表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
302/324

9:今日限り

「か、カリーナ……?」


 息を飲むルドルフに対し、カリーナは泣きじゃくりながら大きく首を横に振っていた。


「嫌よっ、私、ルドルフさんに二度と会えなくなるだなんて、もう二度とそんな事考えたくもないんだから……!」


 カリーナのルドルフに抱き着く手に力が籠っているのがわかる。

 その震える手から、ギュッとすがり付く体から、絶対に離すものかという意志を感じ取ってルドルフは動揺していた。


「お、お前な。俺が嫌いなんじゃないのか?」


「嫌いな人のお世話をするわけがないでしょう?!」と、カリーナが言い返して来たため、ルドルフは目を白黒とさせた後むっつりと黙り込むようになる。

 むー……としばらくの間ルドルフは天井を仰ぎながら唸っていた。


(ま……参ったな、これは……)


 こんな状況、生まれて初めてである。

 いや、一度はセシリアにアプローチを掛けられた覚えならあった。しかし、まさかカリーナがこんな態度に出るなんて。


(い、意外だ……どうなっているんだ……? ……いやそれにしても、本当に参ったものだ。いやあ、参った参った……)


 正直に言おう。満更ではなかった。

 口喧しいのを差っ引けば、普段のカリーナは誰が見ても気品がある美女なのだ。


 それに彼女は貴族のくせにメイドなんて事をやっているせいか、手先は器用だし家庭的だし家事炊事完ぺきな上に、よく気が利く。……まあ、掃除や洗濯や家事炊事と言った類は、本当ならば専属メイドのような上流メイドがやる仕事ではない筈なのだが。

 何故彼女がそういった雑務もしているのかは謎である。どうせ聞いたところで趣味とか気になって仕方ないからとか、その程度の回答しか得られない事は容易に想像が付くが。


(とは言え……は、早まるな。早まるなよ、俺。そ、そうだ。カリーナは男に興味が無かったんじゃないのか?!)


 そう思い直し、ルドルフは質問していた。


「お前な……、フェリシア陛下が好きなんじゃないのか?」


「それはそれ! これはこれ!」


 カリーナから思いがけない返事が返ってきて怯みそうになるが、ルドルフは更なる疑問をぶつけていた。


「あ、あのな。生涯ミスを貫くって言ってなかったか?」


「なっ」と言ってカリーナは涙を引っ込めた代わりに、真っ赤になっていた。


「きゅ、急に結婚の話になるわけないでしょッ?! あ、あのねえ、ルドルフさん!」


 カリーナは赤い顔のままガバッとルドルフから離れていた。


「私は貴族! あなたは庶民! おわかり?!」


「いやまあ、そうだが。お前、俺の傍に居たいんだろ?」とルドルフは真顔になっていた。


「ばっ、馬鹿! そ、そそ、それはちょっとなんて言いますか……」


 カリーナは言いよどんだ後、「とにかく!」と叫んでいた。


「確かに私はあなたが嫌いじゃないわよ。だからと言って、結婚とか、付き合うとか、それはありえないに決まっているでしょう? そんな事ができる筈も無い。た、確かに私は、あなたについては……何も感じないわけではないわよ、でも、でもですよ――」


 もじもじとするカリーナの態度を見て、(……これはいかんな)とルドルフは考えていた。案の定気が付けば、腕を掴むなり自分の方へと引き寄せていた。


「だったら付き合えよ。貴族とか庶民とか、俺にはわからん」


「はっ?!」というカリーナの呆気に取られた表情を見て、ルドルフはハッと我に返っていた。


(ああ、やっちまった)と思って、ルドルフは後悔していた。


「ああ……すまん。イキナリ変な事を言ってしまったな。悪かった……」


 慌てて謝りながら手を離した後、目を逸らしてじっと黙り込んだルドルフの姿を見ると、カリーナはなんだか彼が可哀想になってきてしまった。

 そうなのだ。下手すれば、今日が彼にとって最後の日であるかもしれないというのに……。


(私ってば、こんな時にまで庶民とか貴族とか……。馬鹿みたいよね、本当に……)


