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ゴッド・ニュースペーパー  作者: 和島大和
第一章 始まりの始まり
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第十三説


 「ひどい傷……すぐに治療します!」



 「……お前……」




 治療の準備を始める菊梨花(きりか)に視線を向けるソルダ。




 「喋らないでください! 傷に響きます。」



 「ははっ……アンタの……声の方が……響く……」




 菊梨花(きりか)の静止をよそに、彼は苦しそうに呟く。


 こんな状況でもどこか余裕な笑みを浮かべる。


 しかし、お世辞にも見栄えが良いとは言えず




 「黙って下さい。」




 と、一言で一蹴された。


 それにソルダも黙り込む。


 今は彼女に頼る他ないためだ。




 「……。」




 菊梨花(きりか)は懐から五枚の札を取り出した。


 それぞれ『水』『金』『地』『火』『木』と書かれている。


 菊梨花(きりか)はソルダの隣の床に、札を円形上に並べた。


 次いで右手の親指を噛み切り、流血によって床に線を書く。


 五つの札を繋ぎ、五芒星を描いた。


 菊梨花(きりか)は両手を前へ伸ばし、五枚の札を抱えるような恰好をしては、目を閉じる。




 「…………。」




 ボソボソと、何かを呟いている。


 それが何と言っているのか、ソルダには全く聞こえなかった。


 ただ、お経のように何かを言っているのは分かった。


 しばらくすると、菊梨花(きりか)の体が水色に発光し始める。


 『水』と書かれた札に向け、血で書いた線が集まっていく。


 四枚の白い札が赤く染まり、『水』の一字が消えた。


 やがて『水』と書かれていた札も赤い札へと変化し、菊梨花(きりか)の両掌と額に『水』の文字が浮かび上がる。


 菊梨花(きりか)は目を開ける。


 そのままソルダの体に両手を添え、見る見る間に傷が塞がっていった。




 「っ、これは……。」




 痛みが引いていく。


 どんどん どんどん どんどん どんどん


 傷と共に痛みが吸収されていくようだ。


 すぐに息苦しさもなくなる。


 傷をつけられる前の状態に戻った。


 治療が終わり、ソルダは上半身を起き上がらせた。


 そして、菊梨花(きりか)の周囲で発光していたものも消え、両掌と額の文字も消滅。




 「……ありがとな。 お前のおかげで……」




 礼を言い、感謝の言葉を述べようとしたその時




 「ッ!!? ぐっ! うぅっ!!」




 突如として菊梨花(きりか)が身を縮める。




 「っ、どうした!? ……どこか、痛むのか?」




 訳が分からず、ソルダは目を見開かせる。


 思わず膝を立てて、彼女を案じるように声を掛けた。




 「っ……だ、だい……じょうぶ……です。」




 酷く苦しげな声。


 痛みを我慢する声。


 振り絞るように声を出し、懸命に笑みを浮かべる。




 「いや、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ。


  ……どうなってる? ……外傷も、流血もない……。」




 そう。


 傷など何一つない。


 血も当然出ていない。


 普通ならば痛みを訴えるようなものではない。


 だが、彼女は現に苦しんでいる。


 ソルダは必死に思考を巡らせた。


 よく見ると彼女は、どこか痛いというよりも苦しそうだ。


 それこそ、呼吸ができないとでもいうように。


 まるで、ソルダの傷が彼女の身に移ったかのように。




 「お前……俺を治療したせいで、痛みが移ったのか?」




 ソルダの問い掛けに菊梨花(きりか)は頷く。


 それによって徐々に、徐々に状況を把握してきた。




 「つまり、俺がさっきまで受けていた痛みと、同じ痛みをお前は受けているということだな。


  やっぱり、大丈夫じゃないな。 手を貸すぜ。」




 自分が背負うべき傷の痛みを、菊梨花(きりか)が背負っていると理解したソルダ。


 それを放っておけずに手を伸ばし




 「っ!」



 パシッ!




