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夢物語はどこからか  作者: フォービアン
10/19

人間界へようこそ

パフェ作るの大変なんだよな

 次の日、事務職のバイト面接を午前中で済ませて約束通りフェベロスにパフェとクレープをおごることにした。

 しかし普段そんなもの食う気も金の余裕もない俺にどの辺で売っているのかわかるはずもなく、結局駅前まで出ることになった。

 そこで見てくれからフルーツそうな名前のデザート屋があったので、俺はさっさと食わせて帰る気で満々だった。

 メニューを見る前までは。

「お前から食べさせてやると言ったぞ」

「はい。ごもっともです。しかし」

「お前のほうが先に言ったんだぞ!」

 パフェのメニューを確認したところ、最低950¥(税抜)から値段が始まっていた。しかも右下のこいつ、3200¥(税抜)もするやつは他のパフェの中でも一番でかくプリンティングされていた。

 なんだ、これは。

 この端から手の込んでそうなパフェを次々と持ってくるコースメニュって、なんだこれは。お前らはパフェ食べに来てまでセレブ気取りたいのか?

 あれか。ここはドバイ(Dubai)になったのか。オイルマネーによるインフレーションがこの東アジアの島国にまで迫ってきたのか。

 おかしい。日本は経済的危機に迫られていたはずだ。さもなくばすでに日本のインフレが超インフレにまで跳ね上がって俺の財布の中身の価値が通常より下がったりしているのか?

 っざけんな! 俺は昨日もガ○ガ○君を70円(税抜)で買ったんだよ!

 くっ、メニューをにらんでいたフェベロスの瞳がこちらを向きつつある。

 もともと鋭い目つきが猛獣のそれになりかけてるぞ!

「よ、よしわかった。選んでみろ」

「これ」

「ははは、どうした、おい。その見てくれでもう老眼(ろうがん)でも来たのか。よく見ろ、それは食べ物じゃない。家電だ。値段がそう言ってるだろ?」

 メニューの右下にある一番でっかいやつを選んでしまっていた。

 3200¥(税抜)の数字が一番小さいわりにさまざまなパフェだけデカく写してある店のセールス戦略にこの動物脳はまんまとはめられていた。

「あの、あのなフェべロス。このバナナパフェってのはどうだ?」

「バナナはいやだ。猿だった頃散々食って、もう飽きた」

 お前はどんな(けもの)生を送ってきたんだ。

「じ、じゃあ、こっちのチョコパフェはどうだ。甘くておいしいぞ~?」

 ふっ、と鼻で笑うフェベロス。

「おいおい、さすがに同族は食べられねーぞ」

「なっ! お前、昨日まではチョコ扱い嫌がってただろ!」

「思い知ったんだよ。ここのグランドメニューを見た瞬間な」

 こいつ! あくまでもこのキウイとベリベリを先頭にしてメロンとマンゴのミニサンデーまで次々運んでくるアベニュ・コースメニューを食べるというのか!

「ふ、フェベロス。俺は最後にいちごパフェをおすすめするぞ。それでもそのどでかいパフェのコースメニュが食いたいなら、この時を堺にお前の食事は死ぬまで5¥チョコだってこと、覚えておけよ!」

「おい汚いぞ!?」

「うるせ! こっちはまだバイト先すら決まってないんだよ! じゃなくても使うところたくさんだ!」

「んだと!?」

 当然ながらその後続いた口喧嘩のせいで店員に注意された。でも、その際店員さんが教えてくれたカップル割引とかがあって、それが適用されるやつを頼もうとした、が。またもフェベロスが茶々を入れた。

「いや、カップルじゃないだろ。カップルってあれだろ。ラブバードを真似る連中のことだろ?」

「まあそうだけど。割引してくれるっていうからさ」

「おい、このフェベロス・ホローキャスト様がなぜお前のような人間風情と仮にでもそんな芝居をしないといけないんだ。身の程を知れ下等生物が」

 めんどくせー上、ムカつくなこいつ。マジで。

「そんな嫌ならお前、その背を少し縮ませろ。そうしたら多分この"子供割引"のほうが適用されるかもしれない」

 これならそこまで嘘でもない。こいつの人間社会レベルは子供に似てるからな。

 そもそもこいつ、なんでちっぱいのくせに背だけはそこそこあるんだよ。

 もっとボーインボーインなモデルに化けろよ! 目の保養すらできねーよ!

