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夢物語はどこからか  作者: フォービアン
2/19

この展開は肌に合わない

 車の通る音、風が窓を揺らす音、古びたテレビのスピーカから流れるCMソング。猫の鳴き声や自分の息。

 まるで物音のトンネルの中、音の流れに身を任せているような感覚。

 ほんの(わず)かな時間が過ぎて雑音の渦巻きに慣れる頃。

 周りは徐々(じょじょ)に無音に包まれ、失くした明るさを一気に取り戻した。



 寝床から飛び上がるように目を開けると、俺は見覚えのない広いホールの、隅にある長椅子に座っていた。

 巨大なガラス製と思われる窓から日差しが容赦なく射してくる。

 視線の先には壇上があって、とあるお偉いさんが今すぐにでも演説しそうな雰囲気を漂わせていた。

 天井から一定間隔でぶら下げられている蒼色の垂れ幕には三日月を中心に五つの星が包むような文様が縫い取られている。

 教会か聖堂、あるいはそれ同様の用途で建てられたどこかの礼拝堂のようだ。

 随分と派手なインテリアに目を奪われてからすぐ気を取り直した。

 確かにさっきアロマキャンドルに火をつけたまでは覚えている。しかしそれ以後の記憶がない。

 以後と言うか、体の具合からしてそれほど時間が経ったとは思えない。

 今までの情報から導き出された答えは拉致。しかしそのわりにはあまりにも体が自由すぎる。

 普通そのようなシーンでは必ず体の一部を拘束して動きを制限するものだ。

 数少ない情報で自分なりに考えをまとめていると奥先にあったドアが開き誰かが姿を表した。

 純白のローブを着たシスターらしき女性が燭台二本を壇上に置く。

 燭台のロウソクは普通の白いものだった。

「あの、すいません」

 これもアロマキャンドルの効果なのか意外と落ち着いていた俺は潔く声をかけた。

 しかし帰ってくる言葉は皆無。やがて彼女は鼻歌交じりに壇上周りの片付きまで始めた。

 それからの何回の問い合わせも無駄に終わり(にん)の文字すら浮かべなくなった俺は彼女の肩を軽く叩いた。

 するとこっちが驚くほど飛び上がっては壁にすがって声にならない悲鳴を上げた。

 その真っ青な顔色で逆にこっちがパニクってしまいそうだった。

 何がどうしてと、成り行きに追いつけないでいる俺を前に、彼女はビシッビシっと引き続き扉の方を指差していた。

 出て行け、と言ってるようにしか思えない。

 彼女はもう俺を見てさえいない。何も言わず、ただただ鼻息混じりの勢いで扉の向こうを指差すだけだ。

 これがもし夢なら俺は自分の夢の中でさえ女性に嫌われるようなやつってことになる。

 理不尽に思いながらもおとなしくその場を去った俺は多分決して臆病ではなく、お利口さんなんだろうな。



 この礼拝堂で祀る神が何者なのかはわからない。

 だがしかし神聖なところから文字通り迷える子羊を追い出すような、働く気のない神のお使いを後ろに外へ出ると、別に教わったとしても仕方がないというくらい変な状況に置かれたということを理解した。

 馬車だ。馬車が当たり前のように行き交っている。

 それだけではない。たくさんの人々、その全員がゲームや漫画やらじゃないと見かけることのない服装をしていた。

 腰に剣をぶら下げた者や見てくれから重そうな盾を装備した連中、それ同様到底着れそうにない鎧を装備した兵士等々。

 そこは百歩、いや千歩譲っても日本とは言えない空間だった。

 行き交う人の群れを避けて適当に座った。

 この状況をどうするかというより、まず目の前を通り過ぎていくあらゆるものをまじまじと見つめた。

 なんだ。夢か。

 あの空を飛ぶ大きな鳥も、それに乗っかかって手綱を引っ張っている鎧の騎士も、今俺の目の前を通る小さいくせに体の全体が筋肉で出来ているような人間も、見てくれだけで中2病にかかったと宣伝するような真っ暗なローブ姿の人も、全部夢だから可能な話だ。