「……わかったわよ」


 やがてボソッとカリーナが言ったことによって、ルドルフは改めて視線をカリーナの方へと戻していた。


「はっ?」


 今のは聞き間違いか? と考えたルドルフに対し、カリーナはというと、頬を真っ赤に染めながらボソボソと言っていた。


「あなたね、馬鹿な事を言わないで。付き合うとか、結婚とか、そういう事は先がまだまだある人が言うセリフでしょ?」


 カリーナの言葉を聞いて、ああやっぱり聞き間違いだったか。とルドルフは思った。それが妙に安堵するような、落胆するような、そんな複雑な気持ちを引き起こすのだ。

 恐らくそれは、フラれたような気がしたからだろう。

 とにかくルドルフはガッカリして、「……そうだよな」と頷いていた。


「確かに、俺がここに居られるのは今日限りかもしれん。処刑か、追放か、或いは……いずれにせよ、少なくともお前の近くに居られなくなる事だけは事実だろう」


「そうね。――だから、今日限りですよ」


 そう言うなりカリーナはルドルフの手を引くと、自身の方へ引き寄せていた。


「私があなたの物になるのは、これで最初、……これが最後」


 そう囁いてルドルフの手を自身の胸元へと導いていた。


「そうすればきっと私も、生涯に一度だけ少し変な感情を抱いた事もあったんだなって……後になっても、そんな風に思っていられるような気がするのよ」


 しゅるりと開いている方の手で胸元のリボンを緩めるカリーナを見て、ルドルフは思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。


「お、お前……」


 そんなルドルフにカリーナは微笑み掛ける。

 二回目に見せた彼女の微笑は緊張した様子で、それでいて妖艶なものとして映った。

 瞳を潤ませ、頬を真っ赤に染めながらも、ルドルフに対して「来て」と囁き掛ける。


「こんな事してあげるの、今日だけなんですからね?」


「あ……う。お、おう……」


 ルドルフはふらふらとカリーナの方へ寄ると、そのままベッドの上へ押し倒していた。

 カリーナは目を閉じるとジッとしている。

 何度も良いのか? これは夢じゃないのか? と自問自答した。が、手に触れる感触は確かに暖かく生々しい女性の物だった。


「カリーナ……」


 とうとう堪らなくなって、ルドルフは彼女に口付けをしていた。

 張り倒されやしないかと心配だったが、彼女はやはり大人しかった。

 小さなくぐもった声を聞き、ルドルフは余計にどうしようもない激情に襲われていた。


(……なあ、お前はなあ……)


 こんな時だというのに、ルドルフは悲しい気持ちに襲われていた。


「お前はさ、なんでもっと早く言わないんだよ。俺もさ、なんでもっと早く言わないんだよ……」


 ぽたりと熱いものが頬を濡らすのはこれが初めてだった。

 カリーナが目を開くとルドルフがボロボロと涙を零しているのがわかって、カリーナは手を伸ばすとルドルフの頭を抱きしめていた。


「……ルドルフさん。わからないわよ、でも、言って良い事じゃないでしょ? これって」


「なんでだよ。なんでだよっ……」


「わからないわよ。でも、生まれた頃からの定めなのよ、これって。だからどうしようもないじゃない……私はあなたなんて好きになるものかって思ってたんだから。あなただって一緒じゃないの?」


「……ああ、そうかもな……」


 ルドルフは項垂れるように頷くと、今は彼女の体温を感じようとしてカリーナを抱きしめていた。


「俺らしくも無いことを言うがな、この瞬間時が止まって、ずっと今が続けば良いのになって思うよ。こんな事、都合の良い幻想だろうが……」


「……ええ、そうね」


 小さく頷いたカリーナに対し、ルドルフは深くため息を吐き出しながら唸っていた。


「……なあ、カリーナ。朝というのは、何故こうも時間が無いんだろうな……」


「……あっ」


 カリーナは思い出していた。

 ルドルフにされた衝撃の告白ばかりに気が行って、すっかり忘れていた。


「なんで……なんで、もっと早くに……時間に余裕があるうちに言わないんだよ……!」


 一世一代のチャンスを目の前にしながら、ルドルフは男泣きに咽び泣いていた。


 はーっとため息を零しながら、カリーナはルドルフの下から抜け出していた。

 そしてぱんぱんと服を整えた後、「……なんか、ごめんなさいね」と謝っていた。


「ぐおお……! 俺のこの行き場を失くしたエレクションをどうしてくれるんだよッ!!」


 ガバッと起き上がるが否や頭を抱えるルドルフに対し、カリーナは苦笑いを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