第十説
「何驚いた顔してんだ?」
「……この展開は予想してなかったんでね。」
余裕の笑みを浮かべる蓮華に対し、ソルダは冷や汗混じりに呟く。
誠一に振り下ろした木刀を、蓮華が刀で受け止めるという今の状況。
正直なところ、酷く困惑していた。
ソルダも集落での情勢はある程度理解しているのだ。
だからこそ、聖錬の儀式の日時を把握し、顔だけを見せに行っては菊梨花に向けて言葉を発していた。
「あぁ、そういえば親父とは絶縁したって伝えてあったか。」
「……集落ではそう認識してるよ。 だから、アンタが父親を庇うとは思わなくてね。」
蓮華は興味なさげに呟き、ソルダも応答する。
彼が集落での情勢を把握しているからこそ、今の蓮華の行動に驚いていた。
「だが、もう把握したよな? ……だったら、どうするかは一つだろうがよ!!」
「っ!」
蓮華は嬉々としながら刀を押し出す。
ソルダはそれによって木刀を弾かれ、何とか手元から離さずに数歩後ずさる。
凄まじい力だ。
身長はソルダよりも低いというのに、刀の重みと木刀の重み、体格差がある彼の一撃を余裕で受け止めた挙句に押し返した。
「……ふっ!」
「ッッッ!?」
その直後、喉に向けての突きをする蓮華。
咄嗟に体を横に逸らして軌道から逃れる。
そのまま切っ先がソルダの体があった地点を通過。
刹那
「ほらっ!」
手首を返して刃をソルダの方に向ける蓮華。
そのまま振ってくる。
彼の頸動脈に向けて。
「っ、く!」
ガッ!!
すぐさま木刀を縦で構えてその刃を防ぐ。
生半可な刀では決して砕けない御神木の木刀。
これによって蓮華の攻撃を防ぐ。
「らぁっ!!」
「なっ!? ……くっ!」
刀を両手で持った蓮華は、身を低くし、凄まじい力で振り回す。
これによって体勢を崩しそうになったソルダは、押し返そうと力を入れた。
だが、その直後
「ははっ!」
「うおっ!?」
フッと脱力する蓮華。
それによって重心が一気に前に行き、先ほどよりも大きく体勢を崩すソルダ。
刹那、蓮華は流れるような動きで体を右回転させる。
まるで、ダンスの回転のように、一周だけ回っては彼の背後へと移動する。
更に回転の中で刀を構えていた蓮華は、そのまま遠心力を利用し
「死ねっ!!」
斬りかかった。
無防備な、彼の背中に向けて刃が振るわれる。
「くっ!」
一瞬の判断で木刀を左肩で担ぐソルダ。
ガッ!!
「っ!」
蓮華の凄まじい一撃に、膝をついてしまう。
そうして一度距離を置いた蓮華は、余裕の笑みを浮かべていた。
「やるじゃないか。 以前のお前なら反応できずに死んでいたってのによ。」
「そりゃどうも。 これでも鍛錬してきてんだ……ちょっとでも持ち堪えねぇと悔しいからな。」
称賛する蓮華に対し、なんとか笑みを浮かべながら応対するソルダ。
ソルダには、蓮華の底が見えない。
未だ、足元にすら及んでいないだろう。
ソルダはこの状況で思考をフル回転させる。
まともに闘って勝てる相手ではないと、先ほどの数合交わした攻防で理解した。
「ハハハッ! なるほどな。」
蓮華は高笑いする。
まるで、鍛錬したこと自体をあざ笑うように。
いや、実際に嘲笑しているのだろう。
ただ、勝てる相手ではなくとも、負ける相手ではない。
こちらが反応できるだけの速度で蓮華は斬りかかってきていた。
回避し、当たらなければ良い。
避けられずとも、見切って受け止めればいい。
「それじゃあ……本気で立ち会わねぇと失礼ってもんだな。」
蓮華はそのまま刀を納刀し、身を低くする。
「本気、ねぇ……正直、これ以上の力を出されるとキツそうだな。
それに、こちとら木刀……なんでね。」
苦笑交じりに呟く。
ゆっくりと立ち上がる。
「フン、武器の差で勝負が決まるかよ。 せいぜい一撃の威力の差だけだ。
お前、オレの攻撃を避けりゃ良い、オレに当てりゃ良いなんて考えてんだろ? ……甘ぇよ。」
「っ!」
ニヤリと笑って告げる蓮華。
それにソルダは目を見開く。
読まれていた。
自分の考えを。
蓮華の言葉はまだ続く。
「んで、気になるオレとお前の実力差は……」
ソルダの視界から、蓮華の姿が消え
「こんなもんだ。」
チンッ!
背後で発せられた声。
響く納刀の音。
刹那
ブシュッ!!!
「ッッッ!!!?」
ソルダの右横腹から左肩に掛けて切り裂かれ、大量の赤い液体が飛沫を上げて飛び散る。
ソルダは驚愕のあまり目を見開き、顔に自分の血液が返り血のように付着。
声にならない声を上げた。
「っ、はッ!」
ようやく肺から息が漏れる。
圧倒的だった。
実力差は歴然。
何が木刀だ。
何が真剣だ。
それ以前の問題だ。
身体能力の差なのか、それとも妙な技の影響なのか。
今のソルダには判別できない。
ただ分かったのは、圧倒的な力の差だということだけだ。
目にも留まらぬ斬撃をソルダが繰り出すならば、蓮華のものは目にも映らぬ斬撃だ。
化け物。
ハッキリ言ってそれほどのレベルだ。
人間が到達出来うる限界を優に超えている。
ソルダは傷口に手を添え、再度片膝をついてしまった。
対する蓮華はソルダの方へ振り向き、冷めた目で見下ろしていた。