 それ以外考えるのは時間の無駄にしか思えなかった。

 そっと目を閉じた。

 アロマキャンドルの効果で眠ってしまったときと同じく、目を閉じたまま周りの音に耳を澄ませる。

 賑やかな雰囲気を聞き取る聴覚はどうも鋭くなる一方で、いくらリラクスしても眠れなかった。

「ちょっと、どいてもらえますか」

 耳のすぐそばから聞こえた言葉に思わず我に返る。

「これ、こちらの荷物なんですよ」

 彼女はそう言いながら椅子代わりに座っていた木箱を爪先で突っついた。

 気がつけば俺の後ろの方で馬車に荷を運んでいる男たちが見える。

 いや、そんなの今はいい。何か聞き出さなければ。

「すいません。ちょっといいですか」

「はあ。なんでしょ」

 荷物を持ち上げる間合いで声をかけるタイミングが悪かったのか適当な返事が返ってきた。

「ここって、どこですか? いや、あの、適当でいいんで、国名とか」

「ここ? ロワイヤン王国ですが。あなた、よそ者ですか。というか城門通してこなかったんですか」

 すると俺の顔から下まで順に視線を移した。

「変な服着てますね。さてはくせ者ですか」

「いや、そんなんじゃなくてちょっと馬車の中で寝てしまってですね」

「ふうん」

 服装が変なのは仕方ない。まさか眠った瞬間の服がそのまま適用されるとは。

 幸い、ルームシューズを履いていて裸足で歩き回る羽目にはならなかった。

「まあ、ここの兵士は優秀ですし、間違って入れるとかはないでしょう」

 どうやらここの入国審査は厳しいようだ。

 彼女はそれだけ告げるとさっさと荷持を持って去ってしまった。こちらとしてはもう少し色々聞きたいもんだが、仕方ない。

 日本語を使う王国とか、聞いたこともないし、もう夢ってことでいいだろう。

 といってもロワイヤン王国か。王国ということは王があるってことで、そうなると少なくとも他の国にも王があると考えていいだろう。

 また、王国なら王の考え次第で国の間に戦争とかが起こる可能性もあるってことだ。

 たとえ夢だとしてもこれほどのリアルな感覚が味わえるんだ。

 現実味あふれる死に方などまっぴらごめんである。

 しかし夢から覚めるってのは人の勝手にできるものなのか。

 できるとしたら、どうやって?

