第十八説
「ソラは無事、だと? 貴様……どの口がそれを告げる?」
全身を黒コートで包み、銀髪を足首まで伸ばした少女が、目の前の人物に問い掛けた。
シェリド・レ・カーミラ。
肌は異常に白く、一目で人外であると認識できた。
最強の吸血鬼にして、最強の妖怪。
彼女の存在そのものが伝説化してしまうほどの強大な力は、東西南北あらゆる人外たちを黙らせる。
そんな最強の吸血鬼と対峙するのは人間の少女。
猫神菊梨花。
猫神流神術という特殊な術を使う一族・猫神家に生まれ、巫女として認められるか否かの瀬戸際に立たされることとなった。
そんな彼女は不運にも伝説的に存在する最強の吸血鬼と、こうして対峙することを余儀なくされたのだ。
しかも彼女は、自身の恩人たるソルダの治療をしたばかり。
体中が強烈な痛みによって悲鳴をあげている。
「人間ごときが……もう少しマシな嘘を吐いたらどうだ?」
シェリド・レ・カーミラは憤怒と憎悪を全身から発する。
それと共に菊梨花を睨みつけた。
あくまでも菊梨花一人に向けた。
だが、それだけで周りに立っていた猫又などの妖怪たちが、次々と失神する。
シェリド・レ・カーミラから漏れ出たような微かな殺気であっても、彼等には重いものだったようだ。
当然、直接当てられた菊梨花にとっては、たまったものではない。
こうして意識を保つだけでも精一杯なのだ。
先ほどまでの痛みなど、とうに忘れている。
いや、寧ろ痛かったという過去すら忘れている。
自分が先ほどまで、何かの痛みを感じていたのかすら覚えていないほど、強烈な殺気だった。
その中で問いに答えなければならない。
猫又が無事であるかどうか。
「う、嘘では……ありません。」
全身から汗を噴き出しながら、震える声で必死に答えた。
殺される。
それ以外の思考が、上手くいかない。
ソラが無事か否か、正直どうでもよかった。
初めて出来た友達であり、大切な友達であったにも関わらず、それすらどうでも良くなるほどの、強烈な殺意を向けられる。
彼女は早くも限界を迎えたのだ。
それほど、菊梨花とシェリド・レ・カーミラの力の差は大きい。
天と地の差、歴然の差。
表現のしようは多様に存在するだろう。
だが、それら全てが陳腐に思えてくるほどの、絶対的な力の差だ。
絶望、と称するのが的確かもしれない。
猫神流神術や式神、剣術に弓術。
それら全てが、無に帰すほどの差があると、対峙しただけで理解できた。
戦闘経験が乏しい菊梨花ですら、そう感じてしまったのだ。
「嘘ではない、とする根拠はなんだ? 証拠があるとでもほざくつもりか? 人間の言うことを、今更信じろと?」
見た目とは不相応な口調で、シェリド・レ・カーミラは淡々と問い掛けを続けてくる。
そして、菊梨花の目の前までやってくる。
身長は菊梨花の方が高い。
見下ろすほどの身長しかないシェリド・レ・カーミラ。
だが、纏っている空気のせいか、何倍にも大きく見えてしまう。
「頭が高いぞ、人間。」
一言呟くと同時、シェリド・レ・カーミラの白目が真っ赤に染まり、瞳が金に輝いた。
「ッ!!?」
それと同時に、菊梨花はガクンと膝が折れる。
突然、足の力が抜け、シェリド・レ・カーミラを見上げるような形となった。
それだけではない。
全身の力が、抜けていく感覚を味わった。
まるで、吸血鬼に血を吸い取られるかのように。
「フン。
猫神家の次期後継者、などと戯言を言う手前、どの様な力を持つのかと思ったが……大した力もないのか。
喰らった気分すら味わわせられんゴミが……。」
「っ、うッ!!」
シェリド・レ・カーミラは、菊梨花の首を鷲掴みにする。
白くて細い首を、容赦なく締め付け始めた。
苦しみのあまり、菊梨花は顔を歪める。
「死ね。」
冷酷に、冷徹に告げる。
そこから更に首が締まる。
息が出来なくなる。
気道が塞がれ、苦しみのあまりに吐きそうになるもそれすら許されない状況。
シェリド・レ・カーミラの手首に手を添える。
彼女の瞳を見れば見るほどに力が抜け、それと共に締め付けが強くなっていった。
「ダメ―!!」
「ッ、ソラ!?」
見知った声を耳にし、菊梨花の首を掴んだままに視線を向ける。
先ほどの威風堂々とした声音とはうって変わり、見た目相応の少女のような声音のシェリド・レ・カーミラ。
ソラが彼女の元に駆け寄ってくる。
その様子を、やや離れたところで蓮華が見つめていた。
「殺しちゃダメ!」
そうしてガシッとシェリド・レ・カーミラの腕にしがみつく。
菊梨花の首を掴む腕に、飛びつく。
「っ、ソラ……何をするの?」
シェリド・レ・カーミラは訳が分からないと言った風情で問いかける。
それにソラが睨みつけた。
「殺しちゃダメ! ソラは無事だから! 怪我も何もないから!」
「…………。 相手は人間よ? 今ここで殺さないと、また同じことの繰り返しじゃない。」
「そんなことないもん! ソラ、何もされてないから! とにかく放して!」
ソラから強く言われ、シェリド・レ・カーミラは手を放す。
それと共に菊梨花が解放された。
「ッ、かはッ!……ゴホッ、ゴホッ!」
一気に気道が確保され、息が噴き出す。
絞められた首を抑えながら、幾度か咳き込む。
シェリド・レ・カーミラの瞳は、元の状態に戻る。
「……確かに、無傷だな。」
ソラの体を見つめ、呟くシェリド・レ・カーミラ。
彼女に視線を向けた菊梨花が口を開く。
「で、ですから……本当のことと……」
だが、それを遮り
「だが、ソラの着物にシワがある。
それも、誰かに掴まれたようなシワだ。」
「っ!」
と言った。
それと同時に蓮華が目を見開いた。
刹那
「貴様だな? 血流が早くなったぞ。 なぁ、猫神蓮華。」
「ッ!? オレの名前を……」
「敵の名は知ってて当然だろう? 貴様の行動が、我らに盾突く者であるのは自明の理。
貴様をここで、殺してやる。」
名を呼ばれて困惑する蓮華に対し、不敵に笑うシェリド・レ・カーミラ。
再び先ほどの瞳に変わる。
白目が赤く、瞳が金に。
それと同時に彼女の姿が消えた。
「死ね。」
「っ!」
すぐに蓮華の背後から声がした。
咄嗟に跳躍する。
ザッ!
回避しようと思ったものの、横腹を掠めてしまう。
「くッ!……テメェ……いきなり何しやがる……。」
蓮華は突然の攻撃に、シェリド・レ・カーミラをキツく睨みつける。
「言ったろう?……貴様を殺すと。」
シェリド・レ・カーミラは不敵な笑みを浮かべながら、一言だけ告げる。
宣戦布告は済んでいると示すかのように。