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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 畏怖なる者
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11:唯一の同士

(そうか……王という立場は)


 フェリシアの言葉を聞いた時、エーミールは深く納得せざるを得なかった。

 自分自身のアジンとしての経験と対比しても、フェリシアの――彼女の持論は正しいように思えてならなかった。


(誰か一方に寄り添った時には、必ずと言っていいほど動乱に発展してしまうんだ。でも……――)


「なかなか出来る事じゃないよ、その事は」


 エーミールはフェリシアに微笑み掛けていた。


(相手の気持ちに関心を持ちながら、寄り添う事もしない。そんな事僕にはなかなかできないな……)


 そう思ったら、ぽろっと言葉が出ていた。


「……キミは本当に、立派に女王陛下を勤めているね。とっても偉いよ」


 しみじみとそう言ってエーミールがフェリシアの頭を撫でると、フェリシアはぼっと赤面するようになった。


「あ、その」


 恥ずかしそうにもじもじとした後、頬を緩ませる彼女の態度を見て、エーミールまで表情を緩めていた。


(王という立場まで行ってしまうと、こうやって認めてくれる人が他には居ないんだよな)


 唯一同じ価値観を共有して認め合う事ができるのは、同じ立場――つまりは配偶者となる者に限られるのだ。

 だからある種王族にとっては、政略結婚という物は決して不幸な物ではない。

 好きや嫌いよりも、『孤独ではない』事の方がずっと満たされるのだから。

 しかしエーミールはその立場をイェルドから奪い、自身が居座ってしまった。フェリシアだって満更ではなかった筈なのだ。


(……もしかしたらフェリシアは、僕よりもイェルドと予定通り結婚した方が幸せだったのかもな……)


 ふとそんな風に考えてしまい、寂しさを覚えていた。


「……ねえ、フェリシア。これが最後だよ」


 ボソッとエーミールは囁くような声で話し掛けていた。


「明日、貴族たちに僕と婚姻すると公表したら……もう二度と、元には……――」


「……やはり、取り止めたいですか?」


 フェリシアが消え入りそうな声で尋ねてきた。

 伺うような彼女の眼差しを見て、エーミールは首を横に振っていた。


「いや、僕は。もう腹を括ったよ。……ただ、キミは本当に後悔しないのかなって……それだけが心配で」


「……どうしてそう思うの?」


 キョトンとした目を真っ直ぐ向けてくるようになったフェリシアに、エーミールは戸惑っていた。


「いや、だってさ。女神に言われたからって結婚するんだよ? ただでさえ身分違いなのにその上、好きでもない相手と。庶民感覚だとそういうの、考えられないというか……いや、そりゃ、キミが政略結婚が当たり前の環境で育っている事ぐらい、わかってるんだけどさ……そうだとしても僕は力不足なんじゃないかって思ったりして……」


 ポリポリと頬を掻くエーミールの態度に、フェリシアは呆れていた。


「……確かにあなたは、私の配偶者とするには恐ろしく不十分ですよ?」


 ため息交じりにフェリシアがキッパリと言ったのはそれだったため、エーミールは目を真ん丸くさせていた。まさか、幾らなんでもこうまでもハッキリと言われるとは思ってもみなかったからだ。


「宣伝、噂、実績、ありとあらゆる手段を使って名声を上げる必要がありましたし。庶民ですし。その上、片田舎の貧乏人ですから。これほどまでに手のかかる配偶者なんて、後にも先にもあなたぐらいでしょう」


「ふぇ、フェリシア……」


 さすがに言い過ぎなんじゃないかと思ってエーミールは苦笑いを浮かべていた。

 そんなエーミールに対してフェリシアは何が不満なのか、ムスッとした面持ちで腕組みをする。


「その上、何か世界的に目立つような功績を上げたわけでもない。武勲を上げた英雄でもない。見た目もパッとしないし、特出したカリスマ性を持つような人というわけでもない。クロスボウの腕前に至っては本当に酷いものですし。よくお父さんはあなたに大切な矢を渡すつもりになりましたね?」


「うっ……」


 言い過ぎじゃない? といい加減言いたくなったエーミールを指差してフェリシアは、「誰が見てもあなたは、私にとって恐ろしく不釣り合いな相手です!」と断言していた。


「と、とうとう言い切られてしまった……」


 地味にショックを受けた様子のエーミールを見て、たまの反撃ぐらい良いじゃないの。とフェリシアは内心思っていた。


「……だからこそあなたは、堂々と在らねばなりません。不釣り合い? それがどうしたの? そんなもの感じさせない程に、誰もが納得してしまうほどに、あなた自身が一番『当たり前の事だ』という態度で在らなければ」


「だからそうやって弱気で居てはなりませんよ」とフェリシアは話を締め括っていた。


「…………」


 あんまりな暴論だったせいで、エーミールはポカンとして黙り込んでいた。

 そんな彼の顔を覗き込むと、フェリシアは表情を和らげていた。


「意外と堂々としていたら納得してしまうんですよ、人間って。……大体あなたは、私にそうやって後悔しないかどうか聞きますが、あなたは一体私のこれまでの言葉の何を聞いていたのか……」


 それに関してはフェリシアは深々とため息をこぼしていたが、エーミールの様子を改めて目にすると、コホンと咳払いをしていた。


「……とにかく、明日はしゃんとしてくださいな、エーミール。誰がなんと言おうと、不釣り合いだなんて思わなくても良いの。私が伝えられる事はあなたに対して、十分に伝えたつもりです。だから――」


 フェリシアはそのたおやかな細い手で、エーミールの両手を取っていた。


「あなたは胸を張って私のフィアンセらしく振舞えば良いのです」


 そう言ってフェリシアはエーミールの手の甲に唇を付けていた。

「ね」とはにかむフェリシアの姿に、エーミールまで赤面してしまう。


「ふぇ、フェリシア。それは……」


(女王陛下がやって良い事じゃないような。普通、目下が目上の人にやる事だよな……?)


 そんなエーミールの戸惑いが伝わったのか、フェリシアはくすくすと笑う。


「ようやくその辺りの作法は覚えてくださったようで何よりです。……でも、少しだけ意図は入っていますからね。あなたがもう少し傲慢になるように」


「いや、それはそれで問題があるような……」


「それのどこに問題が? あまり庶民的に振舞われても困りますからね」


「は、はい……」


 頷きながら(フェリシアってすごいなあ)とエーミールは改めて感心してしまっていた。

 相変わらずの計算され尽した王族っぷりに尊敬の念すら抱いてしまう。


(まだまだだな、僕は……)


 そう考えると笑みが零れる。

 アジンの記憶を知り、人間らしさが失われた気がする自分が、人間である事を再確認させられるような。そんな感覚を覚えホッと安堵するのだ。


「そうだね、フェリシア」


 エーミールはそう言ってフェリシアに笑い掛けていた。


「僕は王族になるって決めたんだから、悩んでなんかいられない。好きじゃなくても良いのかななんて、そんな物は庶民が考える事だもんな。確かにキミの言う通り、考えちゃいけない事だったね」


「あ……それについては考えてはいけないなんて言っていませんよ?」


「え?」


「誰もそんな事、一言も、言っていませんからね?」


「……え?」


 何やら若干気分を害した様子で口調を強めるフェリシアの態度に、エーミールは首を傾げていた。


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