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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 女神の追憶
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5:無垢なる王

 先代の王が若くして病死したため、四十四代目の王アジンは、まだ十にも満たない幼い少年だった。

 彼は生まれた頃からマルゴル人に囲まれて育ち、色彩の民は皆すべからく奴隷だと学んだ。


 大人たちが言うように、色彩の民とはいつ見ても薄汚れていてみすぼらしく、品の無い者の集まりだった。


「彼らは我々とは違う生き物なのです。家畜のようなものですよ」

 アジンの傍でそう囁いたのは、灰色の髪を持つ母だった。


「そうですか」と頷きながら、アジンは今日もバルコニーから町並みを見下ろしていた。

 この町はマルゴル人の為のもので、時々、マルゴル人の為の荷車を引いたり、縄で繋がれた色彩の民が歩いて行く姿を見ることができる。


 彼らのどれもが貧相だったが、アジンは不思議に思った。


(不思議なものだな。彼らは家畜なのに、他の家畜とは違う。言葉を話し、神殿へ礼拝に行く。つまり彼らには僕達と同じ、信仰心があるということか。神は人類の味方だと聞いている。ならば彼らは――人類なのでは?)


 アジンはその疑問を滅多に口にする事ができなかった。

 大抵の大人はそれを聞くと、まるで禁忌であるかのように咎め、考えるべきではないと言う。


 ただ一人、アジンの言葉を聞いてくれる人物が居た。

 それは近衛兵長のカルザルという男だった。


 同じマルゴル人でもある、屈強で長身の、この大男のことをアジンは好んでいた。

 あまり堅苦しさを感じさせない人格だったせいだ。


 他の人は色彩の民を、「あまり見ないほうが良い」「見たら汚れてしまいますよ」と話すが、カルザルだけは違った。


「あいつらも、話してみると意外な面があるんですよ。マルゴル人では聞けない話が聞けます」

 カルザルは近衛兵長をする前は、奴隷労働者の管理人をしていた経歴を持っているらしい。



 だから今日もアジンは、周りに人の気配の無いことを見て取ると、バルコニーに出て人々の暮らしを覗き見していた。


 ここから見下ろせる町並みを行き交うのは、折り合わせた布の衣服を身に着けている、豊かな身なりをしたマルゴル人。

 時たま、労働中の色彩の民も通りかかるが、彼らは決まって薄汚れて痩せこけており、木の皮で作られた腰布を巻いている。


 そんな彼らの対比を見ると、やっぱりアジンは(不思議なものだな)なんて考え込んでしまうのだ。


 そうやって、ぼうっと大きな荷車を四人がかりで運ぶ色彩の民を、アジンは今日も上から見下ろしていた。


 彼らの首には持ち主の名前が刻まれた、木製の首輪が取り付けられている。

 足には、脱走防止のための石を削って作られた足かせが嵌められている。

 ああして重石を付けさせることで、素早く走り去ることを防止しているのだ。


(あの色彩の民は赤い髪をしているんだな)

(あの色彩の民は緑色の髪だ)

(あの色彩の民は……多分、薄汚れているけれど青い髪かな)


 アジンは彼らの髪の色を代わる代わる眺めた後、思うのだ。


 清潔にしてやったら、あの髪の色も美しく映えるだろうに――と。


(僕は灰色の髪はあんまり好きじゃないんだよな)

 アジンは自身の癖のある髪に手を伸ばすと、くるくると指に巻きつけていた。


(ああいう髪の方が、色鮮やかでキレイなのにな)


 そんな風に考えていた、その時だった。

 荷車を押していた奴隷の一人が、地面に倒れこんだのだ。


「ハガル!」と言って、倒れ込んだ一人を他の三人が囲むようになったから、アレの名前はハガルなのか。とアジンは知っていた。


「ハガル、ハガル。大丈夫か?!」


 そう言って揺すられている彼は、青い髪をしている若者である。

 アジンよりもずっと年上だろうが、慢性的に栄養が不足しているのか、随分と小柄に見えた。


「ああ……心配要らない。少し眩暈がしただけだ」

 そう言ってハガルは立ち上がろうとするが、どうやら上手く力が入らない様子だ。


「無理をするな。ここ二、三日、ろくな食べ物を貰っていないんだ。仕方あるまい」

 そう声を掛けたのは、赤毛の男だった。


 しかしハガルは首を横に振ると、傍らに居た黄色の髪をした青年の力を借りてゆっくりと立ち上がる。


「どうだ? 歩けそうか?」


 黄色の髪の青年の問いかけに対して、「ああ」とハガルは頷いたが、彼が手を離すと瞬く間に膝をついてしまった。


 そんなハガルの様子を見て、青ざめた表情を浮かべたのは、緑色の髪をした少年である。


「どうするんだよ、このままじゃ大変だぞ! 動けない奴隷はご主人様に殺されてしまう……」


「ああ、わかっているよ。わかっているが……」


 苦虫を噛み潰した表情を浮かべたのは、赤毛の男である。


「あと少しの辛抱なんだ。あと少しの、なのに……」


 グッと拳を握り締める彼の表情は悔しそうだった。


 そんな彼らの様子をバルコニーから眺めていたアジンは、彼らの会話を聞いてピンと来ていた。


(そうか。ハガルはお腹が空いているのか)


