表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴッド・ニュースペーパー  作者: 和島大和
第一章 始まりの始まり
11/31

第十一説


 「っ、ソルダさん!」




 傷つくソルダに、縛られたままの菊梨花(きりか)が呼び掛ける。


 次いで蓮華(れんげ)に視線を向け




 「蓮華(れんげ)、これ以上彼を傷つける意味なんて」




 それを遮り、誠一(せいいち)が口を開く。




 「意味があるからやらせているのだ。 お前こそ関係ないだろう。


  お前が動かない内は、蓮華(れんげ)の好きにできる。 まだそうしている気か、菊梨花(きりか)。」



 「っ!? ……ッ!」




 誠一(せいいち)は冷めた目でジッと菊梨花(きりか)を見つめる。


 自分が動かない限り、ソルダは傷つけられる。


 動かなければ、蓮華(れんげ)の好きに傷つけられてしまう。


 父の言葉によってそう理解した途端、菊梨花(きりか)は行動に出た。


 自分の腕に力を込めた。



 なんとか脱出できるように


 なんとか縄が解けるように


 なんとか自由になるように



 だが、彼女の想いとは裏腹に、縄は固く結ばれてしまっており、解ける気配すらない。




 「解けないか? お前が何の抵抗もなく、何の対策もなく縛られたことが原因で、今の醜態(しゅうたい)(さら)しているその縄を、解けないか。


  自分が正しいと思った道だと? 正しいと思った道でありながら、拘束されることを受け入れた。


  その時点で、貴様のしたことは間違ったことを自覚したのだろう? 自分でも気づいているのではないのか? ……父のしたことが真に正しい道だと。」



 「ッ!? それは……違います。」




 菊梨花(きりか)の行動を見て、誠一(せいいち)は淡々と述べる。


 それに彼女も目を見開く。


 だがすぐに言い返した。




 「ほぉ……では、何が違う?」



 「……私は、お父様の道が真に正しいと、そう思ったわけではありません。」



 「なに?」



 「ッ!」




 菊梨花(きりか)の言葉に睨みつける誠一(せいいち)


 それに、菊梨花(きりか)は一瞬だけ(ひる)んでしまう。




 『大事なのはお前が、お前のしたいことをしろってことだ。


  それがたとえ周りから見て『普通』ではなくても、自分がしたいこと、正しいと思うことをやり通せ。』




 菊梨花(きりか)の脳内に唐突に、ソルダの言葉が思い浮かぶ。


 周りから見て『普通』ではなくても、自分がしたいこと、正しいと思うことをやり通す。


 どれほどの困難だろうと、周りから蔑まされようと、自分が正しいと思ったことをする。


 それを、ソルダから教わった。


 菊梨花(きりか)にとって、ソルダは恩人と称してもいい存在だ。


 今まで、『普通』に囚われていた菊梨花(きりか)を解放した言葉。


 恩人から紡がれた言葉。


 それを思い出した菊梨花(きりか)は、強い意志を秘めた黒目で父を見据える。




 「私は……私の正しいと思った道を進み、そしてこの拘束も正しいと思ったからこそです。


  ですが、お父様の道が正しいから拘束されたのではありません。」




 凛とした雰囲気を纏わせながら、言葉を紡ぐ菊梨花(きりか)


 その言葉を、蓮華(れんげ)も耳を傾ける。




 「猫神家を、集落の人たちを裏切ってしまったからです。 それでも、私が正しいと思った道。


  拘束されても良いと考えながらも、正しいとも考えましたので……抵抗はしませんでした。」




 拘束への抵抗をしなかった理由。


 拘束されることこそが、菊梨花(きりか)の考えた道だからだと。


 自分が正しいと思った道であっても、集落の中で『普通』ではない、間違った行為であることは解っていた。


 だからこそ拘束された。




 「ならば今、拘束を解こうとしている動機はなんだ? 土下座の決意が固まったのか? それともまさか、この男を救いたいなどと考えているのか?」



 「……両方です。 その人の命を救えるのなら、何度でも土下座をします。


  お父様から何と呼ばれようと、どう扱われようと、ソルダさんの命を保障してくれるなら、私は構いません。」




 父の問い掛けに、菊梨花(きりか)は頷く。


 キッパリと言い切る。




 「ふっ、ふははっ、ははははははは!!! 面白いことを言うものだな、菊梨花(きりか)


  ならば、お前ならばどちらを選ぶのだ? 猫又(ゴミ)か、異端児(クズ)か。」



 「え?」




 反抗的な菊梨花(きりか)に対し、大声で笑う誠一(せいいち)


