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夢物語はどこからか  作者: フォービアン
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究極のピグマリオン

きっといつかは叶うはずの夢だと思います。

 フェベロス・ホローキャスト。虚構の魔獣にして"()存在(そんざい)"から生み出された欠片(ピース)

 その存在意義はすなわち"光の守護者"たるものの息の根を断つことのみ。

 何者からの復讐心から生まれ、復讐を遂げることをなすべく存在する獣。

 かつて『上界ロレンシア』を恐怖に落とした魔獣として名を響かせたものの、それが故に数ある偉大なる勇者たちの手によって討ち取られたという。

 無垢なる命を用いて再び復讐の牙を鳴らす魔獣が、今現在俺の部屋にいた。

「さあ、人間よ。受け止めてみるが良い、我が本心の一撃……猫キックッ!」

 フェベロスが空に蹴りを入れると同時に、クロが俺に蹴りを入れる。

 にゃー! と、三歳の黒猫がご主人に反旗を挙げていた。

「だからやめろって。猫に二足歩行させたら脊椎(せきつい)に悪いんだよ」

 人んちの猫でリアル・ス○ィル取る気かこいつは。

 彼女の気まぐれで俺とクロはまず命を保っているが、どうやら5円チョコに入った彼女の根源はまだクロの中にあるらしく、彼女の思うままに動かせることが可能だそうだ。

「まあそんな怒るなって。一日5分以上は動かないことにするからさ。じゃないとシンクロしている気がしない、と言ったそばから猫パーンチ!」

「お前は決戦兵器のパイロットにでもなるつもりか」

 クロのパンチを受け止めに成功し、報償として肉球をマッサージした。柔らかくて気持ちいい。

「おい、勝手に触るな。猫の体はオレのもの、猫の肉球もオレの肉球だ。以後気をつけろ」

「い、いちいち首を絞めなくていいからな」

 生まれたてから今まで育ててきた我家の猫を取られた。これが娘を取られる親の気持ちなんだろうか。それとも俗に言われるNTR(寝取られ)ってやつか。

 いや、寝取られじゃないからTRでいいのか。クロは雄だしな。

「で、これからどうするんだ。光の守護者とかを打ちに行くんだろ」

「ああ、もちろんだ」

 彼女の目的は単純だった。

 異世界に行って、光の守護者を打ち取る。だから俺にはその手伝いをさせると言っていた。

 俺はもともと争い事とか嫌いだから当然反対したんだが、彼女いわく「お前には何も期待していない。やつの居場所をつきとめるべく情報収集だけしてくれればいい」とのことである。

 ひどく無視された気がするが、むしろそれが功をなしたというべきか。居場所さえ掴めたら、さよならバイバイでかまわないらしい。

 そういうわけで、俺は今からでも早くその情報収集とやらをしたいと思った。

 しかし、そうもいけなくなった。

 異世界とここは時間の流れがほぼ同じ。当然、あっちを優先したら現実のことがないがしろになる。

 部屋のこととか、特に猫のこと。

 クロを持っていくという手は彼女から制された。一応、根源がクロの中にあるわけで、それが戦地に置かれるのを好まないらしい。

 当然、俺には知り合いもないし、お金の出処もない。故郷にある両親に手をのばすのはどうも気が引ける。というかもう連絡無しで過ごして丸一年が過ぎた。どのヅラ下げてきたーとか親父に言われるに違いない。

 そういう建前は差し置いて、本音を言えば何があっても親は頼りたくない。

「お前の力でお金なんとかならないのか? 宝くじにあたるとか」

「アホ。あの雑貨屋の小物もいるんだ。どこにあっち生まれのやつがいるかわからないのに、そんなやすやすでしゃばれるか。勇者どもの名声の踏み台になるのはもうゴメンだぞ」