「できるわけねだろ。だいたいオレはこっちの『あべにゅ・こーすめにゅー』が食いたいぞ」

「だから、それが食べたければカップルのふりしろって。こっちだって嫌なんだよ。それがだめなら諦めて他のにしろ」

「うーん」

 珍しく、フェベロスが長考に入った。

 今までのやり取りではほぼ即答かわがままいうかどっちかだというのに。

「じゃあ、チョコマブルでいい」

「……結局同族食うのかよ」

 こいつマジぶっ殺してーな。もめごと嫌いな俺でも殺気というものが放てそうだ。

 この時、俺は光の守護者ってやつがこいつをギッタンギッタンにしてくれるのを心から願った。



「あんま美味しくなかったな、パフェってやつ。アニメの中ではめっちゃ美味しく食ってたのに」

「だいたいそんなもんなんだよ。クレープもあれに負けじと甘いぞ? どうだ、諦めるか?」

 むしろ諦めてくれないかな、俺の財布のために。

「うーん、食うぞ。挑まれた戦いに応じたのはオレだ。尻尾を巻いたりはしないぞ」

「そ、そうか」

 ちっ、と舌を打ってから二番目の約束を果たすため、クレープ屋を探しだした。どうやら本格的にパフェとクレープを同時に販売する店はあまり見当たらず、別の店を訪ねるしかなかった。

