物語を物語るもの
変態はいつだってジェントルです。
「これはこれは、幸運の女神に愛されているということでしょうか。まさか造形物集めに行った場所にたまたま配られていた手配書の対象がいたとは。いくらお墨付きのロワイヤン警備隊でもあんな異世界にいたら当然見つけられないものです」
俺はゴルモーイ・エビグマの策にはまり、ロワイヤン王国に再び訪れていた。
彼は王国魔法研究部を首席で卒業してからフリーランサーのバウンティハンターをやってるらしい。おもにゴレームを用いて仕事をなしているそうだ。
「まさかあの店から狙ってたんですか」
「いいえいいえ。あなたの家に着くまでは本当、善意のつもりで行っていたのですよ。アイスを食べた時、頭の中で仕事のことがひらめいただけですので。500ロワなんか子供のお小遣いにもなりませんが、フィギュア集めのおまけだと思えば結構気分がいいですね」
彼はニコニコと笑い、前を進む。
「それで、俺はどうなるんですか」
「知りませんね。懸賞金狩りは条件を満たしてお金をもらうだけですので」
神も仏もないな。フェベロスに殺されずやっと生き延びたと思ったら今度は王国の手配者か。
俺は彼の後ろから、両手を何かの魔道具で封じられたまま、彼に手綱を握られていた。手首のあたりに青い光が漂っている。
この状態では、逃げられるわけもないな。もし万が一逃げたとしても土地勘の少ない俺が隠れきれるわけもない。
切羽詰まるとはこのことか。
「あ、そうでした」
彼は足を止めて振り返った。
「私があの世界に行ったことは他言無用です。もしもかしてもそれを言いふらしたときは、そうですね。あなたの大事な"ナニ"を造形物に変えて差し上げますので」
「き、肝に銘じておきます」
「よろしい」
俺のあれを使えないものにするとか、考えただけで鳥肌が立った。せめて死ぬ前に息子の役目くらいはたさせなければ。
でも彼の口調はそんなに険しくもなく、多分授業をサボるくらいのやんちゃだとは思う。
街を歩いてほぼ三十分。彼の家からの移動なのでまだどこがどんなところなのか全然分からなかったが、そろそろ見覚えのあるものが視界に入った。
例えば、あの警備隊小屋から遠くに見られたあの大きな鐘塔。確か、夢から目を覚ます直前、あの鐘の音を聞いた気がする。
あれ、ちょっと待って。そういえばこれは夢じゃない。じゃあ俺はあの時どうやって家に帰ったんだ?
「おいなんだ、エビグマの変態。てめぇが先に取ったのかよ。ったく、どこで捕まった? このあたりでは全然見当たらなかったぜ?」
「ははは、そこは企業秘密ということで。大体、今回は運が良かっただけですので」
街を歩く間、こうやって時々声をかけられたりした。エビグマ曰く大体は他のフリーランサーの連中らしい。
そして恐ろしいことに、たった一人の誤差もなく、こいつはみんなにエビグマの変態と呼ばれていた。
結構悪い意味で有名人みたいだ。
「エイさん。手首、痛くはないんですか」
「あ、えーと、別に痛いってほどでは。若干きついぐらいで」
「あとちょっとで到着ですのでその間の辛抱です」
「いや、そこまで気にかけられたら逆に申し訳ないんですが」
なんだかんだで一応、不審者として手配されたものだけどな、俺。
こいつは案外そんな悪いやつでもないかもしれない。
「んで、変態さんは日本にちょくちょく行ったりしてるんですか」
「ああ、あなたの世界ですか。まあ、半年に一度くらいですね。あくまで自分の意志だけでは行けないところですので。ここに来るのは自由なんですが……おっと、口が滑りましたね」
「自分の意志ではいけないって」
「まあまあ、そこは企業秘密ということで」
「なんですか。自分から言い出しといてケチだな」
「おやおや、なんのことでしょう」
