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竜と見た空

剣と魔法の世界の中で、空を目指す物語。

 息を荒げながら、少年はラルファの森の中を走る。


 麻の布で織られた服は幾箇所も破れその下の皮膚にまで無数のひっかき傷を残している。片方の靴は、森の何処かに落としてきたようだ。残ったもう片方も既に底が半分以上も破れてしまっている。


 しかし、そんな状況を気にすること無く少年は走り続ける。そうしなければ生き延びることはかなわないからだ。


 少年は視線の先に大木の下にポッカリと空いた虚を見つける。そこが身を隠すのにちょうどいい構造をしていると気づき、少年はすぐさま虚の中へ滑り込んだ。


 「はぁ、はぁ……こ、ここまで逃げればきっと……」


 虚の中で乱れた呼吸を整えた少年は、息を潜めながらそっと入り口から周囲の様子を伺う。視線の先に、"追手"の姿は見えない。


 助かった……。少年が安堵の息をついた、その瞬間だった。


 「Grrrrrru……」


 「ッ!?」


 地を揺るがすような、低く邪悪な唸り声が辺り一帯に響き、ミシミシと低木が踏み倒される。少年は咄嗟に口元を両手で覆い、"追手"見つからないように虚の奥限界までその身を隠す。


 ──しかし、その努力は無駄であったようだ。


 バキッ、バキッ……少年が隠れる大木の根元から、木の根が引きちぎれる音が鳴る。"追手"は、大木を……大の大人が手を回しても抱えきれないほど太い大木を力任せに引き抜こうとしているのだ。


 「Grrrrrru……!」


 「あっ……」


 やがて、大木は引き抜かれ、隠すものの亡くなった少年の身は、"追手"──翔蛇(ワイバーン)の前に曝け出される。


 翔蛇(ワイバーン)。それは、この世界において最強の魔物の一角と恐れられる、翼を持つ蜥蜴を象ったような魔物だ。


 はるか上空を生息域とし、本来ならば滅多に地上に降りてこないはずの翔蛇(ワイバーン)に、少年は不幸にも出会ってしまった。怯える少年を前に、高い知能と残虐性を持つ翔蛇(ワイバーン)は狩りを楽しむかのごとくわざと少年を逃し続けた。


 そうして逃げること、昼夜を超えて丸一日……少年の体力はもう底をついていた。


 「あ、足が、動かな……」


 「Gyrrrrr……」


 ニヤニヤと少年を見下ろしていた翔蛇(ワイバーン)は、獲物がもう逃げられないことを悟ると一気につまらなそうに表情を歪める。嘲笑の形に歪めていた口を捕食の形に広げる。


 翔蛇(ワイバーン)の口から漏れ出た唾液が少年へと降りかかる。その不気味に生暖かい感触に、少年は"死"を強く意識した。


 (だめだ、もう食べられちゃうんだ……!)


 少年は現実から少しでも逃げるべくぎゅっと目をきつく結び、来たるべきその時を待つ。


 ……


 しかし、いつまで待とうとも恐ろしい牙がその身を引き裂くことはない。


 (どういうこと……?)


 不思議に思った少年は、恐る恐る目を開け、何が起こったのか確かめる。


 翔蛇(ワイバーン)は、怯えていた。空を見上げ、表情は恐怖に彩られている。その目に少年の姿はもはや映っておらず、ただ空から迫りくる"ソレ"への恐怖のみを映している。


 『……蛇ごときが、どうやら我が領域で随分と粋がっておるようだな』


 "ソレ"の声が、辺り一帯に木霊する。その声に釣られ、少年も翔蛇(ワイバーン)と同じく空を見上げた。


 ──それは、竜だった。燃えるような真紅の鱗が全身を覆い、橙色の翼膜を羽ばたかせて空を旋回するその体躯は、巨体を誇る翔蛇(ワイバーン)より遥かに大きい。


 "炎竜イフリート"。国の守り神としても崇められる、超常なる空の覇者だ。


 「Grrrrrrrraaaaaa!!」


 『ふむ、我を前にして引かぬか……愚かなり』


 翔蛇(ワイバーン)は、上空から己を見下ろすイフリートに向かって威嚇の雄叫びをあげ、勇猛にも襲いかかる。全身を覆うように数十のも魔法陣からなる防御殻を展開させ、身体強化を一箇所に集中させることによって鋭さを限界まで増した爪をイフリートめがけて振りかぶる。


