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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 女神の追憶
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1:始まりの地

 それは幾千年も昔の事。

 人類の文明が起こる前、原始の時代から、歴史は始まる――。


 アルディナは、唯一人類が住む事を許されている土地である。

 雨は降らない。風も吹かない。日差しは優しく、草木は生えない。土は平らで、起伏が無い。


 灰色の土と石で覆われたその土地は、石材の調達だけは困る事がない。

 しかし他には何も無い。

 何も無いが、何も無いからこそ、貧しいながらも命を繋ぐ事ができる。


 なにしろ、この土地より一歩外に出れば、止まない雨がとぐろを巻くような洪水を引き起こし、風は吹き荒れ、灼熱のような日差しが土地を燃やし、伸び広がった樹木が地上を遮り、いつも大地が揺れ動いてはどこかしらに奈落への口を開く。

 そこは『竜の地』と呼ばれ、いつも止む事のない地殻変動の中で、身の丈20メートルはあるであろう巨大な竜が悠々と闊歩している。


 それが、彼らがこの灰色の痩せこけたアルディナの土地を“楽園”と呼ぶ理由だった。

 常に飢饉と隣り合わせで、石を舐める意外にはやる事が無い。

 そんな環境であったとしても、騒々しい森羅万象の音を聞かずに済むこの土地は住み良い場所だったのだ。


 風雨も無く日差しも弱いため、家屋らしい家屋が一つも建たないまま、幾百年が流れた。

 灰色の髪をした人類が、痩せこけた体を幾重にも灰色の大地の上に積み重ねるうちに、近隣の土地から命懸けで水を調達し、草木を刈り取り、生き物を連れてくるだけの知恵を身につけるようになっていた。

 それと共に、口伝によって知識は代々と受け継がれて行く。


 それでも、水一つ、食料一つ得る為に多くの犠牲を払わなければならない。

 いつの間にか灰色の髪の民の他に、色彩を持った髪の民も生まれ、人口は少しずつ膨れ上がっていたが、いつまでも改善される事の無い生活環境に、人々は疲れ果てていた。


「何故、僕達はこの世界に生まれたのだろう?」


 そんな疑問を口にしたのは、アジンという名の灰色の髪をした少年だった。

 アジンは小柄で痩せっぽちな見た目をしていて、薄汚れた体に木の皮を叩き伸ばして作られている腰巻を巻いている少年だった。


「さてなあ」と答えたのは、アジンの友人である、同じく灰色の髪を持った少年のカリフである。

 こちらも痩せっぽちだが身の丈は長く、頬に幾つもの古傷を持っていて、左腕の肘から下が無い。


 そんな彼が灰色の地面の上に身を横たえたまま、消え入りそうな声で話すのだ。


「少なくとも、この俺にはもう世界に留まる理由なんて無いんだ。何故なら俺は先の狩猟で腕を失った。これでもう二度と糧を得ることができない。俺は本来なら、もうとっくに死ぬべき人間なんだ。なのに何故、お前は俺に食料を分け与え、生かしてくれるんだ?」


「当たり前じゃないか」とアジンは笑った。


「だって、僕たちは親友だろ?」


「親友……か」と、カリフは苦笑した。


「しかし、俺をかくまっているせいで、今やお前まで仲間たちに迫害を受けている。それだけじゃない。灰色人は、この土地の土くれのように役立たずだと、吐き捨てる連中もいる始末なんだ。この俺さえ居なければ……」


「そんな事を言うなよ」

 アジンはそう返していた。


「お前が仮に居なくたって。僕らへの扱いは変わりはしないさ。この忌々しい灰色の土くれと同じ色の髪を持っている僕らなんだ。どこへ行っても、誰からも、嫌な事を思い出すと言われてしまうんだよ。だったら僕は友を取るよ。この忌々しい世界の中でも、生き長らえる理由があると少しでも思うことができるからね」


