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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 軍勢と共に
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12:本戦の準備

 最初の予定通りのルートを通り進軍を続ける二万のグランシェス軍。

 その一方で、北に進路を取った北領犬サバーカ部隊たちはアゴナス地方とエルマー地方を隔てている万年雪の山脈の前に到着していた。


「よし、この辺りから行こうか」


 そう言ってエーミールは先行する形で山を登り始め、その後を北領犬サバーカ部隊達が追従する。


「これからどうするのです? 本当にアゴナス地方へ行くの?」


 そりの手すりに手を置いているフェリシアは、小声で背中に居るエーミールに質問していた。


「んー、どうだろうな」


 エーミールの返事は曖昧だった。


「山頂ってアゴナス地方になるのかな、それともエルマー地方?」


 エーミールの疑問に、「えっ」とフェリシアは目をパチクリとさせていた。


「ええと……曖昧ではありますが、どちらかと言えばアゴナスでしょうか」


「だったらアゴナス地方だね」とエーミールは答えた。


 そんな彼に、フェリシアはとうとう訪ねていた。


「一体何をするつもりなの? 山間を走ってもいつまでもウェストザートにたどり着くわけではありません。主都へ行かずにどうやって攻めるつもりなの? ――そろそろ教えては頂けないかしら?」


 そんなフェリシアに対しエーミールはにこにこと笑っていた。


「十壺の火薬で放てる大砲は五発。その五発で城郭を破る事はできると思う?」


「それは……」と、フェリシアは言いよどんでいた。


「……難しいのではないでしょうか。しかしあなたは、バリスタ兵器はいらないと……――」


「うん。意味が無いからね」


「それを言うなら、五十門の砲はもっと意味が無いのでは? 打てる弾数は五発。――いえ、こちらに火薬壺を半分も持ってきてしまった以上、撃てる数はたった二発です」


「そうだね」とエーミールは笑っていた。


「砲はその存在自体に意味があるんだよ。そして火薬を持ってきてもらったことにも意味がある。フェリシア、良いことを教えてあげるよ。ダンターラ信仰は無敵じゃない」


 エーミールが言ったのは、これだった。


「自然災害と偶発的な事故と呼べる物、人間の戦意を介さない物、それから恐怖を抱く者に対しては一切の効果を発揮しないんだよ」


「自然災害……?」


「そう」とエーミールは頷いた。


「ウェストザートは今から僕達が向かう山脈に連なる山の麓近くにある。だからこそ、『女神の奇跡』が無くても人工的に引き起こせる『自然災害』があるんだよ」


 フェリシアはエーミールの説明を聞き、言葉を失くしていた。


(エーミール、あなたは……――)