 過去のことを思い出して気分が悪くなったようだ。

 そんなわけで朝はバイト、午後からはロレンシア。その両方を通うことになったのだった。

「ってお前はバイトしないのか」

 居酒屋のバイトの面接に行くため部屋を出ようとしたところ、突然そんなことを思い出した。

「ふぇ? ひいへーほか(しにてーのか)?」

「カップ麺食いながら脅してもな」

 そう言えばこいつが食ってるラメン、せっかく見つけた豚汁だな。

 くそが。

「オレは働かないぞ。お前が養え」

「それじゃ効率が悪いだろ。お前も一応人の姿してるし、働けよ」

 ってかこの姿って、もしかして依代なんじゃ……。

 振らぬ神のたたりなしということで俺は聞かないことにした。

 こっちもいろいろやってあげることになるんだ。この際、うちの家計の足しにして。

「いやーだ! そもそも人間の社会なんかテレビでみたのが全部だぞ? 苦情でも言われたらオレ、切れて皆殺しにするかもしれないじゃないか。オレは目立ちたくない」

 ちっ、使えないやつ。ってか苦情言われるくらいで皆殺しにすんなよ。

 しかしまあこいつは人類にとってどうにも危ない生き物だ。やつの言うとおり家で自宅警備員でもしてもらったほうがいいかもしれない。

 俺は呆れた感じでフェベロスに留守番を頼むことにした。猫の世話と、家のものを触らぬように伝えておいた。

 幸い、テレビがあったからかフェベロスは言うことをおとなしく聞いてくれた。



 「くっそ! 少子高齢化で人手足りなくなったんじゃなかったのかよ、この国」

 居酒屋から歯ごたえのない返事をもらって、近くに貼られたスタッフ募集のポスターからどんぶり屋とコンビニの面接の後、いつも後味悪い返事しか返ってこない理由について考えていたところ。