 ふと高校の頃、問題集が進めず、解答欄を覗いたことが脳裏に浮かんだ。



 それから何時間にかけていろんなところを歩き回った。

 流石に大きな王国で交流が激しいためか、よそ者だからと拒む器の小さい連中は居なかった。

 まず、初見から大体予想はついていたが、この世界には魔法が存在する。

 それだけではなく普通に魔王とか怪物とか魔族とかの単語が使われていた。

 そして文明を築いているのは人間だけでない。獣に似た種族や怪物に至ってまで文明を築いており、現在いろんな種族が友好的な外交関係を結んでいるらしい。

 もちろんそうでない種族の方もいるということは大いに予想できる。

 幸い、このロワイヤン王国は他より別段平和な国であり、名のしれた大国というわけで争い事に巻き込まれることは一先ずない、らしい。

 防衛魔法や探知魔法などがしっかり働いているとのことだ。

 ここの住民はそれをこれ以上なく自慢げに語っていた。

 あとは尋ねたものではなく自然に気づいたものだが、ここの言語は日本語ではなかった。

 店の看板や飲食店に書かれたメニューをちらっと見ても何かの落書きにしか見えない文字を使っていた。

 しかし俺はそれが読めた。まるで母国語みたいにペラペラと話せるし読めて、聞き取れていた。

 ただ自分が喋っているときはどうも日本語の感覚でしかないってことくらいだ。

「リアルなのか半端なのか」

 まさに夢。どっちに転んでもおかしくなかった。

 だが夢とわかったなら別に思いつくこともない。

 下手に動くとこんなリアルなところで危ない目に合うかもしれないし、それは仮に夢でも勘弁したいところだった。

 ということで臆病な俺はおとなしく待つことにした。



 馬車が一台。

 魔法使いが一人。

 積み下ろしが一、二、三……とにかく多い。

 あとは酒を運ぶ人、パンを買う人、道端で喧嘩してる酔っ払いたちーってあんたら昼から何やってんですか。

 現在、俺といえば目がさめるのを待ちながら街を観察している。

 あれこれで多分二時間以上。二度目以後通った人からは変な目で見られたりもしたがちょっかい出されることなくみんな通り過ぎた。

 だがこれも仕方ないことだ。突然の初心者に対してこの世界は謎すぎる。

 というか予定がない。

 現実でも無職の暇人ながら夢でさえ相変わらずとはさすがは俺ってとこか。

「鍛冶屋一人。剣士一人。あっちは……パーティーか」

 よく出来た夢だ。みんなヘアスタイルとかファッションとか派手ではあるんだが、世界観を崩すようなSF的なオーバーテクノロジーは見当たらない。

 もともと魔法で説明がつくからそのへんの補正はいらないかもしれない。

 しかし疑問がある。

 俺はなぜ自分の夢の中でさえ無職でいるんだろうか。

 別に勇者になりたいとか魔法使いなりたいってわけじゃない。

 ただ、せめて自分の夢なら自分を中心に世界が回らないと意味ないんじゃないかと思う。

 そうだな。例えばこの世界で俺にできる役割ときたらなんだろうか。

 力とか才能とか魔力とかスキルとか全然関係ない役職。例えば、あれだ。

「村人ですね」

 そうそう、それ。せいぜい俺は村人Aってわけだ。

「って、なに勝手に人の心読んでるんですか」

「普通に口から出てましたが。村人のエイさん」

 俺の椅子を持ち去った人がいた。

 あと俺の名前はエイではない。

「それよりエイさん。さっきから広場の端で道行く人々に呪いをかける術者がいると聞いて警備兵を連れてきたのですが、あなたでしたか。くせ者でよそ者のエイさん」

「チガイマス。くせ者でもよそ者でもエイでもありませんから。どちらかというと創造主ですから」

 いや待て。警備兵?

