7:それぞれの行方
話を終えた四人は、客間を出てアゴナス城を後にしていた。
暖炉の焚かれた屋内と一転して、外は相変わらず冷え切っており、未だに雪がはらはらと降り続けている。
アゴナス城の門のすぐ脇では、荷を積んだそりを付けたままのヴィズが行儀良くお座りをして待っていたが、エーミール達の姿を見ると、尻尾がブンブンと大きく振られるようになった。
そんな真っ白い犬の前まで行くと、「フェリシア様」と言ってカリーナがぺこりと頭を下げるようになった。
「あなた様がお変わりになられたと言っても、私はやはり、あなたの家臣であると自任しているのです。ですからどうか、私めを今一度メイドにして頂けないでしょうか? 私、やっぱり、身の回りのお世話を他人に任せるには気が引けますし……」
カリーナはそう言ったが、フェリシアは慌てた様子で大きく首を横に振った。
「いらない! 私はお姫様じゃないもん! お姫様扱いするお姉ちゃんなんて、だいっ嫌い!」
ぷいとそっぽを向くフェリシアの姿に、カリーナは悲しそうな表情を浮かべるようになる。
「フェリシア」とエーミールは嗜めるように声を掛けていた。
「そんな事言っちゃ駄目だよ。カリーナさんは、フェリシアの事を誰よりも大切にしてくれていた人なんだよ?」
「知らない! 大体みんな、さっきからおかしいよ! どうして私のことをお姫様扱いするの? どうして庶民だから王侯貴族だからって別けようとするの? 同じ椅子に座っちゃダメとか、同じお茶を飲んじゃダメとか、まるでみんな私がエーミールと一緒なのが嫌みたいなかんじで……すごく、すごく嫌だったんだよ?」
ギュッとフェリシアがエーミールの腕に縋り付くのを見て、カリーナは目を逸らせた。
フェリシアのその態度が、カリーナにとって何よりも不快なものに映ったのだ。
「お姉ちゃんだって、エーミールにくっ付いちゃダメって言うなら、私もう知らないもん……私は、ずーっとずーっとエーミールと一緒なの! 私は、お姫様になんてならなくても良いし、元に戻りたいとも思ってないんだよ?! でも……――」
フェリシアは涙声になっていた。
「私のせいだっていうなら……私、どうすれば良いの? もう……やだよ。何もかも知りたくないよ……聞きたくないよ……!! だから、お姉ちゃんはどっか行ってよ。今すぐ!!」
フェリシアの吐き捨てるかのような叫びを聞いて、カリーナはショックを受けた様子で絶句するようになった。
しかしやがてきゅっと唇を噛むと、押し殺すかのような声でエーミールに話し掛ける。
「エーミールくん。フェリシア様のこと……よろしくお願い致します」
それだけ言い残すと、カリーナはすごすごと城内へと戻って行ってしまったのだ。
「フェリシア……」
エーミールはなんとも言えない面持ちで、自信の腕に額をくっ付けて震えているフェリシアの事をじっと見ていた。
しかしやがて溜息をこぼすと、エーミールはフェリシアの頭を撫でていた。
「……そうだよね。何も知りたくないよね。聞きたくないよね……」
エーミールはフェリシアの耳にそっと手を宛がったのだ。
そんな彼の様子を見て、ルドルフは溜息をついていた。
「なあ、エーミール。お前はその“お嬢ちゃん”を連れてお家に帰るんだな。そしてずっとイド村の民として辺境の地で暮らすが良いさ。誰も彼もがもはや今のフェリシア公には期待など掛けてはいないだろう。――でもな」
ルドルフはグッと拳を握り締めていた。
「俺はやる。俺だけじゃない。きっと志を等しくする者が居る筈なんだ。グランシェス王国の再興が――亡きロジオン陛下の、ひいてはフェリシア殿下の弔いになると信じる者が居る。銀髪の方の栄光の再来を望む者が居る。その為には目障りなんだ、今のその甘えた事ばかりを抜かす、ちっぽけなお嬢ちゃんが。今のフェリシア公は、かつてのフェリシア公を知る者が見れば、誰も彼もが幻滅する」
それからルドルフは二人に背を向けると、「じゃあな」と一言、立ち去るようになってしまう。
結局、この場に残されたのはエーミールとフェリシアの二人きりになってしまったのだ。
「…………」
沈黙し、フェリシアの肩に掛かった雪を払うエーミールの傍らには、ヴィズが大人しく座って待機している。
「……みんな勝手なんだね。勝手に期待して、勝手に幻滅してさ」
やがてエーミールがフェリシアに囁きかけたのはそれだった。
本当に……――勝手なものだと思った。
大体、フェリシアが何をしたというのか。
自分たち庶民と同じような、普通の人みたいに生きようとしているだけじゃないか。
(そんな簡単な事も許されないなんて。だったら、何も思い出せないままの方が良いよね……)
やがてエーミールはフェリシアから離れると、代わりに彼女の華奢な手を、そっと取っていた。
「行こうか」と声をかけると、フェリシアが恐る恐る顔を上げるようになる。
どこへ? と聞きたげな彼女に対して、エーミールは微笑み掛けていた。
「帰ろう。僕達の故郷に。だって、父さんも母さんも、村のみんなも、きっと首を長くしてキミが帰ってくるのを待っているんだ。フェリシアが戻ってくるのを見たら、みんな喜ぶよ」
それを聞いて、フェリシアはやっとホッとしたような笑顔を見せていたのだ。
私を受け容れてくれる場所はただ一つ、イド村だけなのだと――そうフェリシアは思ったから。
「――うん」と、フェリシアは頷いていた。
エーミールに促される形でフェリシアは犬ぞりに乗り、エーミールもまた乗っていた。
エーミールに声を掛けられて、ヴィズはその大柄で白い毛並みを揺らしながら走り出す。
更なる北へ向けて、二人の故郷であるイド村へ向けて。
雪の中、巡る景色を遠目に見ながら、エーミールはなんとなく三年前の事を思い出していた。
かつてのフェリシアは、他の過去を知りうる誰もが言うとおりに、確かにエーミールの目から見ても思慮深く淑やかで知的な姫君に見えていた。
でもそれが例えば無理をした姿だったとしたら? 他者の期待に答え続けた結果だとしたら?
(もう元に戻らなくて良い。イド村には僕だけじゃない、今のフェリシアを受け容れてくれる人が居るんだから)
そう――だから、この旅はこれで終わりを迎えるのだ。
これ以上フェリシアの嫌な記憶を弄ろうとするのは、これで終わり。
フェリシアはこれからも、年齢のちぐはぐな血の繋がらないエーミールの妹として、庶民のように過ごして庶民のように一生を終える。
旅の終わりへ向けて、雪の降りしきる中、エーミールはヴィズを走らせ続けるのだった。