 俺はある店の前についていた。

「まじですか」

 雑貨屋。あのグラサンの店だ。

 もう二度とこんな店来たくないというのに騙されたことを思い出すとやはりムカついてしょうがない。

 そしてフェベロスがやってきたのも全部あのグラサンのせいだ。

 もしかして、全部知っててやつ(フェベロス)を渡したんじゃないのか? 厄介払いで。

 レシートが移動魔法だったということもそうだし、あながち間違ってはいないかもしれない。

 「グラサン野郎、いつか絶対仕返ししてやる」

 そんなことにまで考えが及ぶところで、さすがに今は関わりたくなかったので帰ることにした。

 と帰ろうとした矢先、カランカランともう聞き慣れてしまったあの音が響き、扉が開いた。

 俺はといえばとっさに看板の裏に隠れた。

 なぜ隠れたのかは俺自身よくわからない。

「まいどー! ありがとーございます、お客さんー!」

 相変わらず聞いていて気色悪い挨拶(あいさつ)だ。

 まあ、単にあのおっさんが気色悪いだけだが。言葉に罪はない。

 そっと店のほうを見ると長い足に高い背、優しい目つきに高い鼻。ベージュのロンコートまで、もはやモデルといったら秒で納得できる美男子がいた。

 両手はたくさんのショッピングバッグを持っている。

 こんな店、使うやつがいるのかと思ったらそりゃ使うから店が成り立ってるって自分でつっこむ。

 もう俺には関係ないことだ。帰ろう。


「おっと、こんなところにネズミが一匹……。下手に動くと手が滑ったりするかもしれませんね」


 どうやって俺に気づいたのか、その美男子は看板に乗っかかって俺を見下ろしていた。

 その手には精巧に作られたような鉱石の飾り。だが言葉と出くわした場所的になんやらの武器だということに気づいた。

「ん? ふーん、これは……『グラサオロス』の匂いがしますね。あと、少々獣の(におい)がするような」

 何だ、この野郎。匂いであのロウソクのことがわかったのか。それに獣って。

 ……この人、絶対なにか知ってる。

「えーまあ、確かに猫は飼ってますけど」

「猫、ですか。ふむ。ではちょっと質問します。これ、何本に見えます?」

 そう言って彼は俺が答えるたびに指折りの数を二、四、一などと変え続けて、俺は当然全正解した。

「魔力中毒者ではなさそうですね。しかし、なぜグラサオロスの匂いが……」

「いや、何言ってるかさっぱりなんですけど、俺もこの前ここでアロマキャンドルを一本買ったんですよ。あれがもう効果がすごくて、あと匂いも結構良くてですね」

「なるほど、それで匂ってましたか。それはとんだ無駄遣いを」

 全くおっしゃる通りで。

「じゃあもしかして"アルトメシア"のことは……」

「あると、はい?」

 聞き覚えのない単語が出てきて首をかしげるところ、彼は軽く笑って流した。

「はは、いやいや。こちらの話ですのでお忘れください」

 そして彼は俺から背を向けた。

 話に食いつくべきだったのか。もしかしたら今の俺の状況をわかってもらえて、なにか解決法を探してくれるかもしれない。

 だがしかしそれより先に悪い方向に事が及ぶ可能性を思い出した。

 この店にかかわっていいことなど一回もなかった。

 変なアロマキャンドルは買わされるし中二病みたいな肩書のやつに脅されるしで、俺はもうこれ以上関わりに挑む勇気と心の余裕がない。

 危ない人には見えないが、一般人の俺にしてはあっち側のものはすべて危険だということを身を持って体験したばかりだ。

 それがろくでもない雑貨屋から大詰めのバッグを両手いっぱい持ち帰ってるとしたらなおさらである。

 


 バイトの面接が悪かったことを聞かせるとあの黒いやつから小言を言われそうだったので俺は人間社会の良さを少し教えてやろうと思った。

 まあぶっちゃけ点数稼ぎだが。

「おーい。アイス買ってきたぞ」

「ほう、これはこれは気が利きますね。あ、私はこのガリ○リくんを望みますよ」

 あっち側の人間って、いつも相手の同意無しで迷惑かける野郎ばかりなんだろうか。

 さっき雑貨屋であったばかりのやつが俺の後ろに立って「遠慮なく上がってください」とか言ってる。

「あ、あんた一体うおっ!」

「ちょっと失礼」

 部屋主をまるで邪魔者扱いしてそいつは遠慮なく部屋に上がった。

「お、おい、あんた何してんだよ!」

「しっ!」

 怒る俺を片手で制止して、静かにするように唇に指をあてがう。

 やばい。部屋にはフェベロスがいるはずだ。

「誰も、いないようですね。あとは猫が一匹」

 と心配していたはずが、部屋の中にはクロしかいなかった。テレビの前で平然に座って顔を洗っている。

「そ、そうですよ。ってか何してんですか。まさかあとつけてきたんですか?」

「ええ、あなたがどうやら危ない状況に陥ってるようで、善意のつもりで馳せ参じましたよ。うむ、一人暮らしする男性の特有の匂いが凄まじいですね」

「う、うるさいなぁあ、もう! 彼女なんか小学校以来ナッシングなんだよ! あんたみたいなイケメンはわからないだろうが!」

「ほう、そこで私を褒め殺しにくるとは、やりますね。しかしご心配無用。私の家も似たものです」

「そんなもんで仲間気取りされたくないんですけど!!?」

 そこでウィンクをかます理由がまずわからないよ!

 初見で気持ち悪いこの上ない美男野郎が部屋の中をじっくり目で舐め回していた。

 匂いを嗅ぎながら。

「これは、だめですね。グラサオロスの匂いで充満しすぎて察知できません」

「だからぁ、もう何なんですかあんた」

「私はこういうものです」

 と、彼がコートのポケットから探って出したものは衝撃的なものだった。

「……ゴスロリフィギュア?」

「おっと、失敬。こちらです」

 もうこれ以上驚くものがないという俺に彼はペンダントを一つ見せてきた。

 青色の鉱石がハマった丸いペンダント。ただのアクセサリーにしか見えない。

「で、このペンダントがどうしたんですか。自慢したいんですか」

「まさか、文字まで読めないとは、本当にただの凡人だったんですね」

 ただの凡人てなんかむかつくな。これ以上ムカつくところもないと思った俺が浅はかだった。

「私はロワイヤン国立魔法研究部の国立試験を首席で合格してしまった逸材の天才魔法使い、ゴルモーイ・エビグマと申します」

「エビグマって、なんかカワ美味しそーですね。ハハハハ」

「それはそれは光栄です」

 ほめてねーよ。嫌味なんだよ。こいつ絶対空気よめないやつだな。

「それで、その海老(えび)(くま)さんが俺に何か用でもあるんですか。はい、どうぞ」

 一応彼にお望みのアイスを渡してやった。俺はなんだかんだで客はもてなすタイプだ。

「これはこれは、ありがとうございます。それで話の続きをしますと、そんな天才な私は3年前くらいにこの世界に移動できる方法を知ってしまいまして、この世界の素晴らしさを知ってしまったのです。特にこのフィギュア! これはもう芸術です!」