 ああ、こうなったらむしろ都合がいい。予定を変えるか。

「おいフェベロス。ショッピングセンター行くぞ」

 一応必要なもののリストはメモっておいた。これに合わせて店を回ればいいはずだ。

 幸い、ショッピングセンターならデザート屋の一つも二つ必ずあるし、そこでクレープも売ってるだろう。せんべいは、まあ帰りに近所のスーパーで買えばいい。

 駅からショッピングセンターに入ると平日でも結構人が多かった。やっぱり駅についているからか行き交う人の数が半端ない。

「おお、ここ広いぞ! あと、まあまあ高いぞ!」

 まあまあってまた中途半端な。

「これが何階もあるんだよ。ほれ、服見るからついてこい」

「服? なんで?」

「お前の服だよ。いつまで俺のシャツと半ズボン身につけてんだ。臭うぞ」

「おお、そんな臭うのか。まあ、魔獣だしな!」

「あほか。喜ぶな」

 一応嫌味としていってみたんだが、こいつはどうも思ってないようだ。やっぱり人間とは端から違うってことか。

 下調べはだいたいついてある。家を出る前にすでにネットで調べておいたのだ。

 でも実際店に入ろうとしたら結構緊張するな。一応レディースブランドだし。

「いらっしゃいませ! 何かお探しの服はございますか?」

 店に入るとすぐにニコニコと勢い良く店員が走ってくる。しかしここで安々とついていったら負けだ。

「ああ、一応調べてきたので構わないで結構です」

 そう答えると店員はまたも「ご用がありましたらいつでもお声ください!」と丁寧に一礼して引き下がった。

 こうでもしないといちいちつきまとった挙句、高いものを売ろうとするから困る。

 と、ネットのレビュー欄にお客たちの経験譚があった。

「……おい。この服一枚でさっきのあべにゅ・こーすめにゅーが何個も食えるんだが」

「しっ!そいつからさっさと離れろ。俺たちの目玉はそれじゃない」

 なに勝手に新商品なんかに手を伸ばしてんだ、こいつ。危うく店員が馳せ参じてくるところだったぞ。

 俺が調べておいた服はだいたい二千から三千に渡る値段の服だ。そこまで洒落てないし、地味でもない服。

 こいつはスレンダーだから胸部を強調する服でない限り何を着ても様にはなると思う。

「あ、あった。これ着てみろ」

「なんだこのシャツ。肩のほう、布地足りなくないか?」

「よくわからないけど、それがファッションらしいんだ。中に別のシャツをもう一着すればいいらしい」

「お、そうなのか。難しいな。ふぁっしょん」

 ファッションとかよくわからない俺に女性服がわかるわけもないが、一応表通りでよく見かけるものの中で選んだものだ。ネックの部分がラウンド型になっていて片方の肩の部分が非対称になっているラフなシャツだった。

 通販で買うと1700¥あたりなんだが、もしサイズが合わなかったりするとめんどくさくなるから直接足を運んだわけである。

「あとは、これだな。蒼色の半ズボンか、ショートのジンズとかが良さそう」

 服を色々棚に上げてネットの受け売りを述べていたら、急にフェベロスから反応がなくなったのに気づいた。服のことはよくわからないが、彼女はもっと分からなくて当然だ。ワンピースなんかは彼女の性格上あまり好まないと思ったんだが。

 もっと説明すべきだったか。

「なあ、お前。これはなんのつもりだ」

「ああ? 何ってお前にはこっちが似合いそうで」

 最初にフェベロスの問いを服の趣味に対する不満の表せだと思っていたが、俺を見つめるその目は普段はしゃいでたときのそれとは違った。

 初めて遭った時、あのチョコをクロに食べさせた時のと同じだ。

「こんなことしたって、別にお前を手放すつもりはないぞ」

 なんのことかと思えば。

「まいったな。これで少しは贔屓されるのかと思ったんだが」

 確かにそうだ。その気持ちがないと言ったらまるっきり嘘になる。

「舐めるな、人間。こっちはお前より何十年、何百年も長生きしてるぞ。そんな浅知恵の(こころ)みなど見え見えだ」

「はいはい、そうですか。それはどえらい方でしたね、おばあさんよ」

 これで点数稼いでなるべく穏便に生き延びてみようとした俺の作戦は無為に終わることになった。

 もちろん、だからと言って俺がやることに変わりはなかった。

「で、どっちがいい?」

「は?」

 殺気津々な獣の瞳がきょとんと垂れる。

「どっちのがいいかって聞いてんだ。一応お前に似合うかなと思って選んだつもりだけど」

 フェベロスは大きな目をぱちくり回せていた。

「お前、聞いてなかったのか。こんなことしても無駄だぞ」

「わかったって。もういいだろ。さっさと選べよ。こっちはもう美容院の予約も入れといたんだよ」

「……は? え?」

 どうやら、こいつは自分が言ってたよりは俺の考えを読めていないらしい。

 いちいち説明しないといけないのはめんどくさいが、それでも猫にトイレシートの使い方を教えるよりは話が早いはずだ。

「なあ、確かに少しでも生き延びるために点数を稼ごうともしてはいるんだけどな。まあ、俺の世界を守るためならそれこそそこら辺の行き交う人全部殺してくれてかまわないけどさ」

「おい。普通にクズだな、お前」

「何言ってんだ。人は自分が生きるためになんだかんだ他の人を幸せにも不幸にもしてんだよ。今更なこと言うな」

 こうなったら、もう少し自分のスタンスを確実にしたほうがいいと思う。

「あのな、点数稼ぎという部分がバレてんなら仕方ない。でも俺はそれでかまわないんだよ。お前が俺を殺そうとしたら今でも殺せる。しかし、そうしていない。それが現実だ。となると、俺は俺なりに、俺のためになる方向で考えてお前を接するだけだ。俺からしてみればお前は命を手綱を握った最悪な天敵ではあるけど、それと同時に俺だけに姿を見せる異世界の観光客なんだよお前は。そして人間社会の適応レベルがテレビ限定のお前にこれぐらいのもてなしをするのが間違っているとでも言いたいのか?」

