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街、そして出会い

 マリアナの邸宅がある街は、その名をトリ・ヘリルという。エイルークの住む街ラルファからは馬車で二日ほどという比較的近距離にありながら、かの街に比べて倍以上の発展を遂げている。この街の持つ、交通の要所としての特性のためだ。


 そのため、街の中でも中央に位置するヘリル大商店街は季節昼夜問わず人々の賑わいを見せている。そして、人が集まれば当然そこには交流が生まれる。特に、主婦が集まる場で交わされるいわゆる井戸端会議と称されるそれで交わされる話題といえば、もっぱらゴシップか噂話だ。


 そして今日も、商店街の一角で二人の妙齢の女性が噂話に花開かせていた。


 「そういえば、ヘルネちゃん! あの噂知ってる?」


 「あの、って言ってもどの噂ですか? イダさん」


 恰幅の良い気の強そうな女性……イダが、わずかに年下の女性……ヘルネに問いかける。


 「半年前に男の子が一人"魔女の屋敷"に入っていったらしいのよ! あんな不気味なところに、十歳ぐらいの子が一人で!」


 「ああ、それなら聞いたことが……でも、それがどうかしたんですか? 単にマリアナさんが弟子でもとったんじゃ」


 「それがねぇ、ヘルネちゃん。不思議な事があるのよ」


 イダはヘルネの耳元に顔を近づけ潜めた声で──もとの声量が大きいので丸聞こえなのだが──話す。


 「その子、半年前に屋敷に入ったっきり一度も外に出てきてないらしいのよ! しかも、時々男の子の悲鳴とか叫び声みたいなのが聞こえるって!」


 「まぁ……!?」


 「きっと、その子魔女に騙されて屋敷に入っちゃった可愛そうな子なのよ!」


 想像力豊かなイダが、悲壮な顔で自身の想像……というより妄想を語る。


 「きっと、夜な夜な怪しい魔法の実験の犠牲になって……叫び声はきっと助けを求める声なのよ! そしていずれ要らなくなったら魔物の餌にされて……いや、もしかしたらもう既に……」


 「まぁ、まぁ……!」


 無駄に臨場感たっぷりに語られるイダの妄想を聞かされ、ヘルネも次第にそれが事実かのように思えてきた。語られる光景を想像してしまい、顔面蒼白だ。


 「もし本当なら、すぐに騎士団の方々に相談したほうがいいのでしょうか……」


 「いいえヘルネちゃん、そんなことしたら魔女に感づかれてしまうわ。騎士団もすぐには動けないもの。まずは私達でしっかりと情報を集めて……」


 そこへ、宙にプカプカと浮かんだリンゴが二人の顔の横を通り過ぎる。二人はちらりとそれに視線を向けるとすぐに相談を再開し──


 「ってちょっと待ってヘルネちゃん!? 今の何かしら!?」


 「何って私に聞かれても……!? あれ、男の子……?」


 宙を浮かぶリンゴに二人が視線を向ければ、その下では十歳ほどの男の子が頭上のリンゴに視線を向けながらフラフラと危なげな足取りで歩いている。この街ではめったに見ない空色の髪は、今まさに二人が噂していた件の少年の特徴そのものだ。


 呆然とその姿を見送る二人には特に気づくこともなく、少年はリンゴと共に人混みの中に紛れて消えていった。


 「……不思議なこともあるものねぇ」


 「ですねぇ」




◇◆◇




 「ん、少しだけ、慣れて、来たかな……」


 "浮遊"の練習をしながら商店街を練り歩くことはや数時間、ようやく制御に慣れてきたエイルークは少しばかりだが周囲の様子を見る余裕が出ていた。


 見渡す限りの人、人、人。大通りの端に目を向ければ魚屋の主人が活気のいい声で呼び込みを行い、その隣では値切り交渉を行う主婦の側で双子の兄弟が追いかけっこをしている。一際豪奢な装いの馬車がゆっくりと通れば、その周囲だけぽっかりと穴が空いたように人混みが消え去る。


 似たような光景は生まれ故郷であるラルファの街でも見ることができるが、この街のそれは一際輝かしく見えるものだ。


 (……それにしても、なんかずいぶんと見られてるような?)


 エイルークは疑問符を浮かべ小首をかしげるが、視線を向けられるのは当然のことだ。


 "浮遊"が分類される七階級魔法といえば、中位から高位魔法に位置する魔法だ。たとえ魔法使いの存在が珍しくないこの世界でもそこまで使える者はそう多くなく、しかも『ある程度の重さの物一つを数マイトだけ浮かせる』という地味な効果から使用者もそう多くない。


 しかし、そのことにエイルークは気づかない。日々の修行の中で既に感覚が麻痺していたのに加え、カレンがあまりにもあっさりと使ってみせたことでそこまで珍しい魔法という認識が無いのだ。


 周囲から向けられる好奇の視線にムズムズしつつもエイルークは極力気にしないよう"浮遊"の制御に意識を集中させ──


 「……ッ!? 今、なにか……!?」


 日々の無茶な修行の中で研ぎ澄まされた感覚が一瞬ある視線を捉える。といっても、無数に向けられている好奇の視線ではない。


 どこか粘ついた、仄暗い感情を感じさせる類のものだ。


 咄嗟に辺りを見渡すも、先ほどと同じ景色が広がるばかりで何も変わったことは無い。感じた視線も、気がつけばもう消えていた。


 「……気のせい、だったのかな? ……っあ」


 ぽとり、とリンゴが落ちる。集中を切らしたことで"浮遊"の制御が疎かになった結果だ。


 「……気分転換しようかな」


 リンゴをしゃくり、と一口齧り、エイルークは目についたある店へと足を進めた。




 「……気に食わない」




◇◆◇




 「これかい? これは"製氷"の魔法の魔道具さ」


 「へぇ、これが……」


 商品棚を覗き込むエイルークに、愛想のいい店主が説明した。エイルークは年相応に目を輝かせ鉄色の円筒を見る。


 魔道具。それは特殊な素材とインクを用いて理論式を翻訳した魔法陣を刻み込み、動力源となる魔石を備えることにより、魔法の心得が無いものでも魔法を扱えるようにした道具のことだ。