 そいつは荷物の中で15センチくらいの女子高生フィギュアを取り出した。

「この造形、この実感、そしてこの繊細な具現度!」

 ひらひら、とスカトをめくらせてパンツを眺めていた。

「変態だ。筋金入りの変態がいる」

「それはそれは、褒め過ぎでございます」

「ほめてないんですよ。この変態が」

 色んな意味でもうどうしようもない危ないやつだった。何袋もあるショッピンバッグをそっと見た限り、中身は全部フィギュアだった。包みとかはなかった。

 中古の買い集めか。まあ、新品でこんな数は高すぎるだろうな。

「しかし、それだけではございません。私がこの造形物を欲しがる理由、それはこういうことです!」

 彼の口が動き始めた。

 日本語とは思えない言葉。きっとあの異世界で使われる言葉なんだろう。

 部屋の空気の流れが変わる。まだ完全に消えてないグラサオロスの匂いが増した気がした。

 『I'dle, De'o Me'in Obejue!』

 最後の呪文らしきものを口走ったとき、空気の流れがはっきり見えた。それはテーブルに置かれた女子高生フィギュアを包め、龍巻きのように一気に消える。

 するとそれが目を覚ました。

「この造形、この実感、この再現度! それこそ、天才ゴレームマスターの実力!」

「いやあん、ご主人様! 恥ずかしいです~!」

 転載魔法使いは目の前の1:1サイズの女子高生のスカトをめくって相変わらずパンツを眺めていた。

 美男系魔法使いがフィギュアを本物に変えてはぁはぁしていた。

「か、み」

「ほう、それはそれは言い過ぎですが、その直属副官くらいにはなりえますね」

 目の前に謙遜すぎる神様がいた。

 こいつはただの変態じゃない。変態を通り越してそれを実現させる実力まで持った究極の変態。

 いや、こいつはもう現世のピグマリオンだ!

「お願いします! どうか俺を! いや私を弟子にしていただきたい!!」

「ははは、それはそれは不可能ですね。あなたには才能がありませんので」

「そ、そうおっしゃらず、そこを何とか!」

 彼は何も答えず、女子高生に指で何かを命じた。すると現実に成り立った女子高生は俺を背後から優しくささやきながら強く抱きしめた。

「じーっとしててくださいね?」

 こ、これは! この感触は!?

「さてさて、急な話ですが。これに見覚えはありますか」

 背中に当たる2つの膨らみの感触を楽しんでいる俺の目の前に、羊皮紙を開いて見せた。

 そこにはなんかどこかで見たような脳天気な顔つきの男が描かれていた。その下に何かの文字が書かれているが、俺には当然わかるすべもない。

「それがなんですか」

「ああ、読めないんでしたね。では、『東地区第三警備隊より、以下のものを現時刻から手配する。名前︰エイ 年齢:20 職業︰無職 手配条件:生捕、四肢の損害なし、精神的安定、同行、夜になる前。以上の条件を満たした上、宿屋『女神の休所』の主に当たること。報酬:500ロワ』とのことです。それより20で無職なんて凄まじい能無しですね」

「へい?」

 あれ、どこかで聞いたような単語が聞こえた気がする。あと体が全然動かない。

「ではでは、行きますか。そろそろグラサオロスの匂いに酔いそうでして、ははは」

「へ、い?」

 再び部屋の空気が暴れ始めた。

 ミントとも、ラベンダとも思えないあのアロマの匂いが一気に増して、光が集う。

 ぎっちりホールドしている女子高生の温かいぬくもりと柔らかさを感じながら、俺は気を失った。

始まる

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