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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第一章 雪上の契り
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5:孤軍奮闘

 罠――それは獲物を狩るためには欠かせない狩人たちの術の一つである。

 落とし穴、網、紐を使った仕掛け、或いはトラバサミといった専用の器具を用いる等。様々な方法が存在している。

 鹿や猪などといった獲物に使う罠としては落とし穴がベターではあるが……。


(主――あいつは、牙毛象マンムートのように巨大だった。落とし穴を掘るにしても普通よりも大きなものが必要だし、生半可な気持ちじゃ狩る事ができない筈だ)


 エーミールは自宅の片隅にある倉庫に入ると、資材を見回しながら苦慮に苦慮を重ねていた。


 あれから一週間ほどの月日が経った。

 北領兎カニンなど狩ってはいるが、どうしても忘れられない存在が居る。

 それはヌシである。あの日開けた雪の地で見た、群れの中に居る巨大な鹿が頭から離れない。

 あいつを狩り取って献上できるほど最上のもてなしは無いだろう。


 その時、倉庫の外からワンワンという犬の吠える声が聞こえてくるようになったから、エーミールはハッとしてドアの方を振り返っていた。


「おお、コーダ。よしよし」


 ドア越しに聞こえるのは、犬をあやしている父の声である。

 恐らく、庭の片隅で飼っている北領犬サバーカの世話をしているのだろう。

 北領犬サバーカは狩猟犬やそり犬として活躍する大型の犬種で、狩人にとって欠かせない相棒であるため、エーミールの家でも父が一匹飼っているのだ。

 とは言え、近頃その相棒であるべきコーダは近くの町の犬と交配して身籠っている途中であるため、狩りへ連れて行く事はできないのだが。


 やがて世話を終えたのか、ガラリと倉庫のドアが開き、父が入ってくるようになる。


「エーミール、またここに居たのか」


 エーミールに話し掛けながら、父は倉庫の片隅に置かれていた木組みのそりの方へ歩み寄って行く。


「また新しい罠でも考えているのか? そろそろ狩りに行くぞ」


「先に行ってよ」と答え、エーミールは首を横に振っていた。


「それに、僕一人で狩りに行きたいんだって言ってるだろ? 何度も言うけど、いつまでも子供じゃ嫌なんだ……僕は」


 そう語るエーミールの言葉がなかなか周りの大人に受け入れてもらえないのは、彼自身が持つ幼い外見や無邪気な行動にあるだろう。

 外見こそはエーミールの母がそもそも童顔だから致し方が無いにしても、彼は自分が人並み以上に子供っぽいという自覚が無いのだ。


「……そうか」


 父は苦笑した後、「じゃあ、行ってくる」と断って倉庫を出る。


「エーミールが来ないなら、今日は一人で行くしかないな。北領犬サバーカのコーダも、今は動き回れないからな」


 父は倉庫の前までパタパタと尾を振りながら駆け寄ってきたお腹の膨らんだ灰色の大きな長毛犬の姿を目に映すと、ポンポンと犬の頭を撫でていた。

 そうしてボソッと、「……反抗期かな……お前も子供が思春期になったら、扱いには注意するんだぞ」と話し掛けるのだった。



 父が立ち去った後しばらくして、やっとエーミールは大きく頷いていた。


「……こうしてみよう」


 うんうんと頷いた後、網や縄、スコップなどを取ると、もう一台倉庫の隅にあった木組みのそりの方へ運んでいく。

 そうして仕度をしながら、ふと隙間が開いている倉庫のドアの方へ目を向けていた。


(ちょっと冷たくしすぎたかな……)


 なんとなく、悪い事したかなあなんて思ってチクチクと罪悪感を覚えていたが、すぐに首を横に振っていた。


「ううん……僕は決めたんだ。僕は一人前の狩人になるために、一人でも狩りができなくちゃならない!」


 エーミールは気を取り直すと、荷積みの最後にクロスボウを背負った後、そりから繋がっている縄を手に握りしめていた。

 ベルトにはきちんと、朝のうちに母から貰った暖かいフルーツのスープが入った水筒が掛かっている事を確認する。


(この装備で十分だ。僕はこれでヌシを狩ってみせる!)