「アジン」と言ってカリフは涙ぐんだ。


「ごめんなあ。俺なんかの為に。ごめんな……生きることすらしてやれなくて……」


 カリフはそのまま深い息を吐き出した後、目を閉じて動かなくなった。


 どれだけ食糧を分けようとしても。

 これほどまでに骨と皮だけになってしまえば、後は時間の問題でしかなかったのだろう。


「……カリフ」


 やがてアジンは親友の髪にそっと触れた後、ゆっくりと立ち上がった。


 もはや動く余力もない友の姿を目に映しながら、「――見ていてくれよ」とアジンは囁いた。


「僕らだって、ただ指を銜えて地に座していたわけじゃない。カリフ、お前の父が僕らに残してくれた知恵を――僕らは僕らなりに解き明かし、そして編み出したんだ。これが功を奏すれば、きっと――」


 アジンはきびすを返すと、向こうから歩み寄ってくる数十人の灰色の髪をした仲間たちへと目を向ける。


「僕らはようやく、この世界に生まれてきた意義を、見出す事ができるだろう」


 そしてアジンは歩みだすと、「行こう、みんな」と言った。


「竜の地へ――森羅万象の前に、いつまでも平伏している僕たちであると思うなよ!!」


 アジンが右手の拳を高らかに掲げると、彼らもまた答えるようにして拳を掲げるようになる。


「「我々は決して屈しないぞ! 自らの力で、この世界を勝ち取るのだ!!」」


 まるで合言葉のように一斉に叫んだ後、彼らはアルディナの地の外へ向けて歩き出していた。

 汚れた素足でしっかりと灰色の土を踏みしめながら、危険を賭してでも前進することを選んだのだ。



 彼らこそが、人類の始祖だった。


 灰色の土地アルディナに住む灰色の髪の民は、アルディナの土くれから生まれたと言われている。

 世界の九割を支配している、森羅万象の化身である竜と比べ、彼らはこの上なく儚く、弱く、小さな集まりだった。


 彼らには何の力も無く、ただ身を寄せ合って震えているしかできない物だと思われていた。


 その考え方を拭い去ったのが、カリフの父親であるイグダだった。

 彼はヒトが狩猟する生き物が、自分達の願いと世界のエネルギーが結びついた結果発生した存在であると突き詰めたのだ。


 森羅万象の象徴たる竜に対して、ヒトとは、思念と願望の象徴だった。


 それを知った瞬間から人類史は変化の兆しを見せるようになる。

 イグダの突き詰めた秘密を、口伝に口伝を重ねながら体系化して行き、後にマルゴルと呼ばれる秘術を編み出した者がいた。


 彼の名は――アジン。


 始まりの地アルディナに生まれた、始まりの血脈を持つ少年。

 そして彼こそが、人類史で最初の国王として君臨する事となる者だった。


 彼は同じ灰色の髪の同士をまとめ上げると、先頭に立って挑む事に決めたのだ。


 武器となりうるものは、編み出したばかりの秘術が一つ。

 そして結託と胸に秘めた決意だけ。


(僕たちは、この世界に生まれたからには、この世界において生き続ける意義があるんだ!)


 ただその信念だけが彼らを突き動かす。


 この灰色の土地に何を望もうか。何を望めるのか。

 展望は見出せない。――しかし。


 ただ目を伏せて苦しみの淵の中で死を待つのか?


「……――否」

 アジンはそのキャラメル色の瞳を、真っ直ぐに先へと向ける。


 そして固く固く胸に誓うのだ。


(僕たちは、勝ち取らねばならない! そして勝ち取るだけの力があると信じるのだ! この残酷な世界の中、生まれてくることを宿命に許された以上、僕たちはこの世界で幸せを誇ることを許されて良いはずだ!)


「しかし、もしそれが許されないとしたら――宿命にだって宣戦布告してやる。どんな手を使ってでも認めさせてやるんだ、宿命に」


 生きる意味なら自ら確立してやると、そんな頑なな決心が、彼らの足を前へ前へと運んでいた。


 向かう先は――竜の袂。


 その強大で凶暴な暴君を、今こそ屈服させてやるのだ。

 人の力で、民の力で、自らの力で。


 もはや竜の体格以上に膨れ上がっているであろう強大な信念が、アジンの瞳には滾っているのだった。


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