 フェベロスはまた、首をかしげた。

「そんな理由だよ。俺は自分の命が危うくない限りお客をもてなすほどの気遣いはできるやつだ」

 と思いたい。

 彼女は頭を抱えたまま唸って、ため息をついた。

「やっぱお前、(みにく)いぞ。結局点数稼ぎのことも認めてるし、その上全然隠せてない。あと行動の動機も中途半端すぎる。アホ丸出しだ」

 これだから下等生物は嫌いなんだよ、と付け足す。

「なんとでも思ってろ。ただ俺が今やってることは、そうだな。言うなればーあれだ。外国のVIPが来日するとき空港のゲートで『歓迎します』のプラカードを振り回しているのと大差ないのかもな」

 あとは「お気に召したらどうか、見逃してください」との懇願(こんがん)を含んだ心構えかな。

 イメージしてみたら会社ドラマで見かける営業部がこんな感じだった気がするな。

「ほざけ、バカヤロ」

 フェベロスはまだ全然納得してない表情だったが、そのうち俺が選んだ服ではないものを手に取ってフィッティングルームに向かった。

 自分なりにファッションにこだわりはあるらしい。

 とにかく、まあ。

 人間界へようこそってことで。



 ショッピングセンターから服を買ってから美容院によってフェベロスの髪を整頓してもらった。

 その後は近くの店で女性用のシャンプーとリンス、下着と運動靴とかを適当に揃えたらちょうど午後の4時が過ぎていた。

 家の近くまで来て、まだ昨日の面接先から連絡はないかとスマホをいじる。そしてすぐそのことから離れることにした。それでさっきのショッピングのことを思い出すと、また出費のことが頭に浮かんで、結局バイトのことを考えるようになったりの無限ループ。

 運動靴までは予測外だったが、さすがに俺のスニーカーをいつまでこいつにはかせるわけにもいかない。

 俺のだと大きすぎて、すぐに使い物にならないのが目に見えたので買うしかなかった。

 幸いツルペッタなおかげでブラジャーは要らなかった。

「なんかバカにされてる気がするんだが」

「気のせいだ」

 俺の隣を歩くフェベロスが不満げに言う。

 その手には今日の戦利品が色々と持たれていた。

 多分、その中でこいつが一番気に入ってるのはせんべいに違いない。

「いーや、絶対バカにされてたぞ。その証拠としてお前はクレープを買ってない」

「……そっちか。すごいなお前」

 それはマジで忘れていた。どうしようか。今更駅周辺に戻るのもめんどいんだが。そろそろあっちに行かねばならないし。

 すると意外な言葉が耳元をよぎった。

「まあいいや。クレープは今度食うか」

「ど、どうしたフェベロス。らしくないな。死ぬのか?」

 それならそうといってくれれば、大変喜びます。

「それが本心なら少なくともお前が死ぬことにはなるんだろうだがな」

「いや、ん、冗談だ。ごめんなさい」

 普段は殺すとか言っても誤ったりはしないが、一瞬俺の周りの空気が歪に曲がってたので素直に謝ることにした。

 フェベロスは手持ちの袋を挙げてみせながら言った。

「そんな甘いの食べたら多分、せんべいがまずくなるんだろ。なら今度でいい」

 その言葉が偽りのない本心だということはせんべいの包を見る視線で感じ取れる。

 ふと、あれから乗り気じゃなかった彼女が続いて買い物に付き合ったのは、彼女なりに俺の言葉を理解してくれたからだと俺は思った。それがいくら前向きすぎる解釈だとしても。

 さて、問題はこれからだ。情報収取とやらを溜まってるとまたパンチやらキックやら、今度こそ処分やらされるかもしれない。

 生き延びるために頑張らないと。

甘すぎる。

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