16:決戦
北に白銀に染まった雪山の山脈を望むことができる、青空の下に聳えるは、灰色の石造りの分厚い城壁に囲まれた、城郭都市。
グランシェス城及びシンバリの町並みは、広大な壁と閉ざされた巨大な門によって、外の平野から隔てられている。
地熱によってほんのりと熱を持つ、雪の無いカルディア地方の平野の上。
そこで、あちこちでグランシェスの国旗を翻しながら、まるで門を背後に守るかのようにして布陣するのは、八万規模のグランシェス兵たち。
八万のうち、およそ三万が白塗りの鎧に身を包み、他の兵たちは各々が持ち込んだ鎧を纏っている。
統一感の無い色の軍は、グランシェスが掻き集めるだけ掻き集めた、精一杯の戦力であることを否応なしに表している。
鉄板を打ち込んだ木製の防御壁を横一列に配置し、その裏手にはクロスボウを構えた弓兵が。
後方には騎兵と各々の武器を手にした歩兵たちが布陣し、更にその後ろ手には二台のカタパルトが控える中――いよいよ、ラッパの音が鳴り響いた。
「砲兵、放てェ――!!」
最初に号令を上げたのはモレク兵側だった。
未だクロスボウやカタパルトの射程に入らないうちから、轟音が轟くと共に石の砲丸が次々と打ち込まれる。
それらはけたたましい音を上げながら防御壁の手前側の地面を次々と抉って行ったため、「うわっ!」「ひいっ!」と、戦い馴れていない民兵たちが情けない声を上げて、頭を抱え込んで伏せるようになった。
「怯むなッ! 大して当たらん!!」
民兵の指揮を任された隊の長が怒号を上げている。
「砲の数にも限りがある筈……じっと耐えて、クロスボウの射程まで引きつけて……!」
未だ人の姿が霞む平野の先を、隊長が見据えたその時である。
「第一陣、撃てェ――!!」
そんな声と共に、ズドドドドーン! と音が鳴る。
「うっ!」
「ぐうっ!」
防御壁の裏手に隠れていた筈の弓兵達が、次々と呻き声を零し倒れ込んで行くのを見て、グランシェス軍は顔色を変えていた。
「なにッ――」
動揺が広がるうちに、ドドドドという馬が地を叩く音が轟いて来る。
ひゅんひゅんと長弓による矢が隙間なく飛んでくる中、「突撃――!!」という号令と共に、一斉に前面からパイク兵が、左右からは騎馬兵が突っ込んできた。
「クッ、こちらも突撃だッッ、総力を挙げて挑め!!」
そう叫んだのは、総合指揮を執るグランシェス騎士団の騎士団長、オスカル=ヴェストフェルトだった。
それに応じるようにして、「「ウラアァァァァッ!!」」と、グランシェス兵たちが一斉に喊声を上げ、次々と走り出して行った。
まるで大きな波がぶつかり合うかの如く、雪の無い平野の上で、白いまだらの軍勢と黒一色の軍勢が一挙に入り乱れるようになった。
あちこちで鉄がぶつかり合う音が響き渡り、血飛沫が舞い散る。
グランシェス兵が一人を切り殺す間に、モレク兵が五人、六人と手に持ったパイクで刺殺して行く。
白い兵士を殺したモレク兵の背中目掛けて、「ハアァッ!」と、三人、四人と民兵たちは次々と斬り掛かるが、すぐに振り返ったモレク兵が手に持ったパイクを横薙ぎにブンッ! と振り払う。
ドカドカッ! と鈍い音がして、パイクの柄部分で殴られた民兵たちが一斉に吹き飛び、そちら側に居た味方のグランシェス兵をなぎ倒す形で地面に転がっていた。
「なんて力だ……!」
慌てて立ち上がろうとしたグランシェス兵の額を、モレク兵のパイクがストンと貫く。
「グッ、ウウ……」
呻き声を上げ、兵がそのまま地に伏した頃には、既に他の民兵たちが他のモレク兵の手によって、絶命した後だった。
「つ、強い……これが戦神ダンターラの加護を持つ信徒の力だと言うのか……?!」
唖然としながら呟いたのは、軍勢を率いているオスカル騎士団長である。
そんな彼の元にも、一騎の黒金の鎧の騎兵が走り寄ってきた。そして、ドスッ! と、手に持ったランスによって分厚い鎧の装甲ごと討ち抜いていたのだ。
騎士団長が血を吐き、倒れ込む頃には、辺り一帯には屍の山が築き上げられていた。
その累々たる様を見て、残ったグランシェス兵たちが、いよいよ敗走を始めていた。
「うわあぁっ!」と情けない声を上げながら、武器を捨てて散り散りに逃げ惑う兵たちをモレク兵は見送っていた。
彼らが逃げ終えた頃、城壁の上からずらずらと、クロスボウを構えたわずかなグランシェス兵たちが、横一列に並ぶ姿を見せるようになる。
「撃て――ッ!!」
そう号令を掛けたのは、ロジオン国王だった。
いっせいにクロスボウを放つ兵の後ろ姿を、人気がすっかり消えた石畳の大通りから見上げながら、馬に跨ったロジオンはギリッと歯を噛みしめる。
(この城壁を突破されてしまっては、我が城は……!)
グランシェス軍が必死に抵抗を続ける姿を見てニヤリと笑ったのは、戦車の上から戦況を眺めていたイェルドである。
「時代遅れの武器しか無く、練度も低く、寄せ集めなければ数も無い。脆い……実に脆いものだな、グランシェス軍は」
イェルドの声を聞き、傍らで頷いたのは、馬に跨っている黒金の鎧の騎士キャスペルだった。
「如何されますか?」
キャスペルの問いかけに応じるかのようにして、イェルドはスッと片手を正面へ突き出していた。
「このまま、真正面から突入する」
キャスペルは頷くと、叫んでいた。
「砲兵、構え――!!」
するとキャスペルの声に応じるようにして、各砲兵の隊を率いる隊長たちが、各々「砲兵、構え――!!」とキャスペルの言葉を反復する。
やや、間を開けた後。
「放て――!!」
雪の無い平野に号令が響き渡る。
間隔を開けながら布陣を引いた砲兵たちが、いっせいに導火線へと火をつけた次の瞬間。
ドンッ! ズドーン! と、爆発音と共に巨大な石の砲弾が何発も城壁に向かって放たれる。
弾が飛んでくるのを見たクロスボウの兵たちが隊列を崩して散り散りに逃げ惑う中、放たれた砲弾が轟音を鳴り響かせながら次々と城壁にぶつかり、何十発目かの砲撃によって、とうとう城壁が撃ち抜かれた。
穿たれてガラガラと崩れ落ちる城壁を見ると、イェルドは叫んでいた。
「突入だ!!」
するとモレクの軍勢は、いっせいに武器を構えると、開いたばかりの穴から城壁内へと雪崩れ込んでいたのだ。




