8:色彩の民
露草色の髪をした青年は、後から来た大人たちに運ばれて、マルゴル人の集落であるイドへ運び込まれる事になった。
確かにマルゴル人にとって色彩の民は恐怖の対象ではあったものの、武器も持っていない様子だったし、たった一人で何ができるわけでもないだろうと判断した上での事だった。
運ばれる道中、その色彩の民は多くの人の注目を浴びる事となった。
見た事もない鮮やかな髪の色と、見た事もない鮮やかな衣服。
彼が身につけるブーツも、コートも、ズボンも、手袋すら、この閉鎖されたイドという場所で暮らすマルゴル人たちにとって、真新しく風変わりな物として映った。
各々が野外に出て行っていた作業の手を止め、運ばれ行く色彩の青年の姿を物珍しそうな様子で目に留める中、彼は長の家の中へと運び込まれ、客間のベッドに寝かされる事となった。
大人たちの後に続いてドーヴァ達も部屋に入ろうとしたが、「雪の病の治療をしなければならないから、子供はあっちで遊んでいなさい」と言って、大人達に三人の子供たちは追い払われてしまった。
結局、ドーヴァとウィレスとジェーンは、居間へ行くと囲炉裏を囲んで無駄話をして過ごすしかなくなってしまった。
肩から外した毛皮をお尻の下に敷いて、三人は焚き火に当たりながらしばらくの間他愛ない話をしていたが、やはりどうしても、さっき運ばれた色彩の民の事が気になって仕方がない。
「結局さ」と、とうとう我慢ならなくなった様子で話し始めたのはウィレスだった。
「あいつ、一体何なんだろ? 少しだけ意識は残ってたみたいだけど、ろれつが回ってないみたいだったな」
「雪の病だからだよ」と、かじかんだ手を擦り合わせながらドーヴァは答えていた。
「あれぐらいなら大丈夫よ。すぐに良くなるわよ」
ジェーンはそう言ったが、ウィレスは渋い表情を浮かべるようになった。
「何が大丈夫だよ。元気になったら、たちまちすばしこい動きで俺達を食い荒らしたらどうするんだよ? あれだけさんざ普段から色彩の民は恐ろしい恐ろしいって言いながら、大人たちは何考えてんだか……」
「大丈夫そうだから運んだんでしょ?」
「お前、やけにあの色彩の肩を持つんだな。まさか――」
ウィレスに睨まれ、ジェーンは赤面すると、慌ててそっぽを向くようになった。
「や、やめてよね。馬鹿馬鹿しい……」
その時だった。
さっきまで治療に当たっていた複数の大人が、ワイワイと会話しながら居間に入ってきた。
「もう終わったのか?」
ウィレスはすぐに大人たちに声を掛けていた。
すると彼らは頷くようになった。
「ああ、終わったよ。思ったよりも症状は進行していなかったようだ」
「きっと、寒さに慣れていなかったせいだろう。あいつ、雪慣れしていないように見えたし」
「だよなあ。あいつの履いていたあの、雪靴のような履き物。毛皮や樹皮を巻かずに、平らなままだった。あれは多分、雪の無い土地から来たんだろうな」
彼らの言葉を聞いてすぐに、三人は立ち上がっていた。
「なあ、行ってみようぜ!」
ウィレスがそう声を掛けたのは、ジェーンとドーヴァの二人に対してだった。
しかしそれに「やめておけ!」と返事をしたのは、大人の方だった。
「疲れてたみたいだから、少しは寝かせてやれ」
「そうだぞ。子供が行っても困らせるだけだろうが」
「子供子供ってなあ」と、ウィレスは不満そうな表情を浮かべるようになっていた。
「俺達だって次の年には十五歳だ。そうなると成人だろ? な、ちょっとぐらい良いじゃんか。行こうぜ、二人とも!」
ウィレスに声を掛けられ、「うん!」とジェーンは頷いた。
