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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 望まれぬ者
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11:遅い到着

 最北の地アゴナスの中でも、更に北に聳える神山リュミネス山――

 その頂には、いつの時代に建てられたかわからないほどに古い、石造りの大神殿が聳え立っている。


 それこそが、女神イスティリアの総本山である、イスティリア大神殿である。


 雲を貫くかのごとく天高い場所に生えている、白銀の景色。

 三百六十度見渡す限りの空が広がっていて、これほどに見晴らしの良い場所は他には早々に無いだろう。


 そのちょうど真ん中に、その石造りの神殿は荘厳な佇まいで鎮座しているのだ。


 強く風が吹き付ける中、ヴィズはゆっくりとした足取りでそりを神殿の正門へと着ける。


 エーミールとフェリシアは、大神殿の正門を前にそりから降りていた。


 三メートルはあるであろう大きな石造りの門が口を開いている。

 その光景は、イド村在住のエーミールですら見た事がない。エーミールがここへ訪れるのは初めてなのだ。


 片やフェリシアは二度目である。

 フェリシアは既視感を覚えたものの、それ以上何かを感じる事はなかった。


 二人は連れたって門をくぐった。

 その後をヴィズも歩いてついてきた。


 大神殿は高い壁に囲まれていて、壁の中に入ると、あれほど強く感じていた風も穏やかに感じられるようになった。


「ここなら寒くないね? ヴィズ、ここで待ってて」


 エーミールはヴィズにそう声を掛けると、毛並みを一通り撫でた後、フェリシアを促して神殿の扉の方へと向かった。


 神殿の扉もまた石造りになっており、重厚なその扉をエーミールは押し開いていた。



 ゴゴゴという音と共に扉は開き、エーミールとフェリシアは神殿内に入り込む。

 そこは真っ直ぐに伸びる広い廊下だった。

 廊下の左右には、等間隔で大きな竜のレリーフが彫られている。


「これって――」

 エーミールはすぐにレリーフの方へと駆け寄っていた。


「……――リディニーク」と、エーミールは呟いていた。


 そう――そのレリーフに彫られた竜の姿は、イド村にある小さい石碑に彫られた姿と全く同一のもの。

 イタチのようにしなやかで長い体をした、翼の無い四つ足の竜がそこには描かれていたのだ。


「そうか。それじゃあ、この神殿はきっと――先人の入植と同時に作られたということかな?」


 エーミールの呟きに、「――それはどうですかな」と答える声があった。


「確かにこの地におけるグランシェス王国の始まりは、古オプタール王朝より訪れた、オプタール人の開拓者が始まりと言われている。しかし、ここの神殿は――実は辻褄が合いませんでな。当時オプタール人が持つと言われているどの技術にもそぐわない――そんな技術によって建てられているものなのです」


 その聞きなれないしゃがれた男の声に、エーミールはハッとして振り返る。

 その時には既にエーミールと同じように、フェリシアもまた驚いた表情を浮かべてその声の主の方へを顔を向けていた。


 その声の主は――青と白の祭服に身を包んだ、白髪の小柄な老人だった。

 彼こそが大神官であり、その事は一目見ただけでエーミールとフェリシアに伝わった。

 なにしろ、この大神殿に居る神官は大神官一人きりだからだ。


 大神官は二人の姿を目にすると、穏やかに微笑むようになった。


「やっと訪れましたな。長らくの間、首を長くしてお待ちしておりましたぞ、プリンセス・フェリシア様。ここへ訪れるようにあなたに申し上げたのは、婚礼の日の事でしたな。あれから半年近く――如何過ごされておりましたかな?」


