9:新しい姫君
フレドリカ=ドーシュが初めて目にした、グランシェス国王とは、厳格な雰囲気をまといながらも優しく微笑みかけてくる、壮年の男だった。
「キミがフレドリカか」と、謁見の間にて、玉座に腰掛けているグランシェス王が話しかけてくる。
「はい」とフレドリカは頷いた後、緊張の入り混じる面持ちで、ドレスの裾を持ち上げると、恭しく礼をしていた。
「初めてお目にかかります、キング・ロジオン=コーネイル=グランシェス様。わたくし、フレドリカ=ドーシュと申します」
そう言って微笑む少女は、フェリシアとは全くタイプの違う容姿をしているが、なるほど確かに可憐なものだった。
それにその銀色の髪と青い瞳は王家の血縁者である事を保障してくれているし、何よりも――フレドリカには、若さがある。
「ふむ……気に入ったぞ」
そう言ってロジオンは笑顔になると、玉座から立ち上がるなり片手を差し出していた。
「フレドリカよ。今日からお前は、私の娘だ。フレドリカ=ドーシュ=グランシェス……美しい新たな姫よ。お前こそが私の自慢の娘だ。だから――一人の王族として、この国のために、精一杯務めてくれたまえ」
ロジオンの言葉に、フレドリカは「――はい、お父様」と答えると、彼のその手を握り締めていた。
こうして、新たに第一王女として受け容れられたフレドリカ=ドーシュ=グランシェスと、そのお付きの執事であるテオドル=イサクソンは、この日からグランシェス城で全く新しい暮らしを始める事となったのだ。
フレドリカがグランシェス王より与えられた部屋は、かつての第一王女フェリシアの部屋だった。
フェリシアの部屋は、棚の中やタンスの中こそは空っぽになっているものの、彼女が使っていた頃のままの調度品があしらえられており、フレドリカが部屋に入る時には既に、メイドが暖炉の薪に火をつけている途中だった。
そのメイドは栗色の髪をお団子に結っている、二十歳ほどの女性だった。
「…………」
ふと、火打石を打ち付ける途中で手を止めて、寂しげな表情を伺わせるそのメイドに、フレドリカは声を掛けていた。
「あなたは?」
するとメイドはハッと顔を上げたかと思うと、フレドリカの姿を確認するなり、慌てた様子でスッと立ち上がる。
「も、もしかして、フレドリカ様ですか?」
キョトンとしながらも、「はい」とフレドリカは頷いていた。
するとそのメイドは微笑むようになった。
一瞬、ぎこちなく見えたのは気のせいか。
「あなたの事をお待ちしておりました。私、カリーナ=ヴィステルホルムと申します。元はフェリシア様の専属メイドをしておりました。今日からはフレドリカ様の専属メイドを勤めるようにと言い付けられております。このお部屋の事は私が一番詳しいので、どうぞ、なんなりと頼ってくださいませね、新しい主様」
「よろしくお願いします、カリーナさん」とフレドリカは答えていた。
そのためカリーナは、目を丸くさせていた。
「フレドリカ様。私のことは呼び捨てで結構ですよ。何しろあなたは、この国の王女様なのですから」
するとフレドリカはハッとした表情になって、口元に手を当てていた。
「それもそうでしたね。それでは、カリーナ。……で、良いですか?」
フレドリカに尋ねられ、「はい」とカリーナは微笑みながら頷いていた。
するとフレドリカははにかんだ様子で微笑むようになった。
「ふふ。まるで本物の王女様になったみたいです。なんだか恥ずかしいですね」
その屈託の無い笑顔を見て、カリーナはやっとちゃんとした笑顔を出せるようになっていた。
「本物の王女様になったのですよ」と、カリーナはフレドリカに話していた。
新しい主はどんな人物なのかと少し心配していたが、彼女の様子を見るからに、大丈夫かもしれないとカリーナは考え始めていた。
そんなカリーナに対して、照れ臭そうに笑った後、「そうそう」と思い出したようにフレドリカは言いながら後ろを振り返って手招きをする。
そうやってフレドリカの隣までやって来たのは、老紳士のような雰囲気を持った、執事服に身を包んだ白髪の老人である。
「この者はテオドル=イサクソン。私がドーシュ家より連れて参った私用の執事です」
フレドリカに促される形で、「よろしくお願いします、カリーナ殿」とテオドルが腰を折る。
「よろしくお願いします」と頭を下げながら、カリーナはこちらの老人にはなんとなく警戒心を抱いていた。
一見、温和そうな物腰をしている老人に見えるが――しかし、何を考えているかわからないような、そんな印象を感じたせいだ。
「以後は私、テオドルとカリーナから世話を受けるようになるのですね」と、フレドリカは言って微笑んだ。
「……ええ、そうですね」
カリーナは頷いていた。
「専属のメイドまで居てくれるだなんて、まるでお姫様みたい」
フレドリカは改めて、無邪気な声でそう言っていた。
本物のお姫様になって頂くのですよ、フレドリカ様。
カリーナはその言葉を声に出さずに言っていた。
そうしながら、内心で考えていたのだ。
(陛下は何を考えているのかしら?)
事情を知らない者は、国王陛下は実娘を亡くした心の傷を癒すために新しい娘を養子に入れたと話しているが……
カリーナは事情を知っている。
フェリシアは国王陛下のせいで死んだのだ。
とは言え……仕方が無いことはわかっている。
モレク王家にあれだけの事をしてしまった。それだけじゃない。
女神イスティリアの加護を得なければ、この国は存続し続けることができないのだ。……と、そういう信仰が存在している。
(そうやって選ばれてきたのが、この――フェリシア様よりもずっと幼い姫君なのね)
カリーナはこっそりと、部屋の調度品を見て回ってははしゃいでいる、子供らしいフレドリカの姿を伺い見る。
(一体この子に、何人の者が忠誠心を抱くことができるのか……。この子が悪いわけでは無い事は誰もがわかっているわ。でも、生まれた頃からの生粋の王族であるフェリシア様と、幸運だけである日突然、王女になる事ができた、元貴族の身でしかないフレドリカ様。こんな事、何の不満も無くすんなりと受け容れられるわけがない)
いけないと知りつつも、どこからともなく――黒い感情が。
何も知らずに無邪気にはしゃぐ少女の姿を見ているうちに、起き上がってくるのだ。
(ごめんなさい、フレドリカ様。私はあなたに、忠義を誓うことはできないかもしれません……。)
なんとも言えない表情を浮かべているカリーナの姿を、テオドルが静かに見ていた。




