十数名の貴族以外に持つものはいない。


 その髪色を──曾祖母以外に遺伝されることのなかった髪色を、彼女はどういうわけか純血に近い形で発現させてしまったのである。これでは、自分が異物であるという証をぶらさげて歩いているのと変わらない。


 そうして過ごした幼少期は決して楽しいものでは無かったが、それでもまだ希望があった。8歳に控えた、貴族社会へのデビュタントだ。


 貴族の子供は8歳を契機にパーテイーに参加するのが習わしである。そこでは、当然ながら貴族だけの貴族同士による交友関係が築かれる。


 平民には受け入れられなかった自分でも貴族社会なら……そうした淡い期待を彼女は抱いていた。


 そうして8歳の誕生日を迎えた彼女を待っていたのは、残酷な現実だった。


 『爵位泥棒の一族』


 彼女が初めて参加したパーティーで、ある子爵の子供から言われた言葉だ。


 階級の低い爵位であり、あまつさえほぼ没落寸前までいきながら過去の恩から領主の覚えがいいエアリア家は、他の領主に取り入りたい貴族たちからよく思われているわけが無かったのだ。元が平民の出であるというのも大きい。


 いつしか、かつて領主を襲った病はエアリア家が盛った読によるものである──すなわち全てはエアリア家が爵位を得るために仕組んだことであると噂されるようになっていた。


 『平民のくせに、何しに来たんだよ』


 『あらあら、もしかして私達にも毒をお盛りになさるおつもりで?』


 居場所を求めて淡い期待を抱いていた少女に向けられたのは、とめどない悪意と蔑みの視線。


 パーティーを終えた彼女は、当然父親に懇願した。もうパーティーには出たくないと。


 ──バシィ!!──


 『バカを言うな! お前は有力貴族と婚姻を結んで我がエアリア家の復興の足がかりにならねばならぬのだ! パーティーに出て貴族たちに顔を売らないでどうする!』


 実の父から向けられたのは、頬への平手打ちと娘を道具としか見ていない言葉であった。


 シルフィオナの父は、野心に取り憑かれた人間だった。先祖の代にあったという栄光を取り戻すことを妄執的なまでに追い求め、実の娘ですら婚姻のための道具としか思っていなかった。


 街の人々からは排他され、貴族からは拒絶され、実の父からは愛されず。彼女の心はズタボロだった。


 そこからは、特筆すべき点は無い。彼女は半ば死んだ心で生き続け、そしてやがて三年の時が経った。




◇◆◇




 「おい、フィオナ! いるか!」


 「はい、います……」


 階下から響く父のヒステリックな声に、シルフィオナはもう慣れたものだと静かに返事する。


 バァンとドアが乱暴に開かれ、恰幅のいい腹をした中年の男──父、オスカーと侍女の一人が部屋へと入ってくる。オスカーはシルフィオナを道具でも見るかのようにジロリと睨むと、ツバを飛ばしてまくしたてる。


 「いいか、明日はウェルツ伯爵ご子息の大事な誕生日パーティーなのだ! 主催であるウェルツ伯爵家はもちろん集まる貴族たちも皆有力な顔ぶれだ! 決して粗相が無いよう、気に入られるように上手く取り入るのだ! わかっておるな!?」


 「わかってます……」


 なにせ、全く同じ話をもう十回もヒステリックに叫ばれているのだ。


 シルフィオナの返答にオスカーは満足げに頷く。


 「それならいい。 とにかく、上手く気に入られるように何か策でも考えておくのだぞ! アニマ、後はお前が上手くやっておけ!」


 「かしこまりました」


 侍女アニマに言いつけ、部屋を後にする。無表情のまま返事をしたアニマは、シルフィオナに向き直ると淡々と告げる。


 「三の刻より明日のパーティーに着ていくドレスの選定を行います。外出などなされる場合はそれまでにお戻りになられるようお願いいたします」


 「わかった」


 「では、失礼します」


 パタン、とドアが閉められる。部屋に一人残されたシルフィオナは、ベッドに倒れ込んだ。


 「はぁ……パーティーなんて行きたくないのに……」


 どうせ言ってもいつもどおり除け者にされるかコソコソと悪口を言われるだけに決まっている。そもそも、先祖の功績のおかげで領主家からの覚えがいいという理由だけでとりあえず招待だけはされているだけであり、歓迎などされてないのが現状だ。