 大神官の言葉を聞いて、エーミールとフェリシアは驚いていた。


「フェリシア。半年近く前って――キミがまだお姫様だった頃だよね? 大神官様に来るように言われていたの?」


 エーミールの質問に、フェリシアは首を大きく横に振っていた。


「……わかんないよ。覚えてないよ、そんな事……」


「おや。何があったのですかな? それに――その、髪の長さと色も含めて、随分と印象が変わられたようですが?」


 どうやら大神官は、これほど奥まった土地に居るが故に、ここ半年近くの出来事を知らない様子だった。

 そこでエーミールは、ここ最近で起こった出来事を一通り大神官に話していた。


「――左様ですか。とうとう、グランシェス王国が……」


 大神官は険しい表情を浮かべるようになっていた。


「相手はモレク王国。予想はしておりましたが――これは良くない事態になりましたな。なにしろ、モレク王国が信仰している神は戦神ダンターラ。異郷の神を、女神イスティリア様の領域に留まらせるような事は本来あってはなりませぬ。それは女神様の機嫌を損ねてしまう事に繋がってしまう。最も――」と、大神官は視線をフェリシアの方へ向けていた。


「既に損ねられた後なのかもしれませんがな……プリンセス・フェリシア様?」


 まるで睨むような視線を大神官に向けられ、フェリシアは怯えた表情を浮かべた後、唇を噛んで俯くようになった。


 そんなフェリシアの前を、大神官はつかつかと歩き始める。


「さて……とは言え、今のあなたは何もかもを忘れられた上に、幼児退行してしまったと聞く。ならばともすれば女神様は、あなたにこの先の責任を追及するつもりは無いのかもしれない。王女としての使命を終え、そこのエーミールと共に余生を過ごすことを望んでおられるのかもしれない」


 しばらくの間大神官は、何か考え込んだ様子で、背中に手を組みながら右へ左へと歩き回っていた。


「それならば私からはこれ以上何か言う事はありませぬ。女神様の思し召しに従うのが、私のような神官の務めであるが故……――しかし、それでしたらあなたは、何のためにここまで?」


 大神官は足を止めると、真っ直ぐにフェリシアの事を見た。


 するとフェリシアは勇気を振り絞るかの如く顔を上げると、大神官の目を真っ直ぐに見つめ返したのだ。


 そんなフェリシアに、大神官は問う。


「今や記憶を失くし、幼い少女の心をお持ちになってしまわれたあなたは――半年程前に私が告げた言葉すらお忘れになられていたのでしょう。それでしたら一体、何のためにここに来ようと思われたのですか? 何もかもを忘れたまま余生をイド村でお過ごしになられたら良いではないですか」


 大神官は怪訝そうな目をフェリシアに向けていた。


 そんな大神官に、フェリシアは答えたのだ。

 たどたどしくも、しっかりとした口調で、一つ一つ丁寧に言葉をなぞるように。


「それじゃいけないと思ったから。私、そうしようとは思ったの。けれど――きっと違うの。だって、今でも渦中に居る人がたくさんいるんだよ? フレドリカ様や、メイドのお姉ちゃんや、ルドルフおじさん。だから……逃げてちゃダメなんだよ! ……逃げちゃいけないの、それだけはわかるの! 私は、多分、……多分だけど、お姫様だから。だから自分が関わってるかもしれない事なのに、必要とされているかもしれない事なのに、……目を閉じてちゃいけないの」


 そう言った後、フェリシアは胸に手を当てると、溜息をついていた。

 その姿はまさしく、どれだけ幼くてもあどけなく見えても――王女たるそれだったのだ。


(そうか、ならば――)と大神官は思っていた。


(……もしかすると女神様は、フェリシア様が記憶を失くしたままでおられることを望んではおられないのかもしれない)


 そう思ったから、やがて大神官はフェリシアに「それでは――」と、尋ねていた。


「あなたは、どうなされたいですかな?」


「私は」と、フェリシアは答えていた。


「思い出したいの! なにもかも……過去のことを、思い出したい」


「仮に女神様がそれを望まれていなかったとしたら?」


「それでも、思い出したいよ。だって責務がある以上、それを果たすのが私の役割だと思うんだよ」


 フェリシアの真っ直ぐな目を見て、やがて大神官は表情を和らげていた。


「……わかりました。ならば、試してみましょうか」

 そう言うなり、大神官はフェリシアとエーミールの二人から背を向けていた。


「お二人とも、ついてきなさい。今から試してみましょう。――女神様の神託の儀式を」


 大神官はそう言うと、廊下の奥へ向かって歩き始めたのだ。


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