 そして飛び切りのもてなしをしてみせるんだ! と考え、エーミールは張り切ってそりを引っ張ると、倉庫のドアを押し開けていた。





 主の居場所はわかっている。

 今日も相変わらずの場所で、仲間たちと共に足元の雪に鼻面を押し込んで、雪の下にあるであろう草を食む姿を伺い見ることができる。


(……大した自信だな)とエーミールは考え、口元を持ち上げていた。


(住処を変えない。きっとあそこ一帯の草を一通り食べ終えるまでは居座るつもりなんだろう。マメに居場所を変えなくても肉食動物に狙われないのは、やっぱり、あの主が居るせいかな……)


 エーミールは木の陰から開けた方を伺い見ながら、あれこれを分析していた。


ヌシ自身も堂々としてる。リュミネス山の王者でも気取ってるのかな? ……――でも)


 エーミールはクロスボウの弦をキリキリと引き上げるハンドルを巻き終えると、膝立ちになり、ストックを肩に押し付けて構えていた。


(狩人には敵うものか!)


 次の瞬間、ヒュッとボルトが一直線に群れの方向へ放たれた。

 その矢の軌道は北領鹿エルクたちの群れの遥か上空を飛び越えて、スルスルとどこかへ消えて行った。


「……ゴホン」


 咳払いの後、気を取り直すとエーミールは背中の矢筒から矢をもう一本取り出すと、装填する。

 再びハンドルを回し、クロスボウの弦をキリキリと巻き上げる。


(……大した自信だな)とエーミールは考え、口元を持ち上げていた。


ヌシ自身も堂々としてる。リュミネス山の王者でも気取ってるのかな? ……――でも)


 エーミールはクロスボウの弦をキリキリと引き上げるハンドルを巻き終えると、膝立ちになり、ストックを肩に押し付けて構えていた。


(狩人には敵うものか!)


 次の瞬間、ヒュッとボルトが一直線に群れの方向へ放たれた。

 いわゆる仕切り直しというやつである。


 次なる矢がザクッと射貫いた先は、北領鹿エルク達の群れの足元……から二メートルほど手前の位置にある地面だった。


「…………」

「…………」


 鹿達は沈黙のまま矢に目だけ向けた後、再び何事も無かったかのように食事を再開していた。

 主のリアクションも同様であるため、「くそっ」とエーミールは憤慨していた。

 もうこうなったらムキである。


 エーミールは更に三本目の矢を矢筒から取り出すとクロスボウに装填し、ハンドルを回して弦をキリキリと巻き上げていた。


(場所が悪いんだな。木に隠れながらやると、やっぱり狙いを定めにくいから!)


 エーミールは雪の上に転がると、肩にストックを押し当ててクロスボウを構えていた。


「今度こそ……!」


 呟くと同時に、カチリと引き金を引いていた。

 ヒュッと矢が真っ直ぐに飛んでいく。


(やった。今度は……!)


 ザバッと上体を起こして矢の行く先を見守るエーミールの目の前で、矢はバチンと音を立てて主の立派な角にぶつかったかと思うと、ころころと地面に転がり落ちた。


「嘘おおぉぉ――ッ?!」


 エーミールは半泣きで叫んでいた。

 案の定、矢を足元に認めたヌシが、ゆっくりと首を動かしてエーミールの方を振り返る。

 しばらくの間、目と目が交わされた後――


「ギャアアァァァァ――!!」と、主がガラスを引っ掻いたような威嚇の声を放った。


「や、やっぱり怒った?!」


 エーミールは慌てて立ち上がると、クロスボウを背負い直した後、素早く後退って行く。

 次の瞬間、主は角を振り上げながら物凄い勢いで突進してきたため、「うわあぁぁっ!」とエーミールは声を上げながら背を向けて逃げ出していた。


 ザクザクと雪を踏み抜きながらすばしっこく走り去るエーミールと、それを追い掛けて行く北領鹿エルクの主。

 一人と一匹の足音が取り残された雪の地面から、やがてザバッと音を立てて這い出たのは一人の男だった。


「エーミール、父さんがすぐに助けてやるッ!」と、父はクロスボウを構えながら叫ぶが、既にこの場には肝心の者の姿は無く。


「エーミールうぅぅ!!」と父は一人叫ぶのだった。


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