「警備兵さん。この人やっぱりおかしいです。服とか、特に顔面が」

「顔面言わないでもらえます?」

 むしろ夢の世界だけであってここの住人共が美形すぎるだけなんだよ。

 いやいや、しっかりしろ俺。今は顔どころじゃない。

 ここの治安が良いのはそれぐらい警備が優秀ってことだ。俺は城門通ってきたわけでもないし、もしかしたら通行証とかがあるのかもしれない。

 そんなもの当然持ってるはずのない俺はただの不審者それ以上でも以下でもない。都合よく考えても捕まるか、処刑されるかだ。

 彼女が連れてきた二人の警備兵は完全武装していた。

 見ているだけで身が重くなる鎧を着て一人は槍、一人は木の棒を持っている。

 そして木の棒の先が少し赤黒に染まっていることから、頭のなかで「捕まる」の選択肢が消えた。

「い、いやあ、お二人さん。お周り大変ですよね」

「大変失礼ですが、通行確認証を見せていただけますか」

 ここではい、ありません。とか言えるわけがない。あ、今なんか木の棒の高さが上がった気がする。

 どうする。どうしたらいい。

 その瞬間アルキメデスが湯船に浸かったかのように何かが閃いた。

「あー通行証、ツウコウショウですか。あれ、どこ行っちまったんだろう……ああ、そうだ! 宿においてきたんだった! いやあこれはまたうっかりしました。ははっ!」

 なんにせ俺の夢だ。なんとでもなるだろ。



 そうして適当な宿を探しはじめてほぼ20分。

「まだですか? もし道がわからないなら宿屋の名前を教えていただければ、すぐ案内……」

「も、もうすぐですから!」

 何故か警備兵と荷物の人三人共々俺についてきた。

 何この警備兵たち、真面目すぎではないのか。あと一人、暇すぎでは。

 しかし困った。できるだけ時間を稼ぎたくて歩き続けたものの、いつの間にかさっき調べたところよりも遠くまで来てしまった。

 それになんだかどんどん人気のない路地裏に進んでいる気がしてやまない。

 果たしてこんなところに宿屋はあるのか。

 そしてさすがに疑い始めたお二人さんから逃げられるのか。

 そのまま歩き続いてもう5分。後ろから険しい声が響いた。

「おい」

 さっきまで優しかったあの警備兵はどこに行ったか、もうすでに口調が険しい。

「ほ、ほんと、すぐそこなんですが」

 前方を示す人差し指はすでに震えっぱなしで、頭のなかでは死の文字が浮かんでいた。

 もう逃げるすべがない。こんな路地裏まで来てはもう道もどっちがどっちかわからない。走って逃げるのも無理だ。

 しかし構える兵士二人の後ろから空気の読めない声が上がった。

「ここですか?」

 思いもしなかった言葉に後ろを振り向くと酒と寝室を表す看板が2つ一緒に掲げられていた。

「そ、そうなんですよ! ここですよ、ここ! この宿です!」

 神の導きだろうか。それとも都合のいい夢の展開なのか。俺の指先にはその名の通り、まさに『女神の休所』があったのだ。

 宿に入るとそこは居酒屋のような形になっていた。一階が居酒屋で、二階が宿屋で出来ているらしい。

 なんか昔のゲームを思い出す。

 二人の警備兵はお互いいぶかしげな表情を浮かびながらも通報人と数回のやり取りを終えて軽くうなづいた。

「では、我々は警備に戻りますので」

 意外とすんなり警備兵は引き下がった。

 店内を見回すと中には片手で数えるくらいの人しかいなかった。時間帯を考えれば当然だ。

 ただそんなに広くない空間が広く感じられるのは少しさびしくも思えた。

 まあ、どうでもいいけどね!

「さて、帰るか」

 そう思って振り返ると、何故かまだ扉の前で仁王立ちする人が居た。

「入らないんですか。通行証取りに来たんですよね」

「いや、まあ、その通りですが。あなたは?」

「私のことはいいですよ、エイさん。どうぞごゆっくり」

「だから、エイじゃないって……」

 何故か帰らない彼女をそのまんまにしてバーに向かった。

 適当に宿主と思われる人と時間つぶしてから消えれば問題ないだろう。

 俺が近づくと食器の水を拭いていたぽっちゃりおばさんが微笑んでくれた。

「あら、もう帰ってきたの? 今日の仕事は速く終わったのね」

 流石に俺は驚かざるを得なかった。まさかあの警備兵とのやり取りだけで俺が置かれた状況を理解して、相打ちまでしてくれるとは思わなかったからだ。

 まさしく夢。展開が読めないが結局なるようになっている。

「はい。ほんと残念です。あまり人手が必要なかったようで」

 しかしなぜだろう。おばさんのあいさつに先に反応したのは俺ではなく、後ろのほうだった。

「マブラさん、人が居ないうちに一休みしてください。夜になったらまた忙しくなります」

「もーリビちゃんは心配しすぎ。午前中ぼちぼち掃除しかしてないんだからいいのよ」

「そうなんですか。でしたら、二階の奥の部屋の掃除をお願いします。確か昼頃に出かけるお客さんがいたはずなので」

「あいよー」

 彼女たちの会話が頭にはっきり響く。そして繰り返されている。

 なぜだろうか。それは多分俺の理性がその会話から謎を解く鍵を探しているから。あるいは目の前にいたのほほんのおばさんが、都合悪くエネミーにしか見えない女に変わったことの衝撃で脳のフューズが降ろされたわけだ。

「それで、くせ者でよそ者で、その上嘘つきのあなたは一体どの部屋にお泊り中でございますか」

 うなじのすぐ後方、耳元の近くでささやく嘲笑(ちょうしょう)交じりの声音が背筋を凍らせた。

 その時。俺は「この夢リアルだな~ 緊張感半端ないな~ 早く起きられないのかな~」とか。

 そんなことを考えることにした。

始まる

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