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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 女神の追憶
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17:親を思う子心

 今年成人になった少年少女は、例年と同じようにつつがなくマンムート(牙毛象)を狩ってきた。

 夜はそれを使った宴が行われ、雪に埋もれた集落は、日が落ちた後もしばらくの間賑やかな喧騒を見せていた。


 そして、翌朝のことだった。

 早速日常へと戻るイドと同じくして、ドーヴァもまた、今日から再び書斎に入り浸る日々が始まる。


 ドーヴァは成人になったばかりの長男スーラを書斎に呼ぶと、尋ねていた。


「お前はこの先、何になるかはもう決めたのか?」


 ドーヴァが息子に向けた質問はそれだった。

 イドの民は誰でも成人と迎えると同時に大人としての役割が与えられる仕来りがある。


 その際、狩人になるのか、皮職人になるのか、木職人になるのか、はたまた鍛冶師になるのか、語り部となるのか、或いはドーヴァがやっているような書士となるのか。

 能力に応じて、男なら男の仕事から、女なら女の仕事から、自ら選ぶ事ができるのだ。


 スーラの場合は何でもそつなくこなすことが出来るタイプだったから、選択の幅は広かった。

 だからこそドーヴァは彼を呼びつけると、何になりたいか確認を取っていたのだ。

 いつもスーラはドーヴァの書斎に出入りする事を好んでいたから、てっきり書士になるのだと思っていた。


 しかし、スーラは。


「――僕は」


 スーラは何か意を決した面持ちに変わると、口を開くようになった。


「交易者になりたい」


 スーラの返答は意外だったため、ドーヴァは目を見開いていた。


「交易者?!」と、思わず叫んでいた。


「そうだよ」


 頷いたスーラの表情は真面目だったから、ドーヴァは益々動揺していた。


「確かに交易者は……グランシェスが生きていた頃、彼と語らっていた役割の一つではある。しかし、結局オプタール王朝の位置もわからないまま彼は死んでしまったんだよ。残された我々は今でも探索そのものは続けているが、どの方向に人里があるかわからず仕舞いのままなんだ」


 ドーヴァの説明に、「知っているよ」とスーラは頷いていた。


「でも、夢だったんだよね? 色彩の民との関係を開くことが、お父さんとグランシェスの……僕の二人の父さんの、夢だったんだよね?」


「……そうだよ」


 躊躇いながらも、ドーヴァは頷いていた。

 何故スーラが名乗りを上げたのか、薄々感付いてしまったせいだ。


「僕は思ったんだ。ずっと考えていたんだよ」


 ドーヴァが思った通り、スーラはそう前置きすると自らの夢を語り出していた。


「僕には実の親が居る。父親はもう居ないけど、母親は今でも確かに存在するんだ。けれど“母さん”は今も一人ぼっちのまま。イドの者だけじゃ寂しいんだよ。だってマルゴル人の神への接し方は事務的だから。だからずっと孤独なままなんだよ。だから――」


 スーラは真っ直ぐにドーヴァの目を見つめていた。


「僕はこの地(ボルデ領域)に国を拓きたい」


 そのどこまでも透き通った真っ直ぐな青い瞳をドーヴァに向けたまま、スーラはハッキリとそう告げていた。


「僕は行くよ。きっとオプタール王朝へ行ってみせる。そこは人で溢れているんだよね? 今も新天地を捜し求めているかもしれないんだよね? だからその人たちに伝えたいんだ。僕らの土地には優しい神様がいる。誰よりも冷たいけれど、その代わり、心は誰よりも温かいんだよ。そのことを一生懸命に伝えたら、きっとみんなはイスティリアのことを好きになってくれる。そうやって、イスティリアが好きな人たちでこの雪の土地を埋め尽くしたらさ――」


 スーラは両手を大きく広げると、満面の笑みを浮かべていた。


「きっと賑やかになるよ! 母さん(イスティリア)も喜んでくれる。僕はこの土地を賑やかにしたいんだ。そして誰でも母さんのことを想えるように、親しみを感じることができるように。この土地を、そんな場所にしたいんだ!」