 そうして凶悪なまでに楽しそうな表情を浮かべた彼は、菊梨花(きりか)に問いかける。


 それにキョトンとする。




 「うにゃああぁぁぁッ!!!」




 固まる菊梨花(きりか)をよそに、猫の叫びが入り口から響き渡ってきた。


 視線を向けると、入り口から巨大な黒狼が現れる。


 その口には(えり)(くわ)えられ、宙吊り状態となったソラがぶら下がっていた。


 足をバタバタさせて抵抗するも、黒狼はものともしない。


 その様子を見た菊梨花(きりか)は、驚きのあまり目を見開く。




 「ソラさん!?」



 「き、菊梨花(きりか)……ソラ、捕まっちゃった。」




 菊梨花(きりか)の呼び掛けで視線を向け、視認したソラは、悲しげな表情を浮かばせながら全身を脱力させた。


 そして、菊梨花(きりか)は父に視線を向け、尋ねた。




 「いつから、式神召喚を?」



 「さて。 蓮華(れんげ)が行ったことだからな、知らん。」



 「え?」




 父の言葉に、信じられないと言いたげに固まる菊梨花(きりか)



 式神(しきがみ)召喚(しょうかん)


 文字通り、式神を召喚するということ。


 式神とは、動物の『聖霊』の別称である。


 ここでいう『聖霊』とは、精霊と人の魂が融合した存在のことだ。


 本来は下級妖怪の一種である精霊だが、人間の魂と融合することで『聖霊』へと昇華し、上級妖怪である鬼やヴァンパイアと同等の力を得る。


 猫神(ねこがみ)神術(しんじゅつ)では精霊を自分の魂の(おり)で飼い慣らし、『式神』として戦闘や日常生活で活用する。


 式神召喚では多大な集中力や、特殊な呼吸法によって自分の魂の檻を解放するため、すぐにできるものではない。


 さらに言えば、召喚直後に式神が出現するため、誰かがここで召喚しても、菊梨花(きりか)が視認できるはずなのだ。



 だが、菊梨花(きりか)は式神を初めて見た。


 当然、召喚された瞬間すら見えなかったのだ。


 だからこそ、驚いている。




 「異端児(コイツ)を斬ると同時さ。 式神を展開したのはな。」




 先ほど菊梨花(きりか)が父に放った疑問に答えるように、蓮華(れんげ)が答える。




 「ッ!? そ、そんな……そんなことって……。」




 菊梨花(きりか)は、今度こそ信じられないと言いたげな顔で呟く。


 それもそのはずだ。


 蓮華(れんげ)の言ったことが本当ならば、限りなく零に近い時間の中で斬撃と式神召喚を同時にこなしたということなのだから。


 あり得ない、と菊梨花(きりか)は思う。




 「蓮華(れんげ)は猫神流神術の発祥以来、随一の使い手だからな。


  剣術、弓術、格闘術、神術の(ことごと)くがお前より遥かに優れている。」




 それに誠一(せいいち)が補足するように告げる。


 ソルダが剣術で圧倒されると同時に、菊梨花(きりか)は神術で圧倒された挙句、猫神家の巫女としても圧倒されたといっていい。


 どう考えても、菊梨花(きりか)よりも蓮華(れんげ)の方が、全てに於いて上なのだから。


 正統後継者として、巫女として、菊梨花(きりか)よりも蓮華(れんげ)の方が、相応しい能力を秘めている。




 「ハッキリ言ってやろう。 お前は所詮、父の駒でしかない。


  どれほど努力したところで、それは変わらぬよ。 今も、昔もな。」



 「そ、そんな……では、今までの……私は……」



 「さて、立場は理解して貰えた上で選んでもらおうか、菊梨花(きりか)。」




 冷酷な瞳で菊梨花(きりか)を告げる誠一(せいいち)


 娘ではなく、所詮は体のいい駒であると。


 自分の集落内での権力と権威、それのみのために菊梨花(きりか)は利用され、昔からそれは変わらないと。


 父からの言葉に、菊梨花(きりか)は悲嘆の想いを吐露する。


 だが、彼女の想いなどお構いなしに遮り、話を続ける誠一(せいいち)


 そして、菊梨花(きりか)にとって極限とも、絶望とも言える選択肢を叩きつけた。


 選択肢は二つ。




 「猫又か、異端児(ソルダ)か。」




 それは、友人と恩人の名前だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