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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 仮初めの王女
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11:交渉決裂

 勅使は長毛馬に乗り、雪原を走り往く。


 彼が運ぶのは、モレク王国に向けて認められた手紙。

 これがグランシェス王が選んだ、モレク王国に対するけじめのつけ方だったのだろう。


 それは、フェリシアという無礼を働いた娘への迫害と、フレドリカという新しい娘の献上という形によって成されるものだ。


 その手紙を謁見の間で受け取った時、玉座に腰掛けているモレク王はしばらくの間無言で手紙に目を通した。

 勅使は頭を下げ、跪いた姿勢で、粛々と返事を待った。


 しばらくして読み終えた王は、傍らに立っている者へ向けて手紙を差し出す。

 それは第二王子のイェルドだった。


 致命的な無礼を働いたグランシェス国から使者が来ると聞いて、一体どんな謝罪をする気なのか見届けてやろうと思ってここに来た。

 そんなイェルドの元に、国王が手紙を差し出してる。


「お前が決めろ」

 端的に王はそう言った。


 イェルドは手紙を手に取ると、目を通していた。


 そこにはこう書かれていた。


『以前、貴殿に成してしまった娘の無礼は、万死に値するものである。フェリシアは貴殿への贖罪の為に自ら命を絶つことを選び取った。しかし私にとって彼女という存在は、ただ一人の跡継ぎである。その跡継ぎを失くした私は、失意の元にあったが、新しい跡継ぎとしてこの度、いとこ違いの娘にあたる者を養子として迎え入れた。新しい我が娘フレドリカは、美しく可憐な娘である上に、フェリシアよりも六つもうら若い未成年の少女であるが故、以前のような間違いは二度と起こる事が無いだろう。この娘を改めて貴殿の元へ輿入れさせたい。これを持ってして、貴殿への贖罪とさせて頂きたい。貴殿の名誉が保たれることを、グランシェス王家は切に祈っている。――敬具』


「名誉――か」


 手紙を読み終えた時、イェルドは笑っていた。


「確かに私にとって――否、王家として生まれた者にとって、名誉とは何者にも代え難き重みを持った存在だ」


 イェルドは勅使に向かってそう語り始めたため、勅使は恐縮しながらその言葉を聞いていた。


「――しかし」と、イェルドは言葉を続けていた。


「だからこそ、先の貴国の無礼には煮え湯を飲まされた。あれほどの無礼は未だかつて無かった! 私は貴様らの主である馬鹿な姫君の手によって、笑い者に貶められるという、最上級の愚弄を受けたのだ!!」


 イェルドはギュッと手に持った手紙を握りつぶしていた。


「それを新しい“生贄”で無かったことにしろと、貴様の王はそのようにぬかすのか!!」


「戯けめがッッ!!」と、イェルドは血相を変えて勅使に向かって叫んでいた。

 勅使を睨み付ける、そのエメラルドグリーンの目は怒りに燃え上がり、今や憎悪の炎をたえぎらせていた。


「それでこの私の溜飲が下るとは思わないで頂きたい。それこそ甘く見られた証拠ではないか!! 何の痛みも受けずして、何の裁きも受けずして、矛を収めてもらえるなどという甘い考えは捨てる事だな、グランシェスよ!! 私は、私は絶対に許さないッ!! 貴様の国の姫君が私にしたことを……私がこの身に受けた屈辱をッッ!!!!」


 そしてイェルドは勅使を指差すと、高らかと叫んだのだ。


「戦争だ!!」――と。


「ここに宣戦布告を宣言する!! 徹底的にこの私を愚弄した罪を、嘆くが良い!! 貴様の国土を蹂躙じゅうりんし、民を嬲り者にしてやるその日まで、私は決して、死の先へと逃げ延びた貴様の姫を許さぬからなッッ!!」