 スーラの表情は生き生きとしていた。

 彼はドーヴァもジェーンも、恐らくは他の兄弟たちすらも知らない場所で、決意を固めていたのだろう。


 グランシェスとイスティリアの息子として。


 彼は女神イスティリアを、本当の母に対するかのように案じているのだ。


「スーラ……」


 ドーヴァはガツンと頭を殴られたかのような気分に陥っていた。


 昨日、ジェーンと共に自分たちの息子なのだと再確認したばかりだったのに。

 スーラが自らをグランシェスとイスティリアの息子であると考えてしまうようになっているのは、結局、これまで彼に実両親の存在を実両親として語らってきた自らに原因があるのだろう。


「そうか。行きたいのか。しかし、何故だ? オプタール王朝への道はきっと、遠く険しいだろう。僕は危ない事はしてほしくないよ……キミは僕にとって大切な息子なんだ」


 落胆した声でそう言ったドーヴァに、スーラは力強い声で返していた。


「しかし、誰かが本気でやらなければ。いつまでもお父さんと父さん二人の悲願は叶わないままなんだよ。そしてその悲願は、なんとしてでもこの僕が叶えたいんだ。後継と言ってはなんだけど。息子である僕だからこそ、やるべき事だと思うんだよ」


 スーラの口調に、ドーヴァは引き止めても無駄である事を悟っていた。

 彼はやはりグランシェスの息子なのだ。


 グランシェスもそうだった。有無を言わせない頑なさで、この集落を去っていった。


「大丈夫だよ」


 スーラは父親の案じたような面持ちに気付いて、微笑みかけていた。


「僕はこの地に帰ってくる。その時には、たくさんの民を連れてくるよ。そうする事によって、この集落も豊かになれるんだよ。外界から物が入ってくるようになるし、また新しくたくさんの技術や資源が入るはずだよ。そうしたら、今みたいに忙しなく働かなくても生活できるようになるかもしれないし、衣食に困ったりもしなくなる。それが、お父さんと父さん二人が目指していた事だろ? その夢を僕が叶えてみせる」


 スーラはそう言ったから、やがてドーヴァはしみじみと頷いていた。


「……キミは逞しくなったね。まるでグランシェスを見ているかのようだ。僕は誇らしいよ、そんなキミを見る事ができる日が訪れるなんて」


 ドーヴァは微笑んでいた。

 聞いた瞬間は驚きと落胆を覚えたものの、しかし、スーラを引き止める理由など、どこにも無い。


 何しろ彼はここまで決意に満ち溢れ、熱心で、しっかりと目の前に立っている。

 そんな息子の姿を目にして、反対できる父親なんてどこに居るというのだろうか?


「楽しみにしているよ」


 結局、ドーヴァはそう話す事を選んでいた。


「キミが僕たちの夢を実現してくれる日を、楽しみにしている」


 ドーヴァの言葉に、スーラは大きく頷いていた。


「もちろんだよ! その代わり――」


 まるで交換条件のようにスーラがドーヴァに話したのは、これだった。


「僕が夢を実現する事ができたら、この山の頂にあるブレスの袂に、イスティリアの為の大きな神殿を建ててほしいんだ。そこをイスティリア信仰の拠点にしたら、きっと母さんは孤独じゃなくなる。独りぼっちじゃなくなるんだ。お父さんと父さんの夢がこの土地を開く事であると同時に、これが僕の夢でもあるんだ」


 スーラの言葉に、ドーヴァは頷いていた。


「ああ、わかったよ。そうしよう」


 ドーヴァは手を差し出すと、しっかりとスーラと握手を交わしていた。


 スーラはもはやドーヴァにとっての息子ではなく、一人前の成人男性なのだ。

 それを実感すると共に、(ならば僕は)とドーヴァは思う。


(彼を一人の男として、認めないといけないな)


「スーラ、頼んだよ」


 ドーヴァは握手をしたまま、スーラの目を真っ直ぐに見ると微笑みかけていた。


「それなら、長であるこの僕が任命しよう。キミが僕たちイドの民の代表だ。誇りを持って、オプタール人と会ってきてほしい。そして僕たちの意図を伝え、この集落を――僕たち古の民(マルゴル)を、新たなる世界へと導いておくれ」


「約束するよ、必ず」


 スーラはドーヴァの目を見返すと、そう答えるのだった。


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