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3:新たなる時代

 翌日になってすぐ、エルマー城に滞在していた一同は動いていた。


 ルドルフに告げた通り、ゴート地方の件はエリオットとシグムンドに一任した。

 その一方でウェストザートには、警備活動と破壊した北側の一部の家屋及び城郭の修復作業の為に、二千の兵を滞在させる事に決めたが、規律に疎い民兵上がりが大半を占めているグランシェス軍においては兵による治安の悪化が危惧された。

 そこでエーミールは連れて来ていた騎士団に所属している騎士の一人を、暫定的な隊長としてここに置く事に決めた。


 総隊長を任される事が多いルドルフは例外にして、グランシェス騎士というのは普段は近衛や要人警備が仕事である。そのため、基本的には皆貴族の身分を持っているし、何よりも騎士は全員が旧グランシェス王国時代よりその職務を勤めている。

 有事にまとめ上げられるだけの経験や知識は無いかもしれないが、こと規律に関しては騎士ほどよく理解している者は居ないだろう。

 今となっては殆ど人手が無いグランシェス王国において、やむを得ない処置だった。


「領主の任命はグランシェス城へ帰還後に行います。任命が済み次第、各城に新しい領主や家臣を派遣させて頂くので、その心積もりをお願いいたします」


 フェリシアは出発する前に、エルマー城の前に集めた一同に対してそのように伝えていた。


「それから、セシリア=アーシェルの件ですが……」


 フェリシアが視線を向けた先に居るのは、自身の傍らに居るパトリックの隣に立つ、ルドルフ副騎士団長である。


「心配でしょうが、グランシェス城へ連れて行くわけにもいきません。まだ意識を取り返していないようですし、しばらくはここで様子を見て、その後落ち着いた頃合いを見計らってグランシェス城へ招待させて頂く事に致しましょう」


「……そうですか。いや、そうするしかない事はわかっておりますが……」


 ルドルフは歯噛みしていた。

 そんな彼にフェリシアは穏やかな微笑を向けていた。


「後ろ髪を引かれる気持ちはわかります。ですが、副団長であるあなたをここに滞在させるわけにはいきませんからね。大丈夫、きっとすぐに目を覚ましますよ」


「……はい」


 ルドルフは大人しく頷く事しかできなかった。

 セシリアの事は心配だったが……今は職務の方が優先である。


「じゃあ、そろそろ出発しよう」


 犬ぞりの上からエーミールがそうやって声を掛けてきた。


「はい」とフェリシアは頷くと、行きと同じようにエーミールの犬ぞりに同乗していた。


「よし。では、出発!!」


 エーミールの声によって、グランシェス兵の一同は揃って「「オ――ッ!!」」と掛け声を上げた。

 ウェストザートの大通りを行くグランシェス軍の列を、集まった町の住民たちが歓声を上げながら見送ってくれた。


 この場に集まった彼らは元からこの町に住んでいたグランシェス人である。

 モレク人が来てからというもの、肩身の狭い思いをしながら息を潜めるように生きていただけあって、この町の人々はグランシェスの勝利を大いに歓迎してくれた。

 それに彼らにとって、フェリシア=コーネイル=グランシェス公は旧グランシェス時代からの憧れの人だったようで、そんな彼女の姿をシンバリ意外で直に拝見する事ができるチャンスとあって、この場にはここぞとばかりに大勢の人々が押し掛けるようになった。


「陛下――!!」「フェリシア様――!!」と、あちこちから声が掛けられる様はまるでパレードの如くである。

 フェリシアはエーミールの繰る犬ぞりの上から、そんな彼らに笑い掛けると手を振って応えていた。


 そんな女王陛下の乗る犬ぞりのすぐ後ろには、包帯を巻かれた状態のまま繋ぎ合わせた馬ぞりに乗せられているリディニークの姿もある。

 リディニークはウェストザートの市民にとって見慣れない生き物であるが、一夜のうちにとある噂が駆け巡ったこともあって、彼らは手を叩いたり菓子を投げ込んだりして歓迎の意志を表しているようだった。


 噂とは、二日前の対モレク戦での様相の事である。

 西門付近で行われていた戦の様は、離れた安全圏から見守っていた住民たちによく目立っていたようで、知らぬ間に『救国の竜』『女神の御使い』などといった二つ名がつけられている様子だった。


 今も、主にフェリシアに向けられる民衆の声に交じって、「女神様の竜リディニーク様バンザーイ!!」と声を掛けられ、馬ぞりの上で『ワシは女神の竜などでは……』とリディニークは言い掛けたが、口を閉じていた。


(まあ、ある種誤りではないか。こやつらが慣れ親しんできた女神というものは、ワシのブレスにマルゴルの概念が合わさって生まれ出た物。いわばワシの化身のような物ではないか)


 そう考えると、複雑な気分と共に彼らの言い分を飲み込んでいた。

 こうやってリディニークが飲み込む気になれたのは、ちょっとした心変わりによるものだった。


 そんなリディニークの変化にエーミールも気付いていた。


(人の文明は古竜の戦いと共に始まり、古竜を抑え込む事によって続けられてきた物だったけれど……――)


 人々の歓声に包まれながら、エーミールは目を細めていた。


(……もしかしたら、新しい形があるのかもしれないな。竜と神が対等でいられる、全く新しい在り方が)


 振り返ってみると、リディニークが投げ込まれた菓子をひょいと口に銜えている所だった。その菓子を投げ込んだ張本人であるらしき少年が、嬉しそうに手を振っている。

 そんな少年の姿を見て目を細めているリディニークは、女神に見せられたどの記憶にも無い。ただただ凶暴で純粋で脅威であるだけの竜とはかけ離れた存在に見える。


(もしかして、僕達を別っていたのは……――『行き過ぎた力』だけだったのかもしれないな)


 エーミールはそんな事を考えていた。


 何はともあれ、とうとうカルディアばかりでなくエルマーまでもを取り返す事ができた。しかも今回はリディニークの力を借りて。

 イェルドの死によって戦の件については決着が付いただろう。


 自分がこんな場所に居ることは今でも場違いではないかと疑ってしまう。

 しかしこれがエーミールにとっての今なのだ。女神に託され、参謀となり、次は――。


 エーミールの視界に、喜び合いながらこちらに手を振ってくる民衆たちの姿が入る。


「……迷ったり、悩んだり、苦しんだりすることはあるよ。でも、今の彼らの姿を見ると……そういう事なんだね。王って、そういう事なんだね……」


 ふと後ろで囁かれたエーミールの声がフェリシアの耳に届いた。

 きっとフェリシアに話し掛けたのだろう。


「……エーミール」とフェリシアは小声で応じていた。


「それが理解できるなら、あなたはきっと良い国王になる事ができます。私と共に造って行きましょう? この北領の地に、人々の笑顔が絶えない国家を」


 エーミールはしばらくの間そんなフェリシアの言葉を噛みしめていたが、やがて大きく頷いていた。


「――うん。ねえ、フェリシア」


「――はい?」と振り返ったフェリシアに、エーミールは笑顔で伝えていた。


「一緒にやって行こう。これからもよろしくね」


 そう言ったエーミールの言葉に、フェリシアは一瞬目を丸くしたが、すぐに目を細めると、はにかんだ笑顔と共に「……はい」と頷いていた。

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