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"浮遊"

前回に引き続き今回も心持ち短めです

 カレンは、マリアナの邸宅の家事と管理を一手に引き受けるメイドだ。そんな彼女の朝は日の出とともに始まる。


 「〜〜♪」


 ちょっとだけ調子の外れた鼻歌を楽しげに歌い、一晩のうちにキッチンと食卓に積もった微かなほこりを払い落とす。


 それが終われば朝食の準備だ。献立は、このイーフリア竜王国では定番のメニューである地域特産の木の実を混ぜ込んだパンに新鮮な葉野菜ととれたてのクックル鳥の卵から作ったスクランブルエッグを挟んだサンドイッチだ。調理と並行してコーヒーの準備も忘れない。


 メイドとして働くカレンの、もう何年も変わらないルーチンワーク。しかし、ここ半年程はそのルーチンワークに少しの変化が加わっていた。


 「……おはよう」


 「アルヴァンス君、おはようございます」


 空色の髪をボサボサに寝癖をつけ、修行の疲れか妙に死んだ目をした少年がダイニングへ入ってくる。エイルーク・アルヴァンスだ。


 フラフラとした足取りで歩く少年を食卓につかせ、目覚めのコーヒーを飲ませれば死んだ魚のようだった目にわずかに生気が戻る。そんな様子をカレンはニコニコとごきげんな様子で見守っていた。


 純粋で努力家であり、そして無愛想な主人と違い打てば響くような会話が楽しめるこの少年のことを、カレンはかなり気に入っているのだ。


 「……あれ、師匠はどこに?」


 (おや?)


 寝ぼけなまこのエイルークが何気なく呟いたその一言にカレンは反応する。


 別に決まった時間に現れるというわけではないマリアナの急な不在にエイルークが気づいたのは、恐らく彼が魔法使いの気配──すなわち魔法使いから微量に漏れ出ている魔力を感知できる段階に来ているということだろう。その能力が、マリアナの不在を感じ取ったのだ。


 最も、少年の様子からしてそのことに気づいてはなさそうだが。


 (アルヴァンス君もちゃんと魔法使いとして成長しているんですね〜)


 少年の思いがけない成長に気づき笑みを深めたカレンは、当の本人が不思議そうな顔で待ってるのに気づき、答えを返す。


 「ご主人様は、何やら緊急の用事と言って昨晩のうちに出ていきましたよ」


 「……いない?」


 「はい、ご不在です」


 「ってことは、今日の修行は?」


 「おやすみってことになりますね〜」


 その瞬間、エイルークが安心したようにどっと脱力した。深々と息を吐き、背もたれによりかかりズルズルと滑る。


 やはり、いくら夢と情熱に燃えた少年であろうと大の大人でも逃げ出すような地獄の特訓を半年も欠かさず続けるのはさすがに応えたのだろう。年頃の少年らしいその様子に、カレンの中でふと悪戯心が湧き上がる。