 だったら、ちょうど僕の部屋におやつのクッキーがあった筈だな。と思って、アジンは一度バルコニーから王の間へと引き返した。

 王の間にあるテーブルの上には、ボウル一杯分のクッキーが盛られた状態で置いてあった。

 それは毎日、調理係である色彩の者が作ってくれている、香蜜入りの甘い物だった。


(これは僕の好物だけど……)


 アジンはボウルを手に取ると、バルコニーへ出ていた。

 そして手すりから身を乗り出して下を覗き込んでみると、まだそこでは四人の奴隷が荷車を囲んで立ち往生していた。


「おい、キミたち!」


 アジンは気軽な気持ちで、彼らに声を掛けていた。


 声に気付いて顔を上げた彼らは、皆一様に驚いた表情を浮かべていた。


「空腹では辛いだろう。キミたちは、僕と同じ食べ物は食べられるのか?」


「…………」

「…………」


 彼らはアジンの質問には答えずに、黙り込むと困惑した表情を浮かべ、互いの顔を見合わせるようになった。

 しかしアジンは彼らの態度を気にせずに、両手に掴んだボウルを頭の上に掲げていた。


「食べられるなら、これをあげるよ。甘いから元気が沸いてくる筈だよ」


 そう言ってアジンはボウルごと菓子を彼らの頭上へと落としていた。

 それを受け止めたのは、赤毛の男だった。


「これは……」


 ボウルの中身を覗き込んで呟いた彼の周りを、二人の奴隷が囲むようになる。


「っ――」

「う、美味そうだ……!」


 最初にクッキーを鷲掴みにして口に運んだのは、一番最年少に見える緑色の髪をした少年だった。


「美味い! 美味いよ、これ!」


 ガツガツと食べる姿を見て、黄色の髪の青年がごくりと喉を鳴らす。


「まあ、待て。まずはハガルの分だろ?」

 そう言って嗜めたのは赤毛の男だった。


 赤毛の男はボウルをそっとハガルの目の前に差し出していた。

 ハガルは荷車に凭れ掛かるようにして座らせられていた姿勢のまま、手を伸ばすとクッキーをほうばるようになる。


「…………」


 黙り込んで食べ始めたハガルの様子を見て、他の三人も夢中になってクッキーを貪るようにして食べた。


 しばらくそうした後、我に返ったのか、ハッとなって彼ら四人は揃ってバルコニーの上のアジンへと気まずげな視線を向けるようになった。


 アジンはバルコニーの手すりに肘をつきながら、ニコニコと微笑んでいた。


「美味しい? 喜んでくれて良かったよ。それ、僕の好物なんだ」

 アジンは無邪気な笑顔を見せて、彼らにそんな風に話すのだ。


「どうかな? 明日また来てくれたら、クッキーをあげる。キミ達の分も焼いて待っているよ」


 幼いマルゴル人がバルコニーの上でそう話すのを聞いて、どれだけ驚いたことか。


「な、何故だ……?」


 やがて言葉を吐き出したのは、赤毛の男だった。

 彼は背を丸めながら卑屈っぽい態度で、アジンに目を向けないようにしながら彼に問いかけてくるのだ。


「俺たちは奴隷だぞ? なのに、何故、待っているなんて言うんだ?」


「だって」とアジンは答えていた。


「キミたちと友達になりたいんだ。僕の周りの大人たちはさ、みんな堅苦しいことばかり話すんだ。それに僕は“アジン”だから……みんな王としての態度を押し付けてくる。そればかりで、誰も僕の話を聞いてくれないし、僕と遊んでくれないんだ」


 そう打ち明けるアジンの表情は、どこか寂しげで孤独を感じさせるものだった。


「…………」

「…………」


 また沈黙して顔を見合わせるようになる奴隷たちに、「ねえ」とアジンは話し掛けていた。


「キミたちの名前を教えてくれないかな?」


 アジンの問いかけに、彼らは躊躇いながらも答えてくれた。


 ハガルと名乗ったのが、青い髪の若者。

 赤毛の男はホズという名前で、黄色の髪の青年が、アルガルフ。緑色の髪をした少年は、カルという名前だった。


「ハガル、ホズ、アルガルフ、カル」と、アジンは一人一人の名前を呼んだ。


「また来てくれるよね?」


 アジンの問いかけに、彼らは気まずそうに顔を見合わせた。

 そしてハガルが立ち上がったのを皮切りに、荷車を押すと、無言のままその場から立ち去ったのだ。


「また……会えるかな……」


 アジンは見えなくなった彼らの姿を見送りながら、バルコニーの上で独りきり、ぽそりと呟いていた。


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