第十二説
ソルダは集落中で異端児と呼ばれる一方、菊梨花自身が変わるきっかけとなった。
ソラは純真無垢な性格で菊梨花の心に語り掛け、自己犠牲の本質を示した上で友人となった。
どちらも菊梨花の大切な者であり、どちらかを選べと言われて選べる存在ではなかった。
今こうして自分が真に正しいと思った道を突き進めるのは、ソルダの言葉を聞いたからだ。
今こうして誰かのためなら傷付いても構わないと心から思えるのは、ソラが語り掛けてくれたからだ。
菊梨花は考えた。
考えたが、やはりどちらかを切り捨てるなどはできない。
と、その時。
「この……クソ親父ぃッ!!!」
片膝をついていたソルダは、蓮華が菊梨花の方に視線を向けている隙に立ち上がり、身を低くしながら駆け出す。
目指すは誠一。
彼の喉元目掛けて木刀を突き入れようと伸ばすソルダ。
そんな中で誠一は冷たい目でジッと見つめる。
まるで興味がないと言いたげに。
そして次の瞬間
ガッ!!!
「ッ!!?」
寸でのところで木刀は大部分が両断されてしまった。
生半可な刀では傷すら付けられないはずの、御神木の木刀。
それが綺麗にスパッと両断され、手で握った部分のみを残す。
ソルダの目の前には蓮華の姿があった。
彼女はソルダ以上に身を屈め、居合の構えを取っている。
それだけじゃなく、既に蓮華は納刀していた。
木刀を両断され、驚きと共に視線を向けた時には既に刀は鞘の中で、もはや刀身すら見えなかった。
視線は床。
こちらに見向きもしていない。
「……マジかよ……。」
「死に損ないが……そんなに死にたきゃ止め刺してやるよ。」
苦笑交じりに呟くソルダに向け、蓮華は視線だけを向けながら刀の鍔を弾いた。
刹那
ズバッ!!
居合で右脇腹から左肩までの逆袈裟斬りで上げられ、凄まじい剣筋によってソルダの体が宙に浮く。
それと同時に蓮華は跳躍。
「っ!」
顔を歪めるソルダ。
それに構わず、蓮華は斬りかかってきた。
ザンッ! ザシュッ! ズバッ!
合計三連撃。
第一撃は、ソルダの左肩から右横腹への袈裟斬り。
間髪入れずの第二撃は、右肩から左横腹への袈裟斬り。
更に瞬時に手首を返し、左横腹から右肩への逆袈裟斬りという、離れ業を繰り出す。
ザンッ!
「ッ!!」
逆袈裟斬りによって吹っ飛び始めたソルダへ向け、更に追い打ちを掛けるように彼の胴を横に薙いだ。
未だソルダの体から出血していない。
だが、体は床に叩きつけられる。
「っ、はッ!」
その衝撃で肺から空気が追い出された。
一方、蓮華は床に着地する前に刀を納め始める。
そして、床に着地すると同時に片膝を立て、納刀。
チンッ ブシャッ!!!