 その爪はイフリートの鱗一枚によって容易に受け止められてしまう。そしてお返しとばかりに振るわれたイフリートの豪腕は、翔蛇(ワイバーン)の強靭な防御殻をこともなげに貫き、翼膜に一条の深い傷をつけた。


 「Grrrrraaaayaaaaayayaa!」


 もだえ苦しみ、翔蛇(ワイバーン)は地へ堕ちる。その後を追うように……そして少年と翔蛇(ワイバーン)との間を遮るようにイフリートも地上へと降り立った。


 『だが、その蛮勇に免じて命だけは取らないでおいてやろう……立ち去るが良い』


 「Grrrruuu……」


 翔蛇(ワイバーン)は、イフリートと少年を恨めしげに睨みつけると、傷跡の残る翼膜を広げて彼方へと飛び立っていく。


 翔蛇(ワイバーン)の姿を見送ったイフリートは、背後で怯える少年へと振り返った。


 『して、大事は無いか、人の子よ』


 「ひぃ!?」


 イフリートの問いかけに対し、少年は更に怯えたように目をぎゅっと結び身を震わせる。言葉の内容など一切耳に届いていないその様子に、イフリートはわずかに困惑に表情を歪めた。


 イフリートは……"竜"という種は、人と同じく理性的な存在だ。特にイフリートという個体に限って言えば温厚な性格であり、このイーフリア竜王国においては守護神として人々に信仰すらされている。


 しかし、それでも竜もまた人々に恐れられる魔物の一種であるということは変わりはない。特に今の少年にとって、目の前の存在は翔蛇(ワイバーン)という恐ろしい存在を圧倒してしまった"もっと恐ろしい存在"でしか無いのだ。怯えきってしまうのもしかたないだろう。


 とはいえ、イフリートにとっても無駄に怯えられてしまうのは本意ではない。わずかに悩んだ後、自らに考えつく唯一の慰め方を実行に移した。


 前足を伸ばし、少年の身体を潰さないようにそっとつまみ上げる。


 「うわあああああああああああ!!!」


 『落ち着け、人の子よ。取って食おうという訳ではない……我が背に乗せるだけだ』


 言葉通り、イフリートは少年の身体を己の背へと放り投げると、翼を一度はためかせ数百にも渡る魔法陣を展開させる。竜が飛翔を始める兆候だ。


 『飛ぶぞ。つかまっておれ』


 「……ふぇ?」


 ポカーンとする少年にかまうこと無く、イフリートは翼を大きく羽ばたかせ──飛翔する。


 百マイト、二百マイト、五百マイト、千マイト……徐々に高度を増し変わっていく景色に少年は感嘆の声を漏らす。


 「わぁ……!」


 『ふむ、気に入ったようだな』


やがて空を漂う雲と同じ高度まで上昇したイフリートは、水平飛行状態に入る。目指す先は、ラルファの森のすぐ側、少年の住む街の上空だ。


 「うわぁ、雲がこんなに近いや……! あ、見て、あれが僕の住む家だよ! あれはもしかしてケルビル牧場? あんなに広かったんだ……わ、セベル牛の群れだ! すごい、たくさんいる!」


 見下ろした町並みの中、少年は発見する全てに喜び、感動を重ねる。地上からとは違う、"空"という世界から映し出す光景のすべてが、少年にとってはとても魅力的で素晴らしいものだった。


