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9:竜と王

 グランシェス王国エルマー地方、西手の主都ウェストザート近辺の雪原。

 南北を山で挟まれたこの平野の方面へグランシェス兵たちが逃げて行った時、ウェストザートにて籠城戦を行うのかとヴィルヘルム王は思った。

 しかしグランシェス兵たちは籠城するどころか、途中で陣を布いて待ち構えていたばかりか、正面から打って出るという形で迎え撃った。


(ダンターラ様の加護を持つ我々に対し、いよいよ打って出るとはな。よほど自信があるのか、或いは秘策があるのか? ――イェルドを討つ程の将だ。無策な筈がない)


 ヴィルヘルムはそのように考えたが、兵達に突撃を命じた。

 真正面から勇ましく戦う――それこそがモレク兵らしい戦い方であり、そして。


(結局、我々にはこの手段しか無いのだ。我々は勇敢になればなるほどに加護を得る! 我らが戦地にて勝利を収めてきたのは、勇敢さゆえのもの。それを覆す事は許されぬことなのだ!)


「ダンターラ様よ、しかと見届けてほしい……我らのこの勇ましさを! そして加護を与えたまえ!!」


 ヴィルヘルムは無事な方の手で自身もまた剣を取ると馬を走らせて兵達に続いた。

 既にあちこちでは乱戦が始まっている。

 中でもひときわ目を引くのが、白銀の竜。


(リディニーク、と言ったか)とヴィルヘルムは考える。


(話を聞いた時には耳を疑ったが、まさか直に見せつけられるとはな。これではおとぎ話の存在を信じるより他無いようだ……)


「――しかし」


 ヴィルヘルムはキリリと前を見据える。


「それが仮に幻覚であろうと現実であろうと、我らが成すことに変わりはない!」


 ヴィルヘルムは竜の周囲に屍が築き上げられている様に気付いていた。

 しかし彼は自身もまた負傷しているにもかかわらず、ひるまずに剣を手に真っ直ぐ突き進んでいったのだ。


「陛下、さすがに敵が悪すぎます!」

「万が一の事があったら……!」


 ヴィルヘルムに気付いた周囲の兵が止めようとする。


「いや、止めるな!!」


 ヴィルヘルムは彼らを一喝していた。


「ここで行ってこそダンターラの国の王を名乗るに相応しい! ドラゴンスレイヤーの名すらも我が物としてくれる!」


 ヴィルヘルムはリディニークの元へと直進して行った。そしていよいよ剣を手に対峙していた。

 すぐに相手が敵将と見て取ったリディニークは、「コオオォォ」という声で嘶くと周囲のモレク兵を投げ飛ばし一直線に突き進んだ。


(無論、わかっておる! ヤツを討てば戦が終わる!)


 リディニークは爪を高々と振り上げると、ヴィルヘルム目掛けて振り下ろす。


「グッ!」


 ヴィルヘルムは馬上では間に合わないと見て取るとすぐに自ら身を雪原の方へ投げ出して転がった。

 リディニークの爪は馬に食いつき、馬は嘶きながら血を迸らせ吹き飛んで行った。

 ビチャチャと白い地に赤い血痕が舞い散る。しかしそこは既にあちこちに赤い染みを作っていたため、それが元からなのか今し方生み出されたものなのか区別が付かなかった。


「邪竜め、覚悟!」


 ヴィルヘルムはすぐさま立ち上がるとリディニークの足元へと駆け寄っていって剣を振り下ろす。


『グウ……!!』


 リディニークは剣を受けてよろめくがすぐに足元で踏ん張った。図体が大きい故に小回りが利かないのだ。

 しかしだからこそ周囲にグランシェス兵達が控えている。


「こ、この野郎っ!」


 グランシェス兵の一人が、一瞬ひるんだもののヴィルヘルム王に果敢に挑みかかる。

 彼の振り下ろした剣を受け止めたのはモレク兵だった。


「陛下と竜の決闘を邪魔させるものか!」


「くそう、なんだと?!」


 すぐさま竜と王の周囲では混戦が始まった。

 竜を守りたいグランシェス兵と、王を守りたいモレク兵との間で剣が幾度も切り結ばれる。

 その最中、ヴィルヘルムはリディニークと戦う。


 リディニークが尾を振り払うと、ヴィルヘルムは素早く飛び退いてすぐさま懐へと駆け込んでくる。

 リディニークが体を大きく揺すって体当たりを食らわせようとすれば、ヴィルヘルム自身が後方へ吹き飛ばされようとも構わずに、そのまま剣を打ち付けてくる。


「ふふっ、燃えてきたぞ……! なあ、お前もそう思うだろう、白竜よッ!!」


 加護の通用しない相手と対峙しているというのに、ヴィルヘルムは笑みを浮かべていた。


(くそっ、この男……厄介だぞ……!)


 リディニークはそれに気付くと眉間にしわを寄せる。

 王の戦い様を見ていた兵達は奮い立っていた。

 竜にひるまないどころか、真正面からやり合っている。さすが我々の王だ!

