ホワイトなバラッド将軍
レイスメリアに戻るべきなのだろうがワールドマップは無いし、地形なんて全く把握していないのでそんな事は出来ずとりあえず、川沿いで野宿する事になってしまった。気が付けば夜。
「ええー、私天界の人間なんですけどー。野宿とかーお肌荒れるしー、あり得ないんですけどー」
「いつのギャルだお前は……ほら、木は集めたから火を起こせ」
俺は集めて来た木をその辺に放り投げ、エルに言う。エルは「あー、はいはい」と面倒くさそうに人差し指を向け「着火」と一言。すると火がつき、周りが明るくなり二人して腰を降ろし、エルが俺にピッタリくっつく。
「ん? ちょっと待て、くっ付いて来たのはいいとして何だその着火技術は。魔法? 魔法か?」
「そうですよ。これでも天界の者ですから」
「……魔法使えるなら何かほら、凄い魔法とか無いわけ?」
「そんな便利なものありませんよ」
つかえねー、なんじゃささやかな魔法しか使えんのか。あー、なんだかなぁ。異世界生活が始まってからロクな事無いんだけど。武器奪われるし、何度も気を失うし。良い事あったとすればエルの胸の感触を味わったのと、今こうしてエルがぴったりくっついている事だろう。
ほんと、見れば見るほど可愛いし。これだけはうん、可愛いな。
「何考えてるんですか?」
「この世界に来てロクな事が無いなって」
「ああ、それはそうですね。……私もあなたに関わってからロクな事無いですし」
「悪かったな」
「別に怒ってるんじゃないですって。……こんな事訊くのもどうかと思いますけど、何で引きこもりがちになってたんですか?」
ほんと、何でそんな事聞いてくるんだよ。結構思い出したくないんだからやめてくれよ。
「この世界でのあなたは身体強化にも慣れて、随分と度胸が据わっているというか、引きこもりにしては行動力があるなと思ったので」
「そりゃ行動力も出てくるだろ。俺はここじゃ死ねないし、将軍倒さなきゃ今よりもひどい事になるだろうし」
「そういえばそうですね……。で? 引きこもりがちだった理由は?」
「……はぁ、天界は俺の事とか詳しく把握してるんじゃないのか?」
「大まかにだけです。細かいところは天界個人情報保護法に関わるので」
そんなのあるのかよ……。
「で、話してくれないんですか? 引きこもりになった理由」
「あのな、俺はまだ引きこもりじゃないからな。きちんと学校には通ってたし」
「でも、天界が算出したデータじゃあなたは夏休みの後、学校へと通う事は無くなり引きこもりってなってましたよ?」
「何だよそのデータ……ったく、あのな色々と心無い言葉に傷ついてたんだよ。だから学校以外じゃ部屋に籠ってたんだよ」
「メンタル弱すぎません?」
おいこら、心に傷を負った少年になんて事言うんだね君は。訊くだけ聞いたなら何かこう、優しい言葉があるだろ?
「繊細なんだよ。もういいだろ? 俺の話は」
「……まぁ、いいですよ。今日はこの位で」
「まだ聞き出す気かよ」
「そりゃもう、天界に戻れるようになるまで、私の仲間と呼べる人は山下浩一だけですから」
エルからの笑顔とその言葉、心の底から嬉しかった。少なくとも、今のこの状況下であっても彼女は俺を信頼してくれている。
「そう言うわけで、上手い事纏まりましたよね。さ」
と、エルの笑顔がズイと近くなる。
「いつ魔物が攻めてくるかしれませんし、とっととどっちが見張りするか決めちゃいましょう」
えええええ、良い話になったかと思ったのに。まぁ見張りは必要だけども。しかしなんだ、俺の嬉しさを返せこの野郎。
「まぁ、美少女の私を見張りに立たせるような事はしないと思いますけど?」
「いや、お前がやれよ。俺寝るから」
「何言ってるんですか、戦いは男の仕事じゃないですか」
ここで暫しの沈黙の後、俺はゆっくりと立ち上がりエルの横から離れ腰を降ろそうとすると、エルが俺に腰に抱き着いて来た。
「ちょっと待ってくださいよ! いやですよこんな将軍の勢力圏の中で魔物の見張りなんて! 火が消えちゃったらどうするんですか!? 戦えませんよ私!」
「見張ってて敵が来たら俺を起こせばいいだろうが、ほら。見張り見張り」
「わああああああああ! 私がどんだけ頑張ってその刀を引っ張り出したと思ってるんですか! せめて何か武器は無いかって、必死にお墓を荒らしたんですよ! お墓は結局二十以上もあったんですよ! 他の金品には一切手を付けなかったんですよ!」
「全く分かったよこの墓荒らし……。俺が見張りやってるから、寝てていいから」
「わあっ! 本当ですか? 優しいですね!」
すげぇムカつく、今の言い方。……まぁ、墓荒らしたのはどうかと思うが武器を見つけてくれて、俺の目が覚めるまで傍にいてくれて何のかんの俺はエルの見つけた刀を使っているわけだ。
とか俺がエルに感謝していたのだが、そんな俺の感謝は他所にエルは早速座った俺の膝の上頭を乗せ、スヤスヤと眠ってしまった。全く、何て感謝しがいの無い奴だ。ま、こんだけ寝つきがいいって事はそれだけ疲れてたって事だし、何だろ。女の子を膝枕するという状況はこれまた中々。
「失礼」
エルが寝てしばらくして茶髪、赤い瞳、黒いコートの男が前に立っていた。見覚えが、いやこいつ。ニューベリーで俺が最後に見た男だ。俺はエルを起こそうとしたが「よせ」と男に制止され、握った刀を地面に置く。
「話が早くて助かる。ちょっと話があるんだ。訊いてくれるか」
俺の頷きも返事も待たず、男は近くに腰を降ろし口を開く。
「アベル要塞の牢獄に入っていた筈だが、上手くあそこを脱したようだな。賞賛に値する」
「それを言いに来たわけじゃないんだろ」
「それは勿論だ。……俺が気にしているのは君の持つ刀、零式、それだけだ」
零式、がこの刀の名前か。
「俺は君の事を詳しく知らない、だが君が魔剣ゼロの所持者だったことは知っている。いいか? 君の持つ零式と魔剣ゼロ、この二つは対を成す武器だ。魔を絶つゼロ、全てを魔に呑み込ませるゼロとでな。そしてその零式だが、人間が使える代物じゃないんだよ。零式は本来、魔族の処刑に使われていた対魔族用の刀で、その刀を使えるのも魔族だけ」
「それを俺に話してどうする」
「バラッド将軍に仕える身としては、零式は奪い取るべきだろうが……まぁこれを」
そう言って男が渡して来たのは紙切れ。呪いの文章とかは、書いてないな。えっと?