彼はそれ以上の詮索を許さず、知らんふりで通した。
フェベロスからは俺の世界と、この世界の時間の流れがほぼ同じだと聞いていた。ならば今は一体何時だろう。家に帰った時、すでに五時ぐらいだった。ならばもうすぐ6時か7時になるはずだが。
まだまだ空は何色にも変わる気がしない。それとも、ここも四季があって、日本の夏と同じく昼が長いだけなのか。
「着きましたね。では、拘束呪文を外します。逃げたら手荒な真似をするかもしれませんよ」
「そんな度胸ないですよ」
彼の手が手首に触れると、あっけなく拘束が外された。
その手がドアを開いて俺を手招いたとき、胸の中で何かしらの不安を感じ始めた。
このまま、あの警備隊が言ってたように死刑されるんだろうか。
ここは俺の夢の世界などではない。ということは処刑=死を意味する。
彼が言ったとおり、逃げたほうがいいんじゃないのか。
しかし俺は結局なんの答えも出せず居酒屋の中を進んでしまった。
中にはあの時よりも結構客が多く数々のところで酔い始めた証拠として大きな声が飛び回ろうとしていた。
「一日ぶりですね、手配のエイさん」
「あんたはいちいち接頭語をつけないと気がすまないんですか?」
俺を警備隊にどんと渡した宿屋の主、リビが相変わらず段差のない口調で俺を迎えた。
「敬語はやめてください、二十歳のエイさん。もとい、二十歳で"無職"のエイさん。私はあなたより年下なのです。気色が悪いのです」
「じゃあ遠慮なく。といいたいところだが、別に馴れ合う気はない。さっさと警備隊に渡せ」
さて、どうやって生き残るか。あの警備隊の隊長に命乞いでもなんでも、なんなら嘘でもついて生き延びなきゃな。
その方法など見当もつかないわけだが。
「まあまあ、それより。約束の報酬をお願いしてもよろしいですか」
俺の後ろでじっとしていたゴルモーイが仕事の完了を知らせた。
「報酬はもちろん払いますが、よりによってエビグマの変態に捕まったんですか」
「お前もそれ言うのか」
リビはやむを得ずという感じで小銭の音がする袋を彼に渡した。
「500ロワです。数えなくてもあってますので、さっさと去ってくれますか変態。私の大事な店が汚されてしまいます」
「これはこれは、嫌われてますね。でも流石に仕事は終わったのでおとなしく帰りますよ」
「なーんだ。稼げたのに酒の一杯もしないんですか。くつろいでいけばどうです?」
横で凄まじい邪悪な目で俺を見つめる店主の視線が感じられたが、俺はわざとそう言った。
もしかしたら脱出の手助けになるかもしれない、そう思ったから。
「いえいえ、私は酒は飲まない主義ですので」
だが、ゴルモーイはもう俺のことなど目にもないらしく、悠々と居酒屋を出ていった。
その道のりを少し残念な気持ちで眺めていると後ろから敵意丸出しでリビが言った。
「正気ですかエイさん。変態同士で通じるものでもありましたかのエイさん。あんな気味悪い魔法使いと一秒たりとも同じ場所にいたくないんですよ」
「そんなに嫌がらなくてもいいんじゃないか? 別に悪いやつでもなさそうだけど」
「あなたの頭はお花畑ですか、節穴のエイさん。まあ、いいです。それより夜が掛かる前にさっさとあの方のところに行ってください」
「あの方?って誰? 警備隊長?」
「いいから。とにかく奥に向かうことです」
彼女はそう言って店の奥の席を指す。その先には、長いローブで身を隠した胡散臭い人物がハープを弾いていた。
「えーと、俺はもしかして食われたりするのか」
ばーん!と、リビはもう言うことも面倒だと言わんばかりに俺の背中を叩いた。
どうせ今から逃げてもダメだし、一応こんな人だかりの中で俺の息の根を断ち切るほど野蛮な世界ではないはず。
ない、はず、だよな……?
