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夢物語はどこからか  作者: フォービアン
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人生の教訓その壱。石橋も叩いてから渡れ

アタリマエのことですね。

 見覚えのある(まぶ)しさに頭がはっきりして、それを許すまじきと得体の知らない薄い花の香りが鼻孔をくすぐる。

 目の前に広がる馴染みの1K賃貸はやけに久しぶりな気がしていた。

 午後8時13分。昼頃帰ってきてからずっと寝ていたようだ。

 床は眠る前と比べるとこれ以上ないくらい散らかっていた。

「おい、またかよ」

 威風堂々とテーブルの上で寝転がっている我が家の暴君。

 本来テーブルの上に有るべきものはすでに俺の周りにくたばっている。

 キャットフードの袋さえも無理やり開けられて中身が溢れていて、中身を踏まずに動くのは大変だった。

 まさかロウソクでぐっすり眠ってしまうとは思わなかったからご飯やるの忘れた俺のせいでもあるけど。

 普段夢から覚めるとあやふやなで覚えづらいのにこれはあまりにもはっきりしている。

 あのファンタジーなところがはっきりしているから、むしろ曖昧な感じだった。

 過ぎてみればちょっと惜しい気もするけど、本音を言えば二度とあのようなあぶない目には会いたくない。

 夢の最後が首を締め上げられ天井からフェードアウトとは、こんなひどい仕打ち誰が望んだんだよ。

 俺だよな……。俺の夢だよな。

「違う。俺は断じてそっちの性癖はない!」

 しいて言うならせいぜいS向きだろうよ。

 肝心のアロマキャンドルときたらこんな長い時間が経ったにも拘らず、火がついてたのかすら悩ませるほど変わりない長さを保っていた。

 その芯の焦げや空中に漂うかすかな残り香だけがそのことを証明している。

 幸い、眠りながらロウソクをちゃんと立てたおかげで火事にはならなくて済んだ。

「ん? なあ、クロ。お前外に出てたのか?」

 散らばった部屋の掃除が進むのに連れて件のものはだいたい片付いたが、何故か掃除したところに砂の跡が残っていた。

 そして気づいた。これは、猫とは思えない大きさの汚れだって。

 ふと夢でのことを思い出す。

「は、はは」

 なんつーって、まさかな。



 翌朝、俺は朝の都心を走り抜いていた。

 バスに乗って、歩道橋を渡って、スクランブル交差点をくぐり抜ける。曖昧な記憶を極限に活動させて昨日の道のりを思い返していた。

「まさかまさかまさか」

 口で荒い息を吐きながら呪文のようにその言葉だけを繰り返す。

 ビルの森に入ってアーケードを前進する。なるべく早く、できるだけ奥へ奥へと向かった。

 ぼんやりと覚えているのは静かな雰囲気と人気のない所ってこと。あと小さなわき道が枝木のように生えている路地裏ってこと。

 あんな胡散臭い店、どうやって見つけたのか。その上なぜ入ってしまったのか今更不思議に思えた。

 次々と開店準備中の商店街を迷い始めて数十分。

 俺はいつの間にか見覚えのある看板の前に立っていた。

 黒茶色の下地に曲線の落書きでもしたような看板。なんて書いてあるのか分からない。

 ドアを開くと聞き覚えのあるベルがカランカランと客の訪れを知らせる。

「すみませんが、まだ準備中で…おや?」

 店の奥からのんびりと姿を表した丸いサングラスの店主の前に例のロウソクを突き立てた。

「これ返しますよ。というわけで5円返してください」

「はあ。これはまた、唐突で急な話ですねお客さん。そもそもそれ」

 俺が突き立てたロウソクをじっくり見つめながら話を続けた。

「もうすでに使用済みではありませんか。騙されませんよ? すでに芯んの部分に焦げた痕跡がありますし、蜜蝋も溶けて垂れてるし、もうバレバレですよ」

 何を言ってるんだか。だいたい問題はそこじゃない。

「とぼけるなよ! これに火つけた途端眠ってしまったし、どっかおかしなところに飛ばされたんだよ俺!」

 俺はそれから昨日の夢、とはっきり言えなくなったあの出来事を次々と説明した。

 最後に、俺のルームシューズが泥や砂でこれ以上なく汚れていたことまで。

「お……。それは、またなんともやぶから棒に。お客さん、大変失礼とは思いますが、なんかクスリとか打ったりは」

「するか!」

「もしかして夢遊病をお患いでは」

「ない……、と、思う!ってかそもそもあんたのこのロウソクが非合法ドラッグとかじゃないのか!?