 フェリシアは感嘆とも何ともつかないため息を零していた。


「……敵わないわね」


「え?」


 よく聞こえずに目を丸くするエーミールの方を振り返ると、「いいえ」と言ってフェリシアは微笑んだ。


「……女神様に与えられた定めは、やはり間違いが無いと思っただけです」


 そうやって穏やかに微笑む彼女の笑顔を見ると、エーミールは顔が熱くなる自分を自覚していた。


「そ、そうだね……」


 何故彼女がそう言ったのかよくわからなかったが、とりあえずエーミールは頷いておくことにした。





 その頃、正規ルートを通るルドルフ率いる一行はエルマー地方の半ばまで軍を進めていた。


「――よーし、今日はここで野営を作るか」


 日が落ちるのを見てルドルフは指示を出していた。

 野営の準備が整う頃にはすっかり日が落ち、雪がはらはらと降り始めていた。


『おお、丁度良い気候になり始めたのう』


 そう考えたのはリディニークだけだったようで、「そうすかね?」と言いながら兵達は各々かまくらを作っている。


『お前たちは相変わらず、変わった事をするのう。昨日もその前もそんな事をやっておったな』


 興味深げに兵達の動きを観察するリディニークの元に一人の兵士が駆け寄ってくる。


『リディニーク様、今日の夕飯ですよ! さっきそこで北領兎カニンを見つけたんです!』


 そう言って兵が一匹の皮を剥いだばかりで姿そのままの北領兎カニン肉をリディニークに差し出した。


『ほほう』と応じるリディニークは機嫌良さそうだった。


『気が利くのう。毛や皮が無い方が触感が良くてワシは好きなんじゃ。しかし量が少ないのが残念じゃな……』


「いやなに、後でたんまりとモレク兵を食べられますよ! ははは!」


『それもそうじゃな。ふははは!』


 そんな不穏な会話を交わしているリディニークをよそに、「あっちは大丈夫っすかね……」と呟いたのは、ルドルフと同じ焚火を囲んでいる隊長のエリオットだった。

 周りでは自分の班の分のかまくらを作り終えた兵たちが順次グループで焚火を囲んでいる。同じようにここの焚火にも、ルドルフを含めた隊長級の者が二十名弱も集まっている。それはルドルフが話があると言って呼び集めたせいである。


 先ほどのエリオットの言葉に対して、携帯食である干し肉にナイフを突き立てて火で炙りながら、「さてな」とルドルフは答えていた。


「どっちみち、あちらにはエーミールが居るだろ。俺としてはグランシェス城の方が心配だがな」


「グランシェス城?」


「ああ。フレドリカ様に任せて日常業務が回るのかね、と。カリーナが居るから大丈夫だと陛下は仰っていたようだが。ああも陛下があの馬鹿を信用できるのは、あいつが本性を現さないからこそだ」


「はは……ルドルフよ、いい加減に素直になりゃどうなんだい?」


 そう言って笑ったエリオットをルドルフは、「なに言ってやがる」と言って睨み付けていた。


「うお、怖い面するなよ。お前がやると冗談にならねぇよ」


 慌てて手を横に振ったエリオットに、「ああ?」とルドルフは返す。

 そんな二人の隊長を見て、他の隊長が気にした様子で話し掛けてくる。


「二人は随分と仲が良さそうですね。そういえば、先の戦場を潜り抜けた同士ですもんね」


 そう言われ、「そういうわけではない」とルドルフは答えていた。


「先のグランシェス城防衛戦の時は、エリオットは居なかったからな」


「そうだったな。俺はエーミールに同行してたからな。不幸中の幸いと言うべきか――でもよ」


 エリオットは膝に置いた手をグッと握りしめ、地面を睨み付けていた。


「……こうしてエルマー戦に参加出来る事は嬉しくてたまらねぇ。やつらに一泡吹かせてやる機会が出来ると思うと、体が震えてならねぇよ」


「……先行するなよ」とルドルフは呟いていた。


「あいつらは冗談抜きで不死身の連中だ。気持ちはわからんでもないが――先駆けは死を意味するぞ?」


 そう話しながらルドルフは炙っていた肉を口元に寄せるとふーふーと息を吹き始めたから、「なんだよ」とエリオットは嫌な顔をしていた。


「随分と冷静そうじゃねぇか? 気に喰わねぇな……お前は悔しくないのか?! ハンス隊長もアーシェルのおっさんもセシリアちゃんも……――」


「うるさい!!」とルドルフは急に叫んだせいで、エリオットは言葉を途中で止めていた。

 息を飲むエリオットを睨みながら、ルドルフは唸るような声で言っていた。


「悔しくないかだと? 悔しいに決まってるだろう……!! ああそうだとも、俺は特にエルマー地方を制圧している連中が憎くて敵わないさ。だがな……死ぬということは作戦の失敗に一歩近づくということだ。特にお前たちのような隊長や、総指揮を任されてるこの俺のような立場の者となるとな……! 確かにな、俺は一対一の戦いでは幾らダンターラの戦士が相手であろうとも負ける気はしないとも。しかし戦争は違うぞ?! 戦争は、戦争という物は大勢でやる事だ!!」


