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3:モレクの使者

 ゴート兵団の後継を名乗るグランシェス兵の参入によって一気に信用を得る事が出来た領主フレドリカは、その後加速度的にみるみると復旧を行う事に成功した。


 グランシェスからやってきたゴート兵の大半はゴート地方をよく知らない者によって占められているが、何しろトップがあのカイ=セリアンである。

 ゴート市民にとって、最も苦境に立たされていた最中の励みだったその白い毛皮は今でも安心する要素となるようで、気付けばゴート兵団の装具がそのままゴート兵のコスチュームのようになっていた。


「温かくてフワフワだし、良いんじゃないでしょうか?」という、深く考えていなかったフレドリカの発言によってその毛皮は量産され、ゴート兵の一人一人に支給されてしまった。

 その時にフレドリカは初めて自身の発言の重要性を自覚して慌てていたが……。


「まあ、良いのでは?」と言って傍らで笑うカイの姿に、フレドリカはホッとして肩の力を抜いていた。


 また、フェリシアが指名してくれたヴィルギニア卿は、随分と治世に手慣れた様子だった。聞けば実兄がゴートの前諸侯であるヨシェフ=タルクヴィード=ゴートの補佐官を務めており、自身は万が一の時に備えてその為の教育を施されていたらしい。


「でも私は補佐官向けじゃないのよ本当は。お転婆に育っちゃったからね。と言っても、こんな御婆ちゃんですから、お転婆も何もありませんわね、オホホ」


 そう言ってヴィルギニアはあっけらかんと笑っていたが、逆にそれがフレドリカを安心させた。何故フェリシアがこの女性を指名したか、フレドリカは理解していた。


(フェリシア様はちゃんと私のことを気に掛けててくれたんだ……)


 そう考えると、これまでの事を申し訳なく感じていた。



 とはいえこうして順調にゴート地方の運営は行われた。

 臣民はカイがまとめてくれるし、フレドリカのぎこちない行政はヴィルギニアがフォローしてくれる。


「フレドリカ様。各所に火薬があるみたいです、数量を把握して管理しておきましょう」


 右からリストを持ったカイにそう提案されれば、「はい、お願いします!」と答え、


「フレドリカ様。物資の分布なんですけどね、こっちの町で入荷量が少ないんですって。増やしてほしいって言われてるんだけど、私はアスターもそうですけど、もっと東側に交易ルートを増やした方が良いと思うのよ。また何があるかわからないからね」


 左から地図を持ったヴィルギニアにそう提案されれば、「ではそれで、お願いします!」とフレドリカは答える。


 そんな調子でしばらくやっているうちに何も提案らしい提案が出来ていない自分に気付き、フレドリカは落ち込んでいた。


「私、皆さんに任せてばかりで……ごめんなさいっ」


 慌てて謝罪するフレドリカの姿に、城に居る家臣たちは皆緩んだ表情を見せて首を横に振る。


「いえいえお気になさらず、フレドリカ様」

「そうですよ。領主様の御心が大きいからこそ我々は自由に働けるのです」


「そ、そうでしょうか? でも私、皆さんの足を引っ張っていないか心配で……」


 うるっと瞳を潤ませるフレドリカの態度を見て、へにゃっとした笑顔を家臣たちは見せていた。


「いやあ、こんなに可愛い領主様ですもん。僕達なんでもしますって! なあ?」

「そうそう、フレドリカちゃ……じゃなかった。フレドリカ様超可愛いですもん!」


「えっ……そ、そんな、私なんて」


 途端に顔を真っ赤にさせてモジモジとするフレドリカの後方から、氷のような殺気が突き刺さってくるのを家臣たちは察知する。

 気付けばフレドリカの後方に控えるように立つカイが、だらしない笑顔を見せている家臣たちを凍て付くような視線で見守っていた。


 家臣たちは慌てて姿勢を正すと、「で、では! 我々は公務がありますからこれにて失礼いたします!」「それでは!!」と畏まった口調で口々に言うと、まるで背中に棒でも差し込んでいるのではないかという程にピシッと姿勢を真っ直ぐ正したまま立ち去るようになった。


「……あの。私、何かしましたか?」


 キョトンとして首を傾げるフレドリカの後ろでカイは爽やかな笑顔と共に、「いえいえ、彼らも忙しいのでしょう」と答えていた。



 しかしそれから二ヵ月ほどした頃、こうした順調な日々に影を落とすような出来事が起こる。


「閣下、報告致します」


 その日執務室にヴィルギニアとカイと共に居たフレドリカの元に現れたのは、一人のゴート兵である。


「モレク王国方面より馬車が一台。どうやら兵ではないようですが、立派な国章と装飾を付けていましたから、王国関係者である事は確かであるようです」


 終戦したとはいえ、ここしばらくの間、モレク王国の関所は要注意となっている。

 既に市民同士の行き来は徐々に行われ始めるようになっている現状であるが、王国関係者となると良く目立っても無理はない。


「如何いたしますか? 一応は通しましたが、どうやらシンバリへ向かっているようで……」


「……念のため、陛下に報告しておきましょう」


 それがフレドリカの下した判断だった。


「ええ、それが良いでしょうね」と隣でヴィルギニアが頷いたため、フレドリカはホッとしていた。


「ではそういう事で、お願いしますね」


「はっ、畏まりました!」と言って兵は敬礼を行っていた。





 およそ二日の後、その報告はグランシェス城に居る女王フェリシア=コーネイル=グランシェス公の元へ届けられた。


 謁見の間の玉座の上で伝令からの報告を聞いた、その肩までの長さの銀色の髪を持った若い女王は、「……ゴートからの使者、ですか」と呟いて口元に手で触れていた。


「念のため、警戒するようにとフレドリカ卿が……」


 ゴート兵がそう告げると、すぐに微笑んで「わかりました」とフェリシアは頷いていた。


「報告ありがとうございます。道中ご苦労様です。下がって良いですよ」


「はっ、それでは、失礼いたします」


 兵が立ち去った後、フェリシアは傍らに居る、自身の最も信頼している相手である灰色の髪の少年の方を振り返っていた。


「エーミール」とフェリシアは彼の名前を呼ぶ。


「兵ではないとの事ですから、何か起こるとは思えませんが……」


「うん、そうだね」とエーミールは頷いていた。


「でも、終戦したとはいえ関係の良くない相手ではある。警戒するに越した事は無い」


「そうね。しかし、かといって兵を増やしたりなど露骨な事をして心象を貶める事は悪手であると思います。今は国力に余裕がありません。あまりキナ臭い事になってほしくはないのですが」


「そうだね。少し心配だけど、普段通りを装うしかないか……」


「ええ。訪れる使者の為に予め、この国で今用意できる中で一番立派な食事と寝床を用意しておきましょう。――カリーナ」


 フェリシアは、エーミールとは対照の方向に居る自身の補佐官の方へ視線を向けていた。

 そこに立っている栗色の髪をひっつめにした貴族の女性が、「はい」と返事をする。


「使者の現在地から到着日を逆算して……今言ったとおりの仕度をお願いします」


「畏まりました」とカリーナは答えていた。


「立派な食事と寝床?」


 エーミールが疑問を口にすると、フェリシアは改めてエーミールの方を振り返った。


「ええ、その通りです。関係が不安定な相手だからこそ、そうする事によって、こちらの好意と、何よりも『これだけ国力には余裕があるのだ』という態度を示す事ができますからね。軍事はあなたの独擅場ですが、平時は私にお任せくださいな」


 そう言ってフェリシアはにっこり微笑んでいた。

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