 夢遊病とか今まで全然なかったんだよ!」

「ふむ……。それで返品ですか。じゃあレシートはお持ちです?」

「レシ……」

 ート。そういえば考えてなかった。

 多分、昨日着てたジャージに積み込んでいたはずだ。しかし、今日洗うときそんなものは見た覚えがない。

「な、失くしたんですけど」

「お客さん。本当に困りますよ、そういうの。使用済みのもの持ってきて、その上レシートまで失くすとか。どういうつもりなんですか。もおー、ほんと困りますって。なんなら試しますか?」

 さっきまでのあやふやな態度は一体どこやら、店主はこれ以上ない破顔を見せた。

 そして証明でもするかのように俺が渡したロウソクに火をつける。

 俺が慌て始める間もなく、香りは二人の周りを包み込んでいった。

「ほら、全然大丈夫でしょうに」

「あ、れ。いや、俺が使ったときは」

 確か30秒も持たずに倒れた。だが夜寝れなかった今でさえまだ正気を保つことができる。

 何も起こらない。もう俺に発言権など存在しないも当然だった。

「困るんですよー本当に。大体うちも厚生労働省の許可あってのモノしか売ってませんからね? じゃないと今頃これでしょうこれ」

 そう言いながら両手首を合わせて一目でも理解できるジェスチャーを取る。

 何も言い返せなかった。カウンターのほうにはドアからでもよく見えるように営業許可証とかもフレームに入れて丁寧に飾ってある。

「す……すみません、でした」

 何も言いようがなかった。使用済みなのもレシートを失くしたのも、その上品物の検証が目の前で行われたらなおさら言い返す言葉がない。

「でも効果は確かだったでしょう? お客さん。話しによればぐっすり眠れたそうじゃないですか」

「ぐっすり寝れるというか危ないところまで飛んでましたけど」

「また人聞きの悪い事を。もうやめましょうよもうそーゆーの。さあさあ、会計しましょう会計!」

「……はい」

 幸いなのは早とちりして警察を連れてこなかったことくらいか。もし連れてきてたら冤罪で自分のほうが捕まるところだった。

 いやもいやもカウンターについて財布を開いた途端、店主は片手で俺を制した。

「おっとっと、お客さーん。まさか善良な人をあんなに疑っておいて、払うもんだけ払ってパーってわけじゃないですよね? いやあーおいどんはお客さんが、そんな厚かましい人間じゃないことくらい、とっくにわかってますけどねー?!」

「持ち金が、少ないんですが……千円あたりでお願いしますか」

 しくしくと泣きづらで残りの3235+1000¥の会計を済ませる際、耳元に届いたポス端末の動作音はもう俺をあざ笑うようにしか聞こえなかった。

 むしろ千円と侮辱を受けるだけで事が済んだのを喜ぶべきだろうか。

「お客さーん。まあ、世の中いろんな事があるんですが……ほれ。これでも食べて元気だしてくだっせ

。くひひ」

 そう言いながら店主は店から出る俺にレシートと5円チョコを渡してきた。

 5円チョコ。例のロウソクのオプションにつくはずのものを、(ほどこ)しとでも思わせたがるその振る舞いが、へどが出そうだ。

 右ポケに使い済みのロウソク、左ポケにレシートと5円チョコを乱暴に突っ込んで歩きだす。

 頭の裏側から『まいどー』という、ありきたりの商売文句を聞き流れた。

続く

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