 伸ばされた手を、菊梨花(きりか)が払う。


 それは、手を借りないという意志表示だった。


 自力で進むという意志の表れだった。


 それを見たソルダは、先ほど聞いていた、誠一(せいいち)菊梨花(きりか)に発した言葉を思い返す。




 『お前一人の力で片を付けるのが最低条件だ。』



 「チッ! あのクソ野郎……こうなることを知ってて言いやがったな……。」




 ソルダは舌打ちしながら不機嫌そうに呟いた。


 菊梨花(きりか)の性格からソルダを見捨てるなどとはしない。


 彼女がソルダを治療し、独りで身動き取れないほどの痛覚を味わうと予見しながら、一人で妖怪を退治するようにという命令を発した。


 親が子に対しては敢えて厳しい道を、なんて生半可なものではない。


 ソルダを、集落を見捨てない菊梨花(きりか)の優しい心を利用し、駒として使えなくなった彼女の処分を妖怪に任せているように、ソルダには感じられた。


 彼女を散々利用し、(だま)した挙句、自分の正しいと思った道を歩き出すようになってから、駒としての価値を見出せなくなり、死亡必至の命令を下した。




 「ッ! ……いか……ない、と……わたし、が……っ……。」




 菊梨花(きりか)は、体を引きずりながら出口に向かう。


 ここから出て、妖怪退治に向かおうとする。


 父からの命令を忠実にこなそうとしている。


 その姿があまりにも




 「…………。」




 あまりにも




 「…………。」




 あまりにも




 「…………。」




 痛々しかった。


 父親から騙され、ゴミと称され、人の生死を天秤(てんびん)に掛けられて選択を強いられては、今も昔も父の駒であると本人から伝えられた。


 それでも尚、父の命令に従おうとする彼女の行動力。


 ここまでくると、いくらソルダでも止めたくなった。


 だから口を開く。


 菊梨花(きりか)を止めるために。




 「……。 人の家庭の事情に首を突っ込むのは悪いと思う。 それでも言わせてもらうが、お前の父親、あまりにも酷いぞ。


  娘がこんなに傷ついてんのに、一人で行くことを強要するなんてよ。


  お前、その状態で行っても殺されるぜ。」




 ソルダは断言した。


 傷はない。


 流血もない。


 だが、痛みがある。


 人間、痛みがあれば何もできなくなるものだ。


 まずは痛みを和らげようとする。


 それ以外のことなど、構っていられなくなる。


 まともに戦えるはずなどないのだ。




 「しかた、ありません……。 わた、しは……つみを……おかしました、から……。」



 「……罪? 何をしたっていうんだい?」



 「……おと、さまを……みなを……うらぎって……」



 「……。 なんだよ。 あいつも、お前のこと裏切ってたろうが。


  何でお前だけそんなになる必要がある?」



 「…………。」




 途切れ途切れに紡がれる言葉。


 全身から大量の汗をかき、滴る汗の雫が血の代わりのように床を濡らしていく。


 ソルダは唇を噛み締めると、問いかけた。


 だが、菊梨花(きりか)は答えない。


 ただひたすらに床を這って行く。


 やがて辿り着いた出口の柱を支えに立ち上がろうと試みる菊梨花(きりか)




 「っ、ふっ! ……う、うぅッ! あっ!」



 「っ!……。」




 立ち上がる途中で痛みに耐えるように(うめ)き、すぐに脱力してしまう菊梨花(きりか)


 床に座り込む。


 ソルダはただ見ていることしかできない。


 彼女の意志がソルダの助けを拒むのなら、それを実行に移すわけにはいかなかった。


 だからこそ、彼は内心でやるせなさを感じてしまう。




 「…………くっ!……うぅぅ……ふっ、っ……。」




 再度立ち上がろうと試みる菊梨花(きりか)


 痛みのあまり顔を歪ませ、双眸(そうぼう)をギュッと閉じる。


 ゆっくり、ゆっくりと立ち上がっていき、ようやく立ち上がることができた。




 「っ、はぁッ!! ……はっ、はっ、はっ、ッ……く……。


  ……ようかいを……っ、たすけた……むくい、ですから……。


  かくごの、うえ……です……。」



 「ッ!?」




 菊梨花(きりか)は震える声を懸命に発しながら、微笑みをソルダに向ける。


 それに、彼は目を見開く。


 集落に於いて、猫神家に於いて、妖怪は退治・殺すことが普通であり、助けることは異常なのだ。


 どのような罰が待っているかは分からない。


 ソルダならば逃がす時も戦い、逃がした後も戦うだろう。


 そうして、このような場所から脱出していた。


 だが、菊梨花(きりか)は違った。


 逃がした後は自分の責任としてすべての罰を受ける覚悟で、逃がしたのだ。


 逃げも隠れもせず、報いとして全て受け入れると。


 だからこそ、今こうしている。


 『妖怪を逃がした』という異常行動に対する、報いを受けている。


 それも、自らの意志で。




 「それが……お前の選んだ道だってのか?」



 「……はい……。」




 ソルダの静かな問い掛けに、微笑を崩すことなく返事をする。


 今にも消え入りそうな、(はかな)い声音だった。




 「……そうか……。 だったら、俺が止めるのは筋違いだな。


  けど無茶はすんなよ、菊梨花(きりか)。 危なくなったらすぐに退いて、絶対に死ぬな。


  俺の言葉にそこまで影響受けて、俺のために色々動いてくれたのは、アンタが最初なんだから。」




 菊梨花(きりか)自身が、したいと思うことを全力で尊重するソルダ。


 一言だけの助言と、一言だけの彼自身の想い。


 それを受けた菊梨花(きりか)は、小さく頷く。




 「わかり、ました……。 ソルダさん……ありがとう、ございます……。」




 痛みに耐え、懸命に笑みを浮かべながら礼を言う菊梨花(きりか)


 その言葉には、様々な意味が込められていた。




 「あぁ、こちらこそ助けてくれてありがとうな、菊梨花(きりか)


  頑張って来いよ。」




 ソルダも礼を述べ、同時に激励の言葉を彼女に送る。


 それを受け、小さく頭を下げ、ゆっくり、ゆっくりと、菊梨花(きりか)は歩を進めていった。




 「……。」




 ソルダはどこか気に掛けるような視線を送った後、訓練場を後にした。

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