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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第三章 軍勢と共に
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5:大いに讃えよ

「リディニークなら今は散歩に行っていますよ」という兵の言葉を聞き、アネッテを連れて町へ訪れたエーミールがリディニークの姿を見つけたのは、シンバリの中心部に位置するイスティリア神殿跡だった。


 そこはかつて石造りの神殿が建っており、中には主神として女神イスティリアの像が、副神として湯熱の神アトミスの像が建てられていたが、最初にグランシェス王国がモレク王国に敗退した際に打ち壊され、瓦礫などを撤去した後の空き地には代わりに戦神ダンターラ像が建てられた。

 その後、フェリシア率いる新生グランシェス王国がこの場所を取り戻した時にダンターラ像を撤去する形となり、今は何も建てられていない状況となっている。


 いや、正確には、新しい神々の像が建築されている途中だった。

 空き地の中心部に木を組んで作られた骨組みが運び込まれ、職人たちが石膏をせっせと塗り重ねている。

 傍らに設置されている木箱を並べて作られた簡易のテーブルの上には、完成形の図案が描かれた紙がでかでかと広げられ四隅を文鎮が抑えている。

 その図案には、オーソドックスな湯熱の神アトミスの姿である足元に火が上がり手からは水を流している男性の絵と、これまたオーソドックスな女神イスティリアの姿である雪熊スノーベアの上に樫の杖と鏡を手にした女性が座っている絵が並んでいる……と、思いきや。


「……なにこれ」


 思わず目に入った図案を覗き込むなり、エーミールはボソッと呟いていた。

 その後すぐに振り返った先では、リディニークが組み上がった簡易の土台の上にどっしりと座っており。


『ふはははは。良きに計らえ、良きに計らえ!』


 偉そうに振舞うリディニークの前にはどっさりと肉やベリーが積み上がっており、供物を運んできた市民によって長蛇の列が生まれている。


「なにこれ?!」


 エーミールが叫ぶと、ようやく気付いた様子でリディニークが振り返ってきた。


『おお、エーミールではないか!』


 リディニークはホクホク顔である。


『見ろ! 人間共がどうしてもワシに平伏したいと言うからな! ワシもこうして最大限の慈悲を発揮して供物を受け取ってやっておるのじゃ。それにしても今の民は実に殊勝ではないか! 古の生意気なアルディナ・マニに見せてやりたいものじゃのう!』


「あ、あのねえリディニーク……!」


 エーミールは頭を抱えていた。

 そんなエーミールに列を成している市民たちが話し掛けてくる。


「これはこれは、エーミール様ではありませんか!」

「さすが神官様の竜だけあって実に神々しいですね!」

「聞きましたよ! 女神イスティリア様と地熱の神アトミス様と並び、新たな神を奉るとか! これは益々気合いを入れて神殿を再建せねばなりませんね!」


 実に民衆たちは生き生きとしている。それは良い。それは良いのだが……。


「いつの間にリディニークが崇拝の対象に……?」


 唖然とするエーミールに対しリディニークは誇らしげである。


『それだけ我が威厳の元に畏怖を感じているという事じゃ。それよりも、図案を見たか? ワシが直々に指導を入れてやったのじゃ。昔の彫刻家とやらはセンスが無いのう。こっちの方がずっと良いではないか』


