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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 望まれぬ者
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1:終焉そして幕開け

 雪が降る中に、銀狼シルバーウルフの旗が棚引いている。

 それはモレク王国が支配者たる証だった。


 開け放たれた城門から、あちこちから煙が立ち上っているシンバリの町へと、二頭の馬が引く戦車チャリオットが歩み出る。

 屋根の掛けられたその戦車の上には、誇らしげな面持ちをした、豪華絢爛な鎧を身に着けた金髪翠眼の青年が立っている。


「――見よ!!」と彼が指差すのは、彼自身の隣に居る、手足を縄で繋がれたドレス姿の少女である。

 その少女の銀髪は長く美しく、十代前半というあどけなさではあるが、既にどこか未熟な危うさを感じさせる色気を帯びた、美しい容姿を持っている。


 彼女を指差しながら、青年は高らかに叫ぶのだ。


「グランシェスの人民よ! 今や王宮は我が旗を掲げ、姫はこの私の手に堕ちた!」


 人々の視線に晒されながら、恥辱に耐えながら、姫ことグランシェス王国の王女であったフレドリカは、縄で繋がれた状態のまま逃げ出せず、青白い顔をしてずっと俯いていた。


 そんな彼女のことをモレク第二王子のイェルドが、まるで見世物のように晒しながら町中を戦車でゆっくりと巡るのだ。

 彼の御者が繰る戦車の後方には、モレクの軍勢が続いた。


「今この瞬間より、この地は我々モレク人の物! “モレク第二王国”の支配下に置かれたのだ!! ――とはいえ、貴君らはグランシェスの民であるより古には、同じオプタール人としてのルーツを持っている! よって戦神ダンターラの御名の元、従う者は同胞として迎え入れ、逆らう者には神罰を下そうぞ!」


 イェルドはこうして自らの威信を敗者たちに伝えて回るのだ。


 半壊した家屋の中で怯え隠れていた人々が、そっと外へと歩み出て、青ざめた顔でモレクの軍勢を眺めている。


「――今ここに!!」と、イェルドは片手をバッと掲げていた。


「新生モレク第二王国を建国する!! これは新しきグランシェス王国の形だ! 慈悲深き私は新たなる王として、グランシェスの人民を受け容れようではないか! これは嘘偽りではない! これは真義だ! 私は諸君らを滅ぼしに来たわけではない! ただ、傲慢な銀髪の王に天罰を下してやっただけなのだ! その事を、フレドリカとの縁組によって証明しようぞ!!」


 イェルドはぐるりと人民を見回すと、「――そう、まるで女神イスティリアと戦神ダンターラの婚姻さながらに!」と締めくくった。


 すると暗い面持ちを浮かべていた人々の表情が徐々に晴れ、やがて拍手が起こるようになる。


 彼らが案じているのは国家の終わりでも君主の崩御でもない。ただ一つ、自らの暮らしだけなのだ。

 現にモレクの兵士は剣を持たない民衆を手に掛けることはしなかった。


 半信半疑な気持ちを抱えながらも、彼らは間もなく新たなる支配者を受け容れるだろう。


「イェルド様、万歳! 戦神ダンターラ様、万歳!」と、モレクの軍勢から声が上がる。


 イェルドが剣を引き抜いて、雪降る中で天高く掲げると、ワアアァァッ! と、歓声が沸き起こるのだった。





 どれだけの間そうしていたのだろう。


 灰色の髪の少年は、ただじっと雪が降る中、馬車の上で小柄な少女を抱き締めていた。

 少年の腕の中でじっとしている少女は、肩の下で切り揃えられた珊瑚色の髪を、レースのリボンと花飾りがついた純白のバレッタでハーフアップにしており、透き通った水面のような青い瞳を持つ、透明感のある無垢さと儚さを湛えた美しい容姿をしている。