鍔が鞘に当たる音が響いたと同時に、ソルダの傷口が開き、一気に血液が流出する。
電撃のような激痛が全身に走った。
「はっ、はっ……っ、あっ……」
息ができない。
いや、上手くできないというべきか。
一度に血を失いすぎて、体がショックを起こしていた。
「ソルダさん!」
「ッ!?」
その様子を見た菊梨花とソラの顔が青ざめる。
「……。 下らねぇな。 散々大口叩いた挙句、この程度かよ。
で、コイツはどうすんだ? 親父。」
吐き捨てるように言い、立ち上がる蓮華。
誠一の方を向きながら尋ねた。
「放っておけ。 そうして野垂れ死んだ方が、本望ということもあるだろう。
所詮は雑草にすら劣る芥だ。」
「ま、それもそうだな。 で、猫又はどうする?」
「もう一度封印しておけ。 明日の聖錬の儀式のためにな。」
「……。 今は殺さねぇか。
正直、オレは今ここで殺してぇ……妖怪だけは、根絶するまで殺し続けたいと思ってんだ。」
二人は菊梨花を差し置いて話を進める。
ソルダを殺し、ソラはもう一度、あの祠に封印すると。
それに黙っている菊梨花ではなかった。
「ま、待って! ソラさんは……妖怪でも悪い妖怪では……」
「黙れ、クソ女!!」
「ッ!?」
止めようと言葉を発した菊梨花を遮り、怒号を発する蓮華。
その形相は憎悪で満たされていた。
決して、姉妹に向ける顔ではない。
「妖怪だけは許さねぇ……殺して、殺して、殺して……殺し尽くすまでオレは戦う。
邪魔をするなら、テメェでも殺す。 明日の聖錬の儀式で失敗すれば、オレがお前も猫又も斬り殺してやるよ。」
断言した。
姉妹であっても殺す。
それほどに妖怪を憎んでいるのか、菊梨花自身を憎んでいるのか、彼女には判断できない。
ただ、好かれていないことは確かだと自覚していた。
蓮華を止める手立ては、今の菊梨花にはない。
聖錬の儀式を成功させることしかなく、ソラを逃がす策もない。
菊梨花が考えていた時、訓練場の扉が開いた。
「大変です! 妖怪の群れが、集落に向かって……っ、れ、蓮華!? な、何故ここに!?」
集落の住人だ。
彼は妖怪が集落に向かっていることを報告したとき、猫神家の敷地内に蓮華が居ることに驚く。
蓮華は誠一に視線を向ける。
それに即座に対応した。
「ふむ……君こそどうしたのかな? 猫神家への無断侵入をしてしまったようだけど。
緊急事態とはいえ、感心できないなぁ。」
誠一は先ほどの冷たい瞳ではなく、如何にも優しそうな、神父のような微笑みを浮かべる。
そのまま彼の方に近づいて行った。
だが、住人も警戒しているのか、一歩ずつ後ろに下がる。
そして、血だらけで倒れたソルダの方にも視線を向け
「ア、アンタら……蓮華とはもう……それに、そいつは……」
「それよりも、妖怪が向かってきているのだろう? どんな連中なのか、詳しく聞かせてくれないかな。
その後に君の訊きたいことを答えてあげるよ。」
「っ、わ、分かった。」
絶えず微笑みを浮かべる誠一に、住人は口を開き始めた。
「下級妖怪の群れで、中級妖怪も中にはいる。 集落を襲うには力不足だ。
だが、猫神家の援助がなければ、たちまち集落は乗っ取られてしまう。 さぁ、今度はアンタ等の番だぞ!」
「なるほど。 では、お前がもう一度、その疑問を抱いた時には答えてやろう。
せいぜい、記憶から抹消せずに留めておくことだな。」
妖怪の規模を聞き、誠一は質問に答えることなく住人の額に手を添える。
彼の掌には五芒星の刻印が刻まれていた。
次の瞬間、住人の体が脱力し、それを倒れないように支える。
殺舌の刻印。
それが彼の能力である。
掌に五芒星の刻印が刻まれ、これに触れた者の記憶を自在に操ることができる。
この能力によって、猫神家が集落での事実的首領になっているといってもいいだろう。
誠一は住人を肩で担ぎ、菊梨花の方へ向く。
「菊梨花、妖怪はお前が退治してこい。
できなければ猫又を殺し、できれば今回のお前の行為を不問とする。
それと、巫女としての地位も認めてやるが、お前一人の力で片を付けるのが最低条件だ。」
「ッ……分かりました、お父様。」
父親の言葉に、菊梨花が頷く。
その後、蓮華へと視線を向けた誠一は、黒狼にぶら下がっているソラを見つめた。
無言で交わされたことだったが、蓮華は父親の言わんとしていることを理解した。
「チッ、面倒臭ぇな。 ……お前、ちょっとでも騒いでみろ。 殺すぞ?」
「っ……。」
舌打ち混じりに悪態を吐く蓮華は、ソラに脅しを掛けながら殺気を向けた。
それに体を委縮させ、態度で示すソラ。
「ソラさんを、どうするつもり!?」
「人質としてオレが預かる。 テメェが失敗したら、即座に斬り捨てておく。」
「ソルダさんは……?」
「知らん。 どうせ死ぬ運命だ。」
そう言って菊梨花の縄を斬り、解放する蓮華。
ソルダのことに関しては関係ないと言いたげに吐き捨て、訓練場を黒狼と共に去っていった。
それを見送ると、菊梨花は血だらけで倒れているソルダの元へと駆け寄った。