第五説
「……。 ……友達?」
これまで黙っていたソラが口を開く。
まんまるの目を更に丸くさせながら、菊梨花に尋ねる。
彼らのやりとりに自分の入るスキはないと察していたのかもしれない。
菊梨花は振り向き、首を振る。
「違います。
彼とは先ほど初めて、言葉を交わしたばかりですから。」
クスッと優し気に微笑む菊梨花は補足のように言葉を紡いだ。
「…………。」
彼女の言葉にどこか落ち着かない様子のソラ。
あちこちに視線を向け、居心地が悪そうだ。
「どうかしましたか?」
菊梨花が尋ねる。
「……。」
ソラは口に出そうとしているのか、彼女に視線を向けたり逸らしたりを繰り返していた。
「何でも、言ってみてください。 ソラさん。」
優しく、まるで聖女の如く包容力に富んだ口調で菊梨花は告げる。
それに決心付いたようにソラは菊梨花を見つめた。
顔は俯き、視線だけを向けている。
「……ソラは?」
「え?」
今にも消えてなくなってしまいそうな声量で呟くソラに、菊梨花は尋ね返す。
「……ソラは、友達?」
今度はハッキリと訊いてきた。
それも自分の人差し指で自らを差しながら。
その顔はどこか不安げなもので、期待も孕んでいる。
「……。」
友達かと尋ねられ、菊梨花はしばらく考える。
「……違う?」
またも尋ね、首を傾げるソラ。
それを見た菊梨花は封印札に手を伸ばす。
それを剥がし、扉を開けた。
「友達を閉じ込める人は居ませんよね。
私は菊梨花。 猫神菊梨花です。 よろしくお願いします、ソラさん。」
ニコッと微笑み、名乗る菊梨花。
それを見たソラは、空色の瞳を数度開閉させた。
今まで妖怪の友達しかできなかったソラ。
人間の友人欲しさに外界から集落までやってきては、こうして閉じ込められてしまった。
それ故に本当に友達ができるかどうかの不安もあり、殺されるかもしれないという不安もあったのだ。
それが、こうして対峙する菊梨花が友達としての行動をしては、名乗り始めた。
「菊梨花……ソラと友達になってくれるの?」
菊梨花の名を知ったソラが、確認するように問いかける。
「えぇ。」
菊梨花は頷き、肯定する。
ソラは初めての人間の友達ができた。
「菊梨花……菊梨花……。 ソラはソラ。」
相手の名を噛み締めるように呟き、自らも名乗るソラ。
「ふふっ、知っていますよ。」
白猫の少女に対し、菊梨花は優しく微笑む。
その間中、ソラは祠から出てくることはなかった。
「じゃ、じゃあ……ソラの好きな食べ物は魚全般。
特にブリは最高で、サンマも好き。 あと、サバも悪くないという……。」
ソラは慌てて話を切り替え、自身の好物について語り始めた。
少々恥ずかしそうに耳を垂らし、頬を赤らめながら視線を逸らしている。
「あ、でも甘いものも好き。
見かけたらつい……そっちに行っちゃって……えへへ。」
ハッとしたように再度顔を菊梨花に向け、白い猫耳がピンッと立つ。
甘いもの好きであることを重ねて語り、それらデザートやお菓子を思い浮かべたのか、幸せそうに笑みを浮かべた。
「なるほど……では今度、ご馳走しましょう。
それはそうと扉は開いていますから、いつでも出られますよ、ソラさん。」
「あ。 ……でも、菊梨花が……。」
菊梨花の言葉で我に返るソラだったが、自身が出れば彼女が只では済まない。
それを幼いながらに理解したソラは、その場から動くことなく視線を逸らす。
菊梨花もその行動で、ソラが何を考えているのか理解した。
「……こんな状況でも私のことを気遣ってくれるなんて、ソラさんはお優しいですね。」
「っ! そ、そんなこと、ない。
菊梨花こそ……ソラと友達になってくれるって……。 だから、優しいよ?」
ソラの優しさに称賛の言葉を述べる菊梨花に、ブンブンと首を振るソラ。
顔を真っ赤にさせ、ボソボソと呟く。
そんなソラに対し、微笑みを崩さない菊梨花。
「ふふっ、ありがとうございます。
猫神家の私が妖怪の方とお友達になって、もしかしたら集落の人から反対や反発があるかもしれませんが……何とかしてみせます。」
「っ! 反発……。
何とかするって……どうするの? 何するの?」
菊梨花の言葉を受け、ソラは目を大きく見開かせながら心配するような表情で尋ねる。
初めてできた人間の友達が、自分のせいで大変な思いをするかもしれないと考えたのだろう。
「何をするかは、その時々になってから決めます。
私のことは大丈夫ですから……ソラさんは……」
菊梨花の言葉を遮り
「それじゃダメ!」
ソラは強気に発する。
さらに続ける。
「ソラのせいで、菊梨花が傷つくかもしれない! だから、しっかり決めないとソラ……安心できない。
菊梨花がどうするのか決めないなら……ソラ、ここに残る!」
真剣な顔でソラは言った。
ただでさえ傷つく者を放っておけないソラが、自分の行動が原因で菊梨花が傷つく。
最早、ソラ自身もこのままだと彼女が傷つくと勘付き始めており、具体的な対策を菊梨花が見出さない限り、自分は残ると告げた。
今しがた出会って話し、友人同士となったばかりの菊梨花の身を最大限に心配し、相手よりも自分が傷つこうとする。
「ッ!?……ソラさん……。」
菊梨花は、そんなソラの純粋なまでの自己犠牲の精神を前に、驚愕の面持ちでソラを見つめる。
そして比べる。
自分のこれまでの行動を。
これまで自己犠牲だと思っていた行動を。
確かに自分は人のために動き、自分を殺してきた。
集落の皆のため、お父様のため、そうして自分を殺してはその人たちのためと思って行動してきた。
だが、心のどこかで恐れてしまっていたのかもしれない。
親からの拒絶。
集落内での拒絶。
それを受けまいと自分を殺し、言いなりになっていたのかもしれない。
いや、なっていたのだ。
だが今、自分の目の前で生きている猫の妖怪は、自分の意思で以って相手のために己を犠牲にしようと考えている。
自分を殺す自己犠牲と、自分を活かす自己犠牲。
菊梨花はソラの発言によって、それを見出した気分になった。