 「ご主人様から解放されて、そんなに嬉しいですか?」


 「え、いや、その、そういうわけじゃ……」


 狙い通りしどろもどろに狼狽える少年に、カレンはずいっと顔を近づける。


 「またまた〜実は弟子入りしたことを後悔してるんじゃないんですか?」


 「あ、その……少し」


 「少し?」


 「割と……いや、かなり……」


 「ふふ、よく言えました」


 悪戯げに少年の鼻先をピンと軽く弾き、カレンは顔を遠ざける。そのまま何事もなかったかのように朝食の準備に戻るその背中にエイルークは慌て叫ぶ。


 「あの、このこと師匠には……」


 「心配しなくとも、告げ口なんかしないですよーそもそも、ご主人様はそんなの気にしないと思いますけどね」


 それに、と続けカレンは遠い目を虚空へ向ける。


 「そう思う気持ちはよぉーくわかりますからね……」


 「よくわかる……?」


 「あら、これは失言でしたかね。しっぱいしっぱい」


 ペロリと、わざとらしい表情で舌を出すとカレンは再び調子の外れた鼻歌を歌い始める。どうやら、これ以上答える気はないようだ。


 やがて家主の欠けた朝食が始まり、両者が黙々と食べていた中、ふとカレンが少年のことで一つ気になっていたのを思い出す。


 「そういえば、アルヴァンス君って風魔法ばっかり使いますよね? 得意なんですか?」


 「んー、そういうわけじゃないけどね?」


 サンドイッチの最後の一口を飲み込むと、エイルークは心持ち輝いたひとみで 理由を語る。


 「だって、空を飛ぶのに一番近そうじゃないか! 竜が羽ばたいたら風吹くし!」


 「あー。理解しました」


 カレンは思い出す。そういえば、この少年は空を飛ぶというという突拍子もない夢を叶えるために魔法を学び始めたと。


 しかし、適正の問題でないのなら風魔法ばっかり伸ばし続けるのはいかがなものか。そんな親切心からカレンはふと口を滑らす。


 「でも、それならなにも風魔法ばかりじゃなくても、例えば無属性魔法の"浮遊"とか──」


 「"浮遊"!? なにそれ教えて詳しく教えて!?」


 見事、少年のスイッチを入れてしまったようだ。限界まで目を輝かせたエイルークが思いっきり身を乗り出す。


 急に活き活きと、というよりも興奮マックスといった様子になりだした少年の勢いに若干引きながらカレンは慌てて補足する。


 「え、えーと、多分アルヴァンス君が想像しているようなものでも無いですよ? ちょっと浮かせられるぐらいですし」


 「それでもいいよ! 空を目指す助けになりそうなことならどんな些細なことでも大助かりだよ!」


 ふむ、とカレンは考える。"浮遊"は無属性の中でも第七階級に位置する高位魔法であり、第四階級を習得したばかりの少年には荷が重いものだ。魔法使いとしての適切な成長を考えるならまだ教えるべきではないのだろう。


 しかし、夢を叶えるヒントを前に目を輝かせるエイルークの姿は、カレンにとって好ましいものだ。それこそ、できる限り協力してあげたいと思うぐらいには。


 (……ま、別にご主人様に駄目とも言われてないですしいいですよね)


 結局、テキトーな結論に落ち着くのだが。


 「んじゃ、教えてあげましょうか。まず、基幹術式はですね──」




◇◆◇




 魔法というものをプロセスで分けるとすれば、大きく"放出"と"演算"、"発動"に分けられる。


 まず、体内で活性化させた魔力を体外に展開させる"放出"。次に、思考上で理論式を複雑に組み上げ術式を形作っていく"演算"、最後に組み上げた術式を魔法名(キーワード)によって起動させ、事象を引き起こす"発動"。このうち、魔法の等級に影響するのは"演算"のプロセスだ。


 術式は複数の理論式の集合体であり、術の複雑さに比例して使う理論式の量、すなわち演算の難易度は上がっていく。


 一般に、等級が一つ上がれば使う理論式の量は二倍、そして演算の難易度でいえば二倍以上だ。


 すなわち、四階級を覚えているエイルークにとって七階級に位置する"浮遊"を扱うことは、少なく見積もっても十倍以上の負荷を与えるものなのだが──


 「ゼェ……ゼェ……で、できた……」


 「あらあら、おめでとうございます」


 荒げた呼吸に合わせるように宙に浮いたリンゴが上下する。その挙動は、カレンがお手本として宙にピタリと静止させているのに対しフラフラと極めて不安定なものだ。それでも、少年が魔法使いとしての階段を数段飛ばしで駆け上がることに成功したのは間違いない。


 (ご主人様はアルヴァンス君のことを才能の無いって言ってましたけど……夢のために限界を超えて頑張れるってのは立派な才能ですよね)


 「も、もうムリ……!」


 「あら」


 ポトリ、とエイルークの浮かせていたリンゴが落ちる。枯渇しかけた体内魔力を補うための空間魔力を呼気に求め、エイルークの肩が激しく上下する。


 「すぐにマナが枯渇しちゃうのは術式の演算にミスが有るからですね〜。あと、発動後の制御も課題ですね」


 「うう、がんばります……」


 深呼吸をし、魔力がある程度回復するや否やエイルークは再び"浮遊"の発動に入る。今日一日は"浮遊""の練習に当てるようだ。


 その様子を好ましいと思いつつ、カレンは一つ提案をする。


 「せっかくなんで、今日は街に出てみてはいかがですか?」


 「街に?」


 「はい。アルヴァンス君、ここに来てからずっと籠もりきりで修行だったでしょう? きっといいリフレッシュになりますよ」


 "浮遊"なら街中でも練習できますしね、とカレンは続ける。エイルークはわずかに考えるが、結局はまだ見ぬ街への好奇心が勝ったようだ。


 「来るときにちょっと見ただけだったしね……うん、今日はそうしてみるよ」


 「夕飯までには帰ってきてくださいね〜」


 のんびりとした言葉を残し、カレンは食後の片付けをし始める。エイルークは出かける準備をしようとし……ふとあることに気づいた。


 「あれ? そういえば、なんでカレンさん魔法が使え──」


 「さーて、干してた洗濯物取り込まなきゃ〜♪」


 再び白々しいセリフと鼻歌と共に庭先へと消えていく。どうにも、謎が残る女性であった。

 

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