 そんな息子の激白に、玉座に腰掛けているモレク王は落ち着き払った面持ちで、ただ一言。

「……好きにしなさい」と言うのだった。


「ど、どうか。どうか、ご慈悲を……!!」


 真っ青になって勅使が頭を床にこすり付ける。

 そんな勅使にイェルドは「いいや!」と怒鳴りつけていた。


「今すぐ帰って貴様の主に伝えるが良い! 私は決して許さないと。それほどに安い誇りは持ち合わせてはおらぬと!!」


「は、はっ……!」


 勅使はイェルドが決して意見を覆さない相手であるということを見て取ると、一礼の後、兵士に伴われる形で謁見の間を後にする。


 後に残されたのは怒りに震えるイェルドと、冷め切った面持ちを浮かべながら、肘掛けに頬杖をつくモレク王だった。


「……いつかは言うと思ってはいたが」と、やがてモレク王はイェルドに向けて話し始める。


「後悔はせぬのだな? あそこは雪深く攻めにくい土地にあるぞ」


 モレク王の確認に対して、イェルドは頷いていた。


「心配せずとも、父上の手は煩わせません。これは私の問題ですから」


「べつに心配はしておらんよ」と言ってモレク王は笑っていた。

「我々には戦神ダンターラ様の加護があるからな。戦にはとんと強いよ、我が国は。自信を持ちたまえ」


「――それに」と、モレク王は続けていた。

「あの国が息子を愚弄した事は、私に対する愚弄でもあるからな。むしろお前がその気になってくれて、嬉しく感じているところだ」


 その後、モレク王はふと笑みを消していた。


「とは言え……――グランシェスとは、雪と氷の女神イスティリアが加護している北端の国。 どこまでの加護があるのか、我々の戦力にどれだけの影響があるのか……それはわからぬが、油断するでないぞ……イェルド」


「もちろんですよ、父上」とイェルドは頷いていた。


「この戦、私が布告した以上は私に一任させて頂きます。そうしない限り、私の名誉を取り戻すことはできないのです。これは侵略ではない。名誉を取り戻すための――聖戦です」


 そう言って眼を細くすぼめるイェルドに対して、「――うむ」と、モレク王は頷いていた。





 帰還した勅使の持ち帰ってきた報告をいつもの書斎で聞いた時、グランシェス王のロジオンは愕然とした表情を浮かべていた。


「なんだと……?! 宣戦布告だと……?!」


 ロジオンは項垂れるようにしてデスクに手を突いていた。


「くそ……あれでは溜飲を下げられぬと言うのか。ならば、どうすれば……」


 ロジオンは深く頭を抱え込みながら、「……もう良い、下がりたまえ」と言って勅使を下がらせた。


「はっ……」


 勅使は頭を下げると、ロジオンの様子を気にしながらも部屋を後にしていたのだ。

 残されたのは、ラルフとロジオンの二人きりとなる。


「――クソッ!!」と、改めてロジオンはデスクとバンと拳で叩いていた。


「上手く行かん。何もかもが上手く行かないではないか……! もはや手遅れというのか? 女神様は……――」


 言い掛け、すぐにロジオンは首を横に振っていた。


「いや……――疑うわけにはいかぬ。こうなってしまった以上、女神様の加護を信じるしかないのだ……! 先祖代々、千年もの歳月を乗り越えてきたこの国を、イスティリアの民を、このようなくだらん戦争で終わりにするわけにはいかん!」


「では、陛下……」


 口を開きかけるラルフに対し、ロジオンは頷いていた。


「戦争だ! すぐに戦の仕度を始めるのだ!! こうなれば、徹底抗戦するしかあるまい! 雪の厳しさを知らぬ、『傲慢』だけで生きていけるような異国の王族に、我が国が平伏してなるものか!!」


「御意」と言って、ラルフは深々と敬礼していた。

 それからラルフは書斎を後にした後、すぐに主の命令を行き渡らせるための仕事に入っていた。


 そうしながら心の内で、自らの主に改めて忠誠を誓っていたのだ。


(この私、臣下としてこの先何があろうとも、最後までお従いしますぞ……陛下……!)

 ラルフはそう考えると、表情を引き締めていた。


 ロジオンのこの国を思う心は本物なのだ。

 それは先代が脈々と受け継ぎ続けてきた誉の上に立っているものであるということはわかっている。


 それでも今の国王は、この国のことを誰よりも深く想い、誰よりも深く愛しているのだ。


 その愛は、妻にも娘にも向けられていないことは誰の目にとっても明らかであろうとも。

 ――ロジオンは、ただ、ただただ、この国の未来を想い見つめている。


 それがラルフの主である、グランシェス王たる人物の姿なのだ。

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