 彼らの傍らには白い毛をした大きな北領犬サバーカが一匹、今は寄り添うようにして、どっしりと腰下ろしていた。


 やがて彼らの元へ走り寄ってきたのは、一頭の黒毛の馬に跨った、一人の傭兵だった。

 ターコイズグリーンの髪をしたその大男は、自らより幾らも若く小柄な雇い主の元へ馬を寄せると、「マスター」と話し掛けていた。


「ルドルフ」と、少年は傭兵の名前を呼んだ。

 ルドルフは暗く沈んだ面持ちをしていたから、幾らか覚悟を決めていた。


「……どうだった?」


 静かに尋ねてきた少年に、ルドルフは答えていた。


「……間に合わんかった」


 それを聞いた瞬間、ずっと少年の腕の中に居る少女の表情が崩れる。


「そんな、それじゃあ――」


 ぽろぽろとまた泣き始めた少女を抱き締めると、「大丈夫、大丈夫だよ、フェリシア」と少年は優しく話しかける。


「フェリシア=コーネイル=グランシェス様……」


 ルドルフは表情を引き締めていた。

 彼が呼んだその名前を聞いて、少年は息を呑んだ。


「……フェリシアは」と、少年は少女を庇うようにして腕の力を強める。


 あどけない顔立ちをしているくせに、じっと雇い主である彼は挑むような目を向けてくる。

 そのためルドルフは思わず笑みをこぼしていた。


「案ずるな。知ったところで、俺は何もせんよ」


「…………」

 少年は警戒した眼差しを解いていた。


「……エーミール」と、フェリシアが不安げにぎゅっと少年の腕を掴んだ。


 少年エーミールはフェリシアに対して頷くと、改めてルドルフへ目を向ける。


「……グランシェス王国は……負けたんだね?」


 確認するかのように聞くが、確認するまでもなくエーミールにも理解できる事だった。

 何しろ、たった今まで陥落してゆく首都の様子を遠巻きに見ていたのだから。


 ルドルフは頷くと、ぎゅっと唇を噛んだ。


「陛下は……亡くなられた。支配者に相応しい、立派な最期だった。そして、フレドリカ様は……――」


 ルドルフは言葉を繋ぐ。


「……新たなる支配者イェルドの妻として、どうやら旧グランシェス人とモレク人の架け橋にされるようだ。……いや、この場合、不信感を抑え込む為の人質と言ったほうが良いか?」


 ルドルフは肩を落とすと、首を横に振った。


「あんなに幼いのになあ……見ず知らずの男に娶られるのは、どんな気分だろうな。国が滅ぶまでは悪女と誹られ、滅びた後には人柱にされる。出来れば俺だって、助けてやりたかった。しかし……」


 ルドルフはため息をついていた。


「今やフレドリカ様は籠の中の鳥も同然だ。モレク兵に囲まれて、近付くことすらままなら無かった」


「……そっか」と、やがてエーミールは頷いていた。


「……ごめんなさい……」

 搾り出すような声でフェリシアが言ったため、エーミールとルドルフは困って顔を見合わせていた。


 やがてエーミールはフェリシアの髪を優しく撫でていた。


「キミが悪いわけじゃないよ。やむを得なかったんだ。何もかも……」


「でも」と、フェリシアが顔を上げてエーミールのことを見た。

「きっとこれは私のせいで……」


「プリンセス・フェリシア様」


 そうやって話し掛けてきたのはルドルフだった。


 ルドルフは馬上で恭しく頭を垂れると、フェリシアに向かって言った。


「あなた様の責任とは申し上げはしない。……しかし、あなた様なら――あなた様になら、出来ることがある筈です。真の姫君よ」


「っ……――」

 驚愕して唇を噛んだフェリシアは、すっかり怯え切った表情を浮かべるようになっていた。


「……やだ……」と、フェリシアは呟いた。


「フェリシア様」と、ルドルフが言う。


「やだ、やめて……」

 フェリシアはエーミールに縋り付いていた。


「私の事をそんな風に呼ばないで!! 私は違う、そんなじゃない!! 私はお姫様じゃないもん!! 私はエーミールの家族の、イド村のフェリシアだもんっっ!!」


 それからわんわんと泣きじゃくり始めたフェリシアの姿を見て、ルドルフは困惑した目をエーミールに向けてくるようになる。

 エーミールは苦笑すると、首を横に振っていた。


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