俺は滾ってくる不安を抱いて言われた通り赴く。
「あのー、ご指名されたものですが……」
優しいハープの音色が突然途切れる。その数秒の張りつめた空気に俺は息を呑んでしまった。
長いローブは顔まで覆ってあり、前面はベールで隠しているせいで顔の識別が全くできない。
その完全な暗闇から言葉が発せられた。
「初めましてエイさん。私はべメリス。世の中をさすらう吟遊詩人でございます」
若い女性の声。声だけでもベールの中身がこの上なく美しくて輝いていることがわかる。
この人はきっと、とてつもなく美人だろうな。
「いや、俺の名前は……、あ、いやなんでもないっす」
言い直そうとして、もうこれからも間違われるのだったらいっそこれでいいのかもしれないと、そう思った。どうせフェベロスのことでここへ来ることにしたときも偽名とか使おうかなーと思っていたところだ。ちょうどいい。
「ではエイさん。まずこれを受取ください」
彼女は懐のなかに手を入れて、何かをテーブルの上においた。
サイズからして何らかの名刺に似ている。
「ロワイヤン王国の訪問証です。ロワイヤン国王直々の捺印付きですので、これ以上追われることはないでしょう。さあ、手を前へ」
「え? ええ?」
何が何だか分からない。しかしこれ以上変な争いごとに巻き込まれないというなら拒む理由はない。
左手を名刺の上にあてがうと名刺に書かれていた文字が一切宙を舞う。それが燃え尽きるように消え始め、やがてひとつの文様だけが強烈な光を放ちながら手の甲に刻まれた。
「う、うわっ! なんですこれ!?」
「二重のパールの中に壮大な巨山、ロワイヤン王国の象徴であります。これで、貴方は臨時ではあるけれど、お客としての資格を持ちました。もう夜が訪れてもこの国から弾き出されることはないでしょう」
「え、弾き出される?」
ベールの中にかすかにまみえる薄い唇が、軽く笑みを浮かべた。
「この国は神々の戦の残響のため、千五百年前から夜が訪れなくなりました。そのため、多くの魔法使いが大規模の"夜の魔法"を使わないと、永遠に日が沈まない王国になったのです。過去には夜の魔法だけをやっとかけたものが、現在は夜の魔法が発せられるとき、正当な在住権を持っていないものを国の外へ弾き出す治安用の魔法も同じく伴っていると言われます」
「へえ、なんかすごいですね」
ここの人たちがあんなに平和平和言っていたことがよくわかった気がした。
国の外のものさえいなければ、ひとまず要らない争いごとが起こることはそうそういないだろう。
内側で何かトラブルが起こらない限りは。
すると突然、窓の外から鐘の音がした。
「みなさーん、鐘が鳴り始めましたよー?」
あののほほんとしたおばさん、マブラさんが居酒屋の中で言い放った。すると酒に酔いつぶれたものや別に気が向いてない人を除いた他大半数が窓という窓に全部くっつき始めた。
「私達も伺いましょうか」
「あ、はい」
窓から見たそとは、未だ日が高く、時間感覚を惑わせている。その明るい外を何がそんなに楽しいのか皆が皆、賑やかで耳が痛い。
「「「5! 6! 7!」」」
18回、今までの歴代の国王の数だけ大鐘を響かせてから夜の魔法を行うのが国の掟。
俺が夢から目を覚ます前に聞いた鐘の音は多分この音だったんだろうな。
まるでミレニアムでも迎えるよな提唱のなかで、俺はさっきから気になっていたことを口にした。
「あの、どうして俺に訪問証くれるんですか? もしかしてどっかで会いました?」
「別段、大した理由ではございません。貴方を私の目の届くところに置きたかっただけ。それだけです」
その優しくて清らかな声音のせいか、いかにもロマンチックなセリフのせいなのか。俺は顔が赤くなるのが自分でもわかっていた。
「ど、どこかで会ってたりしてー」
彼女は応答の代わり、そっと口に指をあてがったあと窓を示した。
店内に響く最後のカウントダウンと同時に、そこから一本の光が晴天に向かって打ち上がる。
「「「今日もよく働いた!!」」」
俺には口にするのも少々荷が重い常連さんたちの夜の挨拶。
その中でたった今、不審者から客人に格上げした異界人の俺はア○ターでもインター○テラーでも、どんなSF映画でもみたことのない宇宙のパノラマを眺めた。
それは何ごとも理解できずもやもやしているだけの俺の気持ちを、綺麗に洗い流すほど美しいものだった。
続く