『全魔族へ――――我が新生魔族連合軍は、長年の魔王コゼットによる有給無しのシフトよりチェンジする! これより全魔族には特別有給休暇が二十日分与えられる。自由に使って構わん。だが、使う場合は必ず一週間前には申請し、代わりに働いてもらう者にきちんと話をして感謝をする事! それと、今年の侵略予定地下見旅行は東京になりました。幾ら侵略予定地に行く魔族だからと言って、現地の方々に迷惑をかける等言語道断!』
なんじゃこりゃ……まだ続いてる。
『高貴な魔族らしく、優雅に東京旅行を楽しんだ後はUSJ、そして温泉に入って日頃の疲れをリフレッシュ! あー、それと年末年始の休暇だが人事部からの通達通り、天界侵攻軍の事務員さんと、新魔王城の守衛さんが残ってくれるので他の者はお休みです。兎に角、皆はたまった疲れを有給の間に解消する事。それと、言わずもがな、勤務時間外には人間への攻撃は一切禁じる。―――――ホワイトな会社を目指すバラッド将軍より』
ちょっと待って、天界は不況やらなんやら言ってて魔族側は有給がどーのと。つか、侵略予定地が東京だと?
「ま、これが俺たち魔族のトップとなった将軍からのお達しだ」
中々見どころのある将軍だ。ホワイト企業を目指すとは。
「つか、あんた魔族だったのか」
「言ってなかったか? 俺はアル。将軍配下、レイスメリア侵攻軍隊長を務めている」
おいおい、普通にボスレベルの奴じゃないか?
「しかし、ドールはもうちょっと上手くクーデターを起こすと思ったんだがな。シルバーランド連邦に肩入れする連中も嗾けてやったのだが」
ドール? ああ、あの戦車でクーデターを起こそうとしていたおっさんか。そういやコゼットは?
「おい、コゼットは?」
「ああ、元魔王のか。……さぁ、君を気絶させた時には既に。そうだ、俺は気になっていたんだ。コゼットに何を吹き込まれた?」
何を? そりゃもうバラッド将軍が……いやなんだその言い方。俺をバカにしているかのような。
「答えないか……まぁいい。大方バラッド将軍が残虐だのと言われたのだろう」
図星だ。何も言えない。
「魔王コゼットは人間との協調を望んでいた。だが、彼女は魔族。それも魔王だ。慈悲も優しさも、あったとしても大きくはない。そんな彼女が人との協調を望んだのは、人との全面戦争で戦力の低下を恐れたからだ」
「どういう事だ」
「魔族の力は強大だ、だが幾ら強大な軍勢であっても人類との戦争で無傷でいられるわけがない。彼女の望む協調策は、いかに魔族側の戦力を減らさず人を丸め込めるか」
「ちょっと待て、何で俺に話す」
訊くと、アルは「はぁ」と溜息を吐き俺に夜空を見上げ続ける。
「君はゼロと零式の二つを手にした事のある男。この時代に一石を投じる事が出来る筈だ。その為、我々は保険として君を生かしておく」
「保険?」
「ああ、魔王コゼットのポテンシャルは不明な点が多いからな。魔に対してはゼロよりも零式の方がいい筈だ」
「というか、何であんたらはコゼットの協調策に同意しないんだ。魔族が人に勝てば万々歳だろ」
「そうなら同意してるさ……」
言ってアルは立ち上がり、眠っているエルに目を向けると「ふっ」と笑う。
「彼女が何者かは知らないが、君はコゼットに話をされ俺にも話をされた。どんな輩が君を利用してくるか分からんぞ、それは勿論、そこで眠っている彼女もだがな」
俺を混乱させて……いや、まだこいつらが俺の事をどこまで把握してるかもわからない。訊くか? いいや、わざわざこっちの情報を明かす事も無いだろう。しかしこいつの言う通りだ、誰であろうと信用は出来ない。
「少年、地図は読めるか?」
「は?」
「こんなところでどうする気だ。一番近い人の住む町までの地図だ」
受け取り、確認する。きちんと道筋や川、林、岩等の地形情報が事細かく書かれている。
「それじゃ、我々の保険として精進してくれ。少年」
そう言ってアルは火の照らす範囲から消え、暗闇へと姿を消した。ったくどうしてくれるんだ……。ちょっと、エルの事も怖くなってきたじゃんか。