 目に映るものにはしゃぎ続ける少年を乗せながら、イフリートは街の上空を一周し終える。


 「……ねえ、イフリート……でいいんだよね? 君はいつもこんな素晴らしい景色を見ているの?」


 『ふむ……この景色か、といえば少々違うな』


 問われたイフリートは、遊覧飛行を止めその場に滞空する。そして、首を向け上を示す。


 『ここは所詮、鳥獣の領域よ。空の覇者たる我らが住むのはより高い、雲を超えた遥か先の世界……そうだな、"天空"とでも称すべきか』


 「天空……」


 少年は目を閉じ、イフリートの言葉に思いを馳せる。雲を超えた遥かその先の世界。それは、どれほど素晴らしく感動に溢れた世界なんだろうか。


 「……僕も、見てみたいな」


 思いは、自然と言葉になって溢れ出た。しかし、その言葉を聞き遂げたイフリートは笑った。


 『お前がか? 無理な話だろうな。これより上は過酷ぞ』


 「過酷……危険なの?」


 『然り。空を根城とする魔物のみにならず、大気、温度、マナ……取り巻く全てが地上とは比較にならぬほど過酷だ。人の身では、雲の直ぐ上に踏み入るにすら弱小すぎるわ』


 「そっかぁ……それなら、強くなるよ」


 決意は、考える間もなく発せられた。思いもがけないその言葉にイフリートは呆気にとられる。


 「今の僕が弱いんだったらもっともっと、うーんと強くなってそれで連れていってもらえるように……いや、いっそのこと僕一人で天空まで行けるぐらいに強くなって、それで一緒に飛んでみせる」


 『……我が領域まで来るだと? 矮小なる人の身で?』


 イフリートは首をぐるりと向け、背中の少年を信じられないようなものを見る目で睨みつける。憮然とした表情でそれを迎え撃つ少年の意志が固いことを悟ると、イフリートは大声をあげて笑う。


 『……フハハハハ! 面白い! 人の身で、竜の領域までたどり着くとほざくか! これは愉快なものを見た!』


 「そんなに笑わなくてもいいじゃないか……」


 拗ねて口を尖らせる少年。そんな姿にかまうこと無く、イフリートは愉快愉快と笑い続ける。


 やがて笑いが収まったところで、イフリートは少年へ問いかける。


 『人の子よ、名はなんと言う』


 「……エイルーク。エイルーク・アルヴァンスだよ」


 『そうか』


 それだけ聞き終えると、イフリートは身を翻らせ、降下状態へと移る。僅か数秒で元いた巨木の跡地へと着陸すると、そっと少年を背中から降ろした。


 「あっ……」


 『怯えは消え去ったであろう。戯れの時は終わりぞ』


 少年を降ろしたイフリートは、翼をはためかせ飛翔の準備に入る。


 別れの時が近い。そう気づいた少年はイフリートへと駆け寄り、声を張って叫ぶ。


 「ま、待って! まだ……!」


 『さらばだ。……楽しみにしているぞ、エイルークよ』


 少年の静止に応えずイフリートは飛び立つ。


 飛翔の衝撃から生じた暴風から顔をかばっていた少年は、腕を下ろすと拗ねたようにポツリと呟く。


 「……まだ、お礼を言ってなかったのに……」


 ──ガサガサ


 不意に茂みをかき分ける音が響く。何かがいるその気配に、少年は冷水を浴びせられたように現実に引き戻される。ここは、まだ魔物の住む森の中なのだ。


 ガサガサ、ガサガサ。音が徐々に近づくにつれて少年の中の緊張感も徐々に高まり──


 「ルーク!」


 「……父さん?」


 父親に続き、数人の武装した男たちが姿をあらわす。


 「無事だったのか……よかった……!」


 「子供が見つかったぞー!」


 「全班に連絡しろー!」


 甲高く鳴らされた指笛が、事態の収束を辺り一帯に宣言した。


 捜索隊の護衛のもと森を抜けた少年は、森から離れる直前に振り返り小さな声で宣言する。


 「待っててね、イフリート。何があっても必ず僕は成し遂げてみせる。……天空へたどり着いてみせる」


 「どうした?」


 「ううん、なんでもないよ。行こう」


 ──これは、一人の少年が織りなす変革の物語。


 未だ人が空を知らない世界の中で誰よりも強く空に憧れ、後に"史上初の飛空魔導師"と呼ばれるようになる少年、エイルーク・アルヴァンスの軌跡の物語。

 空を舞台にした物語や主人公が空を飛ぶ物語は数あれど、"空を飛ぶこと"をテ-マにした物語は案外ないんじゃないか──そんな思いから書き始めてみました。

 冒険とバトル、それとコメディを主軸に、空を目指す主人公の活躍と軌跡を活き活きと描いていこうと思うので応援とかブクマとかその他諸々どうぞよろしくおねがいします。

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