 そう言ってリディニークが透明色の前足の爪を図案の方へ向ける。

 その図案には、二つの像に並ぶ形で第三の絵――『畏怖なるリディニーク像』という名前で、巨大なリディニークが口を開けながら佇んでいる姿が描かれている。

 姿形もそうだが、一番の問題は大きさである。リディニーク像はイスティリア像とアトミス像と比べると二倍はあろう大きさで造るよう指示されている。


「ほえー……」と間の抜けた声を零したのは丁度図案を覗き込むようになったアネッテだった。


「こんなに大きな像、建つのかな……神殿も建てるんですよね?」


 目をパチクリとさせるアネッテに対し、『じゃからのう』とリディニークが言う。


『神殿の天井を50ラングほど引き上げれば良いのじゃ。あとは調理室と教学室などというわけのわからん部屋を潰してしまえば良い!』


「いや……無いと困るだろ……? ここで読み書き勉強する人が多いんだよ……?!」


 思わず言い返すエーミールに対し、リディニークはというと。


『そんな物は別に作ればいじゃろうが! どうせ刹那で死ぬ生き物のクセして注文の多い……』


「あの、注文付けてるのはリディニークの方だからね?! 大体、こんなサイズ現実的じゃないよ!」


 そう言ってエーミールはテーブルの方へ行くと傍らに置かれていたインク壺に刺さった羽ペンを手にして何やら書き込み始めたから、リディニークは足元の供物をバラバラと散らかしながら慌ててエーミールの方へ駆け寄っていた。


『これ、なにをしておるのじゃ!』


 そんなリディニークをよそにエーミールはリディニーク像の大きさが描かれている数値を斜線で消すと、幅も高さも奥行きも全て書き換えてしまった。


『ああ――ッ?!』


 叫び声を上げるリディニークに対して、「ほら」とエーミールはコトンとペンを元の場所に置いていた。


「リディニーク像の高さは他の像と同じ! これで十分だろ?」


『何をするんじゃ、エーミール!』


「造らないでって言うよりマシだろ?! それよりも、リディニークの監視役はどこに行ったのさ? まさか撒いてきたとか言わないよね?」


『人聞きの悪い事を言うな! やつならそこでへばっておるわ! まったく、体力の無い軟弱者め!』と、リディニークが前足の爪で指し示したのはテーブルの裏側である。


 そこでエーミールとアネッテが一緒にテーブルの裏手に回り込み、同時に見つけた人物。

 それは、ぐったりとした様子で座り込んでいるシグムンドだった。


 シグムンドはテーブルに背を凭れ掛けながら、二人には気付かない様子で俯きながら「はーああ」とため息をこぼしている。


「つ、疲れる……。病み上がりは病み上がりらしく、大人しく寝といた方が良かったかな……あーあ。こんな時、アネッテが居てくれりゃな。元気が出るってのに……」


「――私?」と、アネッテが首を傾げる横で、エーミールはというと。


「アネッテが必要なら貸そうか?」


 そう話し掛けてきたものだからさすがのシグムンドも気付いていた。

「うお!」と顔を上げると、当事者の姿を見つけるが否やみるみる真っ赤になっていく。


「い、いつの間に?!」


「さっきから」と答えた後、すぐにエーミールは笑顔になった。


「それより兄ちゃん、もう動いて大丈夫なんだ? 元気そうで良かったよ。見舞いになかなか行けなくてごめんね」


 そう言って髪をポリポリと掻くエーミールに、「し、仕方ないだろ」とシグムンドは赤面したまま答える。


「お前は忙しいんだから。なんたって参謀だもんな」


 内心、さっきの独り言は忘れてくれよー! と祈るシグムンドの思いとは裏腹にエーミールはというと「ところで」と無邪気な笑顔を見せてくれる。


「アネッテだけど。どうせ僕の方は次の用事は捕虜関係になるし、夕方までに返してくれるなら置いてくよ」


「うぇ?! な、ななななに言ってんだお前っ!」


 咄嗟に言い返すと、「え、違うの?」とエーミールは不思議そうにアネッテの方へ視線を移す。そんな風にエーミールに見られたアネッテも不思議そうな表情を浮かべている。


「なんなんでしょうか? でも、エーミール様がそうしろと仰るならそうしますよ」


「うん。兄ちゃん次第なんだけど」


 今度はエーミールとアネッテの視線が同時に来て、シグムンドは赤面していた。


(こ、ここ、こいつら……!)


 鈍感が二人も揃うとタチが悪い!! とシグムンドは内心思い、プルプルと震えていた。

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