「…………」


 神妙な面持ちになって沈黙するようになった隊長たちをぐるりと見回した後、ルドルフは肩を落としていた。


「ああ……すまんな、激昂してしまった」


 それからルドルフは改めて彼らに話していた。


「良いか? 俺たちはエーミールに言われたことをやり遂げなくてはならん。あいつが本当はどういう作戦を決行するつもりなのかは知らん。知りたいとも思わん。この場にスパイがいるとも限らないからな。しかし、俺たちがやる事は決まっている」


 ルドルフは、炙り肉に歯を立てて食い千切ると、もぐもぐと口を動かしながら話していた。


「今からその作戦を改めて話す。その為にお前たちにはここに集まってもらったんだからな。心して聞けよ」


 ルドルフの言葉に、隊長達は各々表情を引き締めると頷いていた。

 そんな彼らにルドルフは話していた。


「俺たちに与えられた火薬壺は五壺。エーミールが半分持って行ってしまったからな。しかしそれ自体はどうでも良いんだ。俺たちは俺たちの役割に徹すれば良い」


 ルドルフはそう前置きをした後、具体的な事を話し始めた。


「今俺たちの元には二万の兵が居るな。うち騎兵は三千。後は全て歩兵だ。歩兵のうち一万がパイク兵、三千が剣兵、二千が弓兵、一千がクロスボウ兵。後は特殊なやつは第二十隊に集められている。砲を率いている者の数は五百と五百名がクロスボウを任されている。遠距離支援が主な役割だ。いや、それにしても――」


 ルドルフはニヤリと笑っていた。


「先のグランシェス防衛戦ではモレク兵共が大量に武器を投棄していったからな。随分な数の武器が用意できてしまった。まあ、パイク兵はグランシェス兵らしくないと俺は思うがな、剣よりも槍の方が練度が低くても扱いやすい事は事実だ」


 そこまで話してから、ルドルフは首を横に振っていた。


「おお、脱線してしまったな。それで作戦の件だが――」


 ルドルフは肉を手でナイフから抜き取ると、肉の方は口に入れ、ナイフの方は雪の上に突き立てて簡単な図を書き始めていた。


「モレク兵共は必ず籠城するとエーミールは話していた。距離が迫り始めるとやつらは必ず大砲でまずは威嚇射撃を始める。しかし砲は滅多に狙い通り当たる物ではないらしい。その上一発撃つのにもえらく時間が掛かるそうだ。冷静に対処すれば事は無いだろう。一番恐ろしいのはパニックだ。お前たち、部下を落ち着かせる事に専念しろよ。足並みを乱してはいかんぞ」


 隊長達が頷くのを見て、「次に」とルドルフは話す。


「距離が迫るとやつらは次に銃を打ってくる。矢ぶすまも来るが、メインは弓よりも銃だ。だからだな、俺たちは塹壕を掘って接近する必要がある。そうすれば銃を避ける事が出来るからな。そして――」


 ルドルフは告げていた。


「砲をなんとか正門へ一台寄せる事ができたら、至近距離で石砲をぶっ放つんだ。後の火薬はクロスボウの連中が使うからな、大砲に使う分はその一発分だけだ」


「――あの」と、今の話を聞いて不安げに手を上げたのは雑兵上がりの隊長のうち一人だった。


「まさか、真正面から突入するんですか? 女神様の奇跡は使わないんですか?」


「使わない」とルドルフはきっぱり答えていた。


「と言うよりも――参謀曰く、使っても意味が無いそうだ。確かにその通りだ、籠城戦をされる以上、相手は屋内、こちらは屋外。吹雪が来て不利になるのは相手じゃなくこちらだろう?」


「確かに、それもそうですが……」


「大丈夫だ。確かに先の防衛戦の時は奇跡によって勝利した。だがな、グランシェス城攻城戦の時は奇跡を使わずに作戦を成功させているんだぞ。俺たちはやれるさ! やってみせようとも!」


 そう言ってルドルフはニッと笑っていた。

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