 「僕の家にも"着火"とか"流水"とかいくつか魔道具はあったけど、"製氷"なんてのは初めて見たよ」


 「完成されたのがごく最近だからな。うちの店もつい昨日ようやく一個だけ入荷できたのさ」


 「ふぅん……ねぇ、ところで空を飛べるようになる魔道具とか無いの?」


 「は?」


 店主は一瞬固まり、そして豪快に笑い飛ばす。


 「ガッハッハ、そんなのあるわけねぇだろ! 空を飛ぶなんて夢のまた夢の話だ! ま、もしあったとしてもこんな街の魔道具やにゃあ入ってくるわけねえな!」


 「だよねー」


 問いかけた本人も特に期待はしていなかった。


 そのまま、エイルークは何気なく"製氷"の魔道具についていた値札に目をやり──そこに並んでいた文字通り桁外れな金額にすぐに目をそらした。


 「たっかい……」


 「ガッハッハ、そらそうさ! ガキの小遣いで買えるもんじゃないな! ……どぉれ、お前さんにも買えそうなのはこのへんか」


 店主は、棚の中からいくつかの魔道具を取り出しエイルークの前に並べてみせた。それらは、簡単な動きをしたり音がなったりするだけの、子供だましの使い捨てだ。


 それらをエイルークは興味なさげに見つめ……ていたと思ったらそのうちの一つに目を輝かせる。


 「……これ! これを買うよ!」


 「お。こいつか! ガハハ、坊主も男の子だな!」


 選んだのは、この国の守り神たる炎竜イフリートの姿を象ったフィギュアだ。エイルークは特に機能を見ずに見た目から即決したが、スイッチを入れることで羽根がゆっくりと動いたりする。


 子供のおもちゃと言うには少々値が張る金額を支払ったエイルークは、イフリートのフィギュアを嬉しそうな笑顔で受け取る。無邪気な様子に店主も嬉しげに目を細め……その魔道具が少年の腕にはやや余るサイズであることに気づいた。


 「ああ、すまん、坊主の腕にはちょっとでかすぎるな。待ってろ、今袋用意してや──」


 「あ、必要ないよ」


 「──る……ってえぁ!?」


 今のエイルークには便利な運搬手段があるのだ。


 頭上にイフリートのフィギュアをプカプカと浮かせ軽やかな足取りで店を出る。その姿を唖然とした様子見送った店主はたっぷり数分固まった後、ポツリと呟く。


 「……なんでぇ、魔道具なんか全然必要ないヤツじゃねぇか」




◇◆◇




 「……ふぅ! 少し休憩!」


 街の外れ、木々に囲まれた中で開けたスペースにやってきたエイルークは"浮遊"の魔法を解除しイフリートのフィギュアをそっと地面に下ろす。


 リンゴの代わりにフィギュアを使った練習はとてもはかどった。リンゴより柔流のある物体だったのも理由の一つだが、最大の理由はイフリートの姿を模したものを落とすわけには行かないという使命感にあった。


 そうして常識はずれの速度で熟達を遂げていったエイルークは、深呼吸をして魔力や回復するとすぐに次の訓練へ移る。夢へ向かって邁進中の彼に止まるという選択肢は無いのだ。


 イフリートのフィギュアを向かい合うように置くと、エイルークは脳内で術式の演算を開始し……発動するのは基本的な、周囲に風を起こすだけの単純な魔法。


 訓練の最初にエイルークが行ういわば準備運動的なものであるのだが……その日ばかりはエイルークの力の入れようが違っていた。眼の前のイフリートを模したフィギュアの影響だ。


 憧れの姿を目の前にして、熱が入りすぎたのだ。


 (もっと……もっと、強くならなきゃ……)


 思い出すのは、かつてのイフリートの言葉。『雲の上に行くには人は弱すぎる』という言葉だ。……逆に言えば、強くなりさえすれば天空へ一歩近づけるということだ。


 巻き起こす風が、一段強くなる。


 (強くなって……イフリートと一緒に天空を飛ぶんだ……)


 思いに比例し、また一段と風が強くなる。


 思いは決意へと変わり……やがて、妄想(・・)へと変わる。


 「天空はどんなところなんだろうなーやっぱりきれいなところなんだろうなー……そして、そこを飛ぶイフリートはすごくカッコいいんだろうなー……って、あぁ!?」


 そんな風に幸せな未来にばかり思いを馳せてばかりいれば、当然手元のことについてはおろそかになる。


 気がつけば、魔法はエイルークの制御を離れ轟々と嵐の様な風を吹かせていた。


 「と、止まって! 止まってー!?」


 意味もなく手をあわあわとばたつかせ、エイルークは魔法を止める。縦横無尽に吹き荒れていた風は次第に収まっていき、完全に消え去る直前──ふわり、と何かをさらってきた。


 「……手紙?」


 風に乗ってエイルークの手に運ばれてきたのは、何度も読み返されたらしき古びた手紙だ


 誰のだろうか。エイルークは手紙の飛来してきた軌跡をたどるように目をやり。


 「誰?」


 「あっ……」


 木陰からこちらを見つめる、白桃色の紙をした少女と目があった。


大学がテスト期間に入りそうなので次話は心持ち遅くなるかもです。

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