 そう感じたモレク兵たちが「オオオォォォッ!!」と雄叫びを張り上げる。


「王に続け!!」

「遅れを取るなッ!!」


 兵達は益々元気を取り戻したかのようになって次々とグランシェス兵に切り掛かる。

 加護による所もあるのだろうが、彼らの体力は底なしのように思えた。片やグランシェス兵には加護が無い。


「くそっ、こいつら化け物か……!」

「やはり強い……!」


 徐々に押されてゆくグランシェス兵たち。

 一人、また一人と獲物の餌食となっていくのを見て、中には恐怖で震え出す者まで。


「怯むなよっ!!」


 そう叫んだのはルドルフだった。


「見ろ、リディニークとて戦っている! 俺たち人間の国とは何ら関係のない場所に居る白竜が、俺たちのために前に立っている! だったら俺たちもやらなきゃどうするんだッ、お前ら、退いたその先には何も無いがな、立ち向かう先には勝利という可能性があるんだ!!」


 言うが否やただ一人躍り出るルドルフの姿は、モレク兵の目から見ても勇ましい武人だった。

 加護がある相手に対して、次々と薙ぎ倒し互角以上の実力を見せるルドルフの姿にグランシェス兵たちは勇気を取り戻す。

 しかしそれだけではどうしようもないのだ。


 長引き始める混戦によって、今や兵達には疲労の色が溢れ始めている。

 リディニークもまた、ヴィルヘルムと繰り返し切り結ぶうちに一つまた一つと傷を増やして行き、ついには肩で息をするようになった。


『はぁ、はぁ……ククク。ぬしら、とんでもない人間を敵にしておるのじゃな? ワシならば確かにこやつらを屠ることができる。しかし、どうやら底なしの体力だけは覆せぬようじゃ。まったく、人間というものはワシらのブレスを実に器用に扱うものじゃな』


 リディニークはヴィルヘルムと対峙する事によって初めて人の手によるブレスの転用がどういった事なのかを実感するに至っていた。


(……なるほど。通りでワシらはアルディナ・マニには勝てなかったわけだ)


 いつかエーミールが弱い者にしか無いものがあると話していた事を、この状況であるに関わらずリディニークは思い出していた。


『……――しかし』


 リディニークは笑みを消すと、代わりにヴィルヘルムを睨み付ける。


『一度是としたものを覆す事は性に合わぬでな……! 我が名はリディニーク!! 氷結を司る、グランシェスの竜!! そうと決めた以上、古竜の名に懸けて貴様に後れを取るわけにはならぬ!!』


 リディニークは一度身を大きく翻すと、コオオォォと高らかに嘶いた。

 騒音に包まれた混戦の場であっても、リディニークのその『声』は場の皆に透き通るように行き渡る。


(……リディニーク)


 エーミールはリディニークの声を聞き、唇の端を持ち上げていた。


「――竜と人とは分かり合えるよ」


 エーミールの呟きがよく聞き取れなかったか、傍らの護衛の兵士が「はっ?」と声を出す。


「いや、なんでもないんだ。それより、この場は任せた。僕はちょっと用事が出来たんだ!」


 エーミールはそう言い残すと、自身が乗っていた犬ぞりにつながれた犬に向かって、「ヴィズ、ゴー!」と叫ぶ。


 その白い犬は「バウッ」と答えると、主人が望む方向へと駆けて行った。





 その頃、グランシェスの女王たるフェリシア=コーネイル=グランシェスはグランシェス城には居なかった。


「……大丈夫かしら」とぽそりと呟いたフェリシアが佇んでいたのは、エルマー地方の主都ウェストザートに佇むエルマー城。

 そこの屋上からならば、戦場の方向へ続く雪原を望む事ができる。

 白塗りのグランシェス兵たちは見えないが、雪の上においてよく目立つ黒塗りのモレク兵ならば、ぼんやりと確認することができる。

 それほどの距離で今、兵達が、そしてエーミールが戦っているのだ。


 本当はエーミールに付いていくつもりだった。

 しかし、さすがに危険であることと、「戦場は怖いだろ?」

 見透かしたようなエーミールのそんな指摘によってフェリシアは引いていた。


 代わりに、近くまで来る事にしたのだ。

 前からしか敵は来ないとわかってはいても、一人でグランシェス城に残るのは恐ろしかった。だからせめて彼の近くにと。


「今は信じるより他ありません」


 そう答えたのは、ここエルマー城の城主であるパトリック=エストホルム=エルマーだった。近頃エルマーの領主に任命されたこの元騎士団長は、女王の傍らに騎士さながらの面構えで立っていた。


「エーミールの指示通り、ヴァロトア王国へ続く関所の門は開いております。後は彼の考えに従うまでです。……陛下とて、信頼されておるのでしょう?」


 パトリックの質問にフェリシアは静かに頷く。


「もちろんです」


「陛下の信じる男ならば、我々にとっても信頼に足る男です」


「いいえ。それは違いますよ、パトリック」


 フェリシアはそう言って微笑を見せる。


「既にあなた自身、彼を信じていますよね」


 すると一瞬面食らった表情を浮かべた後、パトリックは破顔した。


「確かに、それもそうですな」


 その時である。

 雪の景色の彼方から近づいてくる一台の犬ぞりをフェリシアは見つけていた。


「――あら? あれって……」


 目を瞬いているうちにその影は徐々に大きくなっていく。

 噂をすれば影がさすとやらだった。


「……――エーミール様ですな」と、パトリックは呟いていた。

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