ドーヴァは大人達の視線を気にして困りながらも、「そ、そうだね」と頷くと、歩み去るウィレス達の後に続く事にした。
「まったく。あいつらは」
残された大人たちは顔を見合わせると、誰からともなく呆れた様子で苦笑を零すのだった。
色彩の民が寝かされている部屋のドアは開いていて、既に何人もの少女たちが集まっていた。
「わあ、キレイな髪の色!」
「キャー、カッコイイ!」
「見てみて、瞳の色なんて宝石みたい!」
黄色い声を上げる彼女達の姿を見て、「私も見てくる!」と一言、ジェーンは走って屋内へと行ってしまう。
「結局顔かよ」とボヤいたのはウィレスだった。
「はは……」とドーヴァは笑って返したものの、その声に力は無かった。
その時、「ほれほれ、騒がしくするなら出て行きなさい!」という声が部屋の中から聞こえてきた。
結局少女たちは、長に押し出される形で部屋からぞろぞろと出てきたのだ。
「大体お前たち、家の用事はどうしたんだ?! 途中で抜け出してきたんだろうが。早く戻りなさい!」
長に厳しく言われ、「「は~い」」と彼女らはつまらなさそうに返事の後、すごすごと帰って行くようになる。
部屋の中から、「ははは」という爽やかそうな笑い声が聞こえてきた。
「私は一向に構わなかったのに」
それは色彩の民の声だった。
「そうはいくまい」と、長は室内の方へ振り返りながら返事をしていた。
「見たところ血色が悪く栄養状態も良くなかった。行き倒れていたんだろう?」
そう話しながら、すぐに長は室内へと引き返すようになる。
「ええ……そうかもしれません」
「そうかも?」
「後半は……朦朧としながら歩いていましたから。自分がどこに居るか、どこを目指しているのか……わけがわからない状態でした。本当は私以外に何人も仲間達が居たんです。しかし、白い嵐が来て、止んだと思ったら、いつのまにか仲間たちの姿は忽然と消えていました」
「それはものの見事に、イスティリアの洗礼を受けてしまったのだろうな」
「イスティリアの洗礼?」
「そうだとも。女神はマルゴルの味方だからな。色彩の民は全て雪の病に伏させるつもりだったに違いない」
「では……私達は下手をすれば死んでしまっていたということですか?」
「そうだ。しかし、お前だけはドーヴァたちに見つけられ助かった。感謝の気持ちが少しでもあるなら、重々礼を述べておくと良い。マルゴルの子供たちに」
「マルゴルの子供……」
呟いている青年をよそに、長が改めて開けられたままのドアから顔を出すようになった。
「ドーヴァ、ウィレス。そこに居るなら入りなさい」
「「はい」」と二人は返事をして、言われるがまま部屋の中に入っていた。
部屋のベッドにはあの色彩の青年が寝かされていて、今は毛皮の掛け布団を羽織ながら上体を起こしている。
その傍らには先に入っていたジェーンが立っていて、長と同じように入室した二人へと視線を向けた。
「この者たちが、お前を助けた子供だ。ドーヴァと、ウィレス。それからジェーンだ」
長に次々と指差されながら名前を呼ばれたので、ドーヴァ達三人は戸惑いながらも青年へと目を向けた。
すると青年は穏やかそうな笑顔を浮かべると、頭を下げてくるようになった。
「ありがとう、少年たちよ。キミたちのお陰で私は助けられたんだね。私の名は、グランシェス。グランシェス=ガシュパルと云う者。我が名に掛けて、この恩は生涯忘れない事を誓うよ」
そう言ってグランシェスは彼ら灰色の髪の子供たちに向かって、にこりと笑い掛けるのだった。
そう――彼こそが、グランシェス。
後に雪の国の名となる者がここに辿り着いたのは、マルゴル人が表舞台から姿を消してからおよそ六百年後の事だった。