 ちらりと部屋の隅のトルソーに書けられたドレスに目をやる。これは彼女のデビュタントの時に着ていったドレスであり、父が貴族としての自覚を忘れないようにと無理やり部屋においていったもの。


 すなわち、彼女にとって貴族という身分を……人生を蝕む"呪い"を象徴しているものだ。


 ベッドから降りたシルフィオナは、ドレスの元まで歩み寄ると憎々しげにそれを見つめる。


 「こんなもの……こんなもの……!」


 感情の荒ぶるままにグシャリとドレスの襟を握りしめ、トルソーごと放り投げる。軽い材質で作られたトルソーは大きく飛び、机にぶつかってガシャンと大きな音を立てる。


 その衝撃で、机の上からひらりと一枚の手紙が落ちた。


 「母さん……」


 それは、シルフィオナが物心付く前に死んだ母親が彼女に遺した手紙だ。拾い上げられた手紙は何度も読み返され、ボロボロになっている。


 「……母さんが生きていれば、何か変わってたのかな」


 同じく没落した貴族の生まれだったという母は、彼女が聞く限りでは優しい人物だったらしい。もしそんな母が生きていればまだ人生に希望は持てたのだろうか。


 「はぁ……そんなこと考えても無駄だよね」


 気分転換に外にでも出ようか。そう決めた少女は母の手紙と憂鬱な心のみを抱え、部屋を飛び出した。




◇◆◇




 トリ・フェリルの街の人で賑わう商店街から大きく道をはずれれば、人の手が入っておらず薄暗く木々に囲まれたエリアが数多く存在する。その中の、家から大きく離れた一箇所が彼女のお気に入りのスポットだ。


 その場所は外から見れば薄暗く人々が寄り付かないが、中に入れば大きく開けて日当たりの良いスポットが存在する。その中で現実を忘れてぼーっとするのが彼女のお気に入りだ。


 「……あれ、おかしいな?」


 いつものように人目を避けながら一時間ほど歩いてその場所にたどり着いた彼女は、ふと違和感を抱く。今日は全くの無風だったはずなのだが、その場所だけは風が吹いていたのだ。


 「魔物でもいるの……?」


 確か、ある種の魔物はその場所にいるだけで風を巻き起こしたはずだ。以前本で読んだそんなことが思い出される。


 普通の人間ならそこまで思い出した段階で恐怖を感じ騎士団なりに通報するものだが、少女の場合は違った。


 「……魔物に殺されるのも悪くないかなぁ……?」


 人生に希望の持てない少女は、そんな破滅的な考えを抱きてくてくと歩みを進める。今は、死の恐怖よりも何がいるのかという好奇心のほうが大きい。


 広場に近づけば近づくほど風は強くなっていき、たどり着く頃には暴風といえるほどになっていく。顔を腕で覆い風に耐えながら、シルフィオナは木陰からそっと顔を出す。


 「……人?」


 そこにいたのは、少女と同じぐらいの年と思われる珍しい空色の髪をした男の子だった。竜を象ったフィギュアを前にして目を閉じながら魔法陣を展開させている。


 「誰だろう……? 見たことない人」


 空色の髪をした少年なんて一度見たら忘れることは無いだろう。にもかかわらず見覚えの無いということは、もしかして最近この街にやってきたのだろうか。


 それに、魔法を使っているというのも珍しい。この街で魔法を使うといえば騎士団や冒険者の人たちか、あるいは街の外れに住んでるという魔女ぐらいだ。


 シルフィオナが少年を観察している間にも、少年の周りを渦巻く風は次第に強くなっていき──ふと、少女の手が緩んだ瞬間彼女の手元から手紙がふわりと飛び去ってしまった。


 「あっ……!」


 咄嗟に手を伸ばすもすでに遅かった。ふわりふわりと風に流された手紙は少年の足元まで運ばれる。


 手紙を拾い上げた少年はゆっくりと振り返り。


 「誰?」


 「あっ……」


 空色の髪をした少年と目が合った。

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