17:不信と失望
尚も撃ち込まれる大きな砲弾が、地を震わせるような轟音を轟かせ、人々の戦意を削ぎ落とし、強固な筈の石壁を砕き、石造りの家々を薙ぎ倒して行く。
崩れ落ちた城壁の合間からは、騎馬の軍勢がなだれ込むようにしてシンバリの町へと入り込んできた。
走り行く馬の蹄が、整然と並んでいた商店の木箱にぶつかって崩れ落ちる。
最後の砦でもあるグランシェス城を守るために、残されたグランシェスのわずかな騎士たちが、各々の武器を手に取ってモレク軍の前に立ち塞がっていた。
そこには既に民兵の姿は無く、大半の者が逃げ去った後であり、後は誇りのある者のみがこの場所を守るのみとなっていた。
その光景を見たイェルドは、戦車の上で、唇の端を持ち上げて微笑んだ。
「最後まで抵抗するか……結局、女神の加護無くては生きては行けぬ弱小の民のくせして、しかし、その勇気は評価してやろう」
その時である。
「……もう良いのだ」
そんな声が、身構える彼らの後ろ側から聞こえた。
「これ以上、血を流す必要は無い」
その声に応じるかのようにして、グランシェスの騎士たちが左右に割れ、そこから一人の人物が姿を現す。
それは――馬上に跨ったグランシェス王その人。
ロジオン=コーネイル=グランシェスだった。
「決着は……私が着ける。それが、私がこの国に対して最後に出来る勤め」
静かに語るロジオンの態度に何かを察したか、敵味方関係無しに沈黙するようになる。
「武器を下ろせ!」
そう自軍に命令した後、イェルドもまた御者に命じると、戦車を先陣へと走らせた。
兵が下がることによって出来上がった空間の中で、ロジオンとイェルドは対峙する。
「――決闘だ」と、ロジオンは目の前に居る若き敵将に向けて、静かに告げていた。
「我が国はもはやこれまで。女神様の加護無くしては、これ以上できる事は何も無いことは認めよう……。しかし! 私とて国王である。王族である! 敵に背を向けて死すぐらいなら、私は王として、先陣に立って国と命運を共にしたい! モレク第二王子のイェルドよ! 剣を抜け!!」
ロジオンの宣言に、イェルドは微笑んでいた。
「……どうやら“あなた”は誇り高き者らしい。戦神ダンターラの使徒は、弱者を嘲笑い、勇ましき者に敬意を向ける」
イェルドは戦車から降りると、腰に吊り下げられた剣に手を添えながら、真っ直ぐに歩み出ていた。
「良いでしょう! ロジオン=コーネイル=グランシェスよ。あなたに敬意を払って、この私がお相手致しましょう」
「……光栄だ」
静かにそう言った後、ロジオンもまた馬上から降りていた。
ジャラリと幅広の剣を引き抜くロジオンに対して、イェルドもまた直線の剣を引き抜くと前に構える。
しばらくの間、沈黙が流れる――そして。
「むんっ!」
最初に飛び出したのはロジオンだった。
ロジオンが脇の方から振り払った剣を、イェルドはあえて体を前に出すと剣身で受け止めていた。
ガキィン! と鉄同士の打ち合う音がして火花が散る。
(あなたのこの国を思う気持ち、王家として抱く強い誇りがわかる……)
イェルドはそう考えながら、二撃、三撃と振り払われる剣をかわし、また受け止める。
(――しかし)
イェルドはヒュンッ! と剣を振り払っていた。
ロジオンは咄嗟に身を引いたが、走り去る剣筋がロジオンの頬に赤い筋を作る。
「老輩は若者に後を託し、後は屍を地に埋めるのみ! ――もはやこの時代に不要なのですよ。女神イスティリア様などという、不人気な神への信仰などというものは!!」
イェルドは更に体を前に出すと、剣を次々と振り払う。
ロジオンは後退りをしながら次々と剣を往なして行くが、否応無しに知らしめられてしまうのだ。
体躯に忍び寄る老化に。
そして、これまで怠り続けてきた軍事という物に対する怠慢に。
「グッ……!」
とうとうロジオンはイェルドの振り払った剣の重さに耐え切れず、尻餅をついてしまう。
そんなロジオンを見下ろしながら、イェルドはスッと剣先を向けていた。
「あなた方の信仰する神はもやは遺物たるもの。加護無き神に意味は無い。そう――あなた方の神は死に絶えたのですよ、キング・ロジオン」
そしてイェルドは迷い無く剣を振り払っていた。
剣身が王の首に抉りこまれ、ストン――と、頭と体を別つ。
どくどくと溢れ出しては地の上を染めて行く赤い噴水に冷めた眼差しを向けながら、イェルドは言っていた。
「さあ――行け! モレクの勇士たちよ! 残すは残党のみだ! 今こそグランシェス城に乗り込んで、勝利の旗を掲げようではないか!」
ワアアァァァッ!! と、モレク兵たちの歓声が沸き起こる。
それと一転し、グランシェスの兵たちはもはや戦意を根こそぎもぎ取られた様子で、散り散りになって逃げて行く途中だった。
そんな弱者たちの間を縫いながら、イェルドは兵士たちに混ざって城内を目指す。
旗を掲げる役目など兵士に任せておけばいい。
彼の本当の目的は――
(フレドリカ=ドーシュ=グランシェスといったか)
イェルドは笑みをその表情に含ませていた。
(フェリシア姫の代替の姫君。まだ居るだろうか? 一応、銀髪の女を見掛けたら捕まえておくようにとは通達してあるが。逃げ出していなければ良いがな……)
そう考えながら、イェルドは戦地を駆けて行った。
グランシェス城の内部は、逃げ延びた民衆たちによってごった返している状態だった。
あちこちからすすり泣く声が聞こえ、外から伝え聞こえてくる砲撃の音や銃声が聞こえる度に、民達が怯えている様が見られる。
それでも尚、この期に及んで女神イスティリアへ祈り続ける者が居たり、中には、怒り任せに大声を上げる者も居た。
「女神イスティリアなんて迷信なんだ! 証拠に、見てみろよ! 敵陣が来れば吹雪で守ってくれると言われていたのに、ただの一度も守ってくれた事があったか?! あんなもの! 銀髪の利権者たちが利権を啜り取るために考え出した迷信に決まってる!!」
半ば暴徒のようになり始める民衆たちは、声を重ねて言った。
「まだこの城内に隠れている、グランシェス王族を炙り出せ!! 我々の手で殺すんだ! そうしたらまだ間に合うかもしれない! モレク兵にお慈悲を頂けるかもしれない!」
そんな彼らをなんとか食い止めるのは、城内に残っている使用人たち。
メイドや執事、あとは前線に行っていない軽度の負傷兵と、下っ端の騎士たちだった。
「落ち着いてください!」
「今にもグランシェス王が奇跡を起こしてくださいます!」
「だから、信じて待ってください!」
彼らは口々にそう言ったが、――そうなるわけが無い事は、もはや誰もが知っている事だった。
それでも彼らは嘘でも良いから、民衆たちを宥めるために叫び続けた。
信じてください! と。
しかしその努力も虚しく、徐々に民衆たちの声は大きくなってゆく。
いつしか城内は、「殺せ!」という声で溢れ返すようになっていた。
「迷信を殺せ!」
「女神イスティリアの幻想を殺せ!」
彼らは口々にそう叫び続けていた。




