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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 畏怖なる者
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3:新たな可能性

 竜の話を交わすためにエーミールが王の書斎へ足を向けたところ、珍しく書斎のドアの前にはルドルフが立っていた。

 そんな彼が何故か苦笑いをエーミールに向け、「まあ、なんとかしてくれ」と呟いた。


「なにが?」


 エーミールは困惑しながらも書斎の中に入っていた。するとそこにはフェリシアの他にカリーナの姿もあった。

 付いて来たがったアネッテに対しては、「帰還したばかりで大変だろうから今日は休暇を取ってね」と言って置いて来たというのに、これでは意味が無い。


「……あの、出来ればフェリシアと二人で話したいんだけど……」


 ボソッとエーミールが主張すると、カリーナに何故かムッとした目を向けられた。


「……私は陛下の“正式な”補佐官ですから」


『正式』という言葉を強調するカリーナに対し、「そ、そうだね」とエーミールは苦笑を浮かべていた。

 そんなエーミールにカリーナは据わった目を向けてくる。


「補佐官なら重大な話ほど耳に入れるべきだとエーミールくんは思わない? 竜の事で話をするって言ってたわよね。 それって、重大な話よね? 陛下と二人きりで内緒話をするなんて許さないわよ」


 それはものの見事な嫉妬だった。


「…………」


 あの。この補佐官なんとかならない? と言いたげな目をエーミールがフェリシアに向けてくるようになった。フェリシアは肩を落とし、ゆっくりと首を横に振った。


(……私からは何も言えないわ。だって、一番言っては傷付けてしまう立場ですもの。カリーナにも沽券という物があるのよ、エーミール……)


 そんなフェリシアの思いが伝わったのかなんなのか。

 いや、エーミールの事である。伝わる筈もないのだが。


「……聞いてもわからないと思うよ?」


 エーミールのカリーナに向けた返答に、「構いません」とカリーナは淡々と答えた。


「そこは私なりに適当に解釈しておくから」


「うーん。じゃあ、フェリシアが良いって言うなら。後、余計な推測だけで勝手に話を広めないって約束できるなら」


「約束するわ。私はアネッテと違って口は堅い方ですから、ご心配なく」


 カリーナがそう答えたため、そこでエーミールは頷くと気を取り直してフェリシアの方へ歩み寄っていた。

 そしてエーミールは早速口を開いていた。


「単刀直入に言わせてほしい。あの竜――リディニークはキミを狙っている」


 それを聞いた瞬間、フェリシアは目をパチクリとさせていた。


「……本当に単刀直入ね」


「うん。……よく聞いて、フェリシア」


 そう話しながらエーミールは近くにあった椅子を引き寄せると、フェリシアに向き合う形で椅子に腰掛けていた。


「リディニークの底が知れるまで、キミは一人で行動しないようにしてほしい。でも、あいつが本気を出せば対処できる兵なんてどこにも居ないだろう。居るとすれば……ルドルフぐらいかな? だから、近衛に付けるならいつものパトリックさんじゃなく、ルドルフを選んでくれ。後、僕もキミの近くに居た方が良いかもな。秘術ならある程度対処できる筈だし。或いはリディニークを監視するか……とにかく、キミとリディニークが何の警備も無く対面した状態。それが一番まずいんだよね」


「……エーミール、一つ教えてほしいのだけど」


 フェリシアがふと口を開いた。


「うん、なに?」


 エーミールが尋ねると、フェリシアはジッとエーミールの目を見つめるようになる。


「リディニークは私の中にあるブレスを狙っているのよね?」


 そう言ってフェリシアは自身の胸に手を置いた。


「……うん、そうだよ」


 エーミールは頷いていた。


「――じゃあ」と、フェリシアはそんな彼に問う。


「万が一ブレスを取られてしまったら――私はもしかして、また元に戻ってしまうのかしら? また、前のように……全て忘れて、幼くなってしまうのですか?」


「……わからない、としか言えない」


 そう言ってエーミールは微笑した後、「――ただ」と表情を引き締める。


「……一つだけ確かな事がある。それは、キミの中のブレスはあいつの“全て”だ。全てが戻れば、たちまちこの世界は――終わってしまうよ。ただそれだけだ」


 それを聞き、フェリシアはため息をこぼしていた。


「……エーミール。もしかして、とんでもない事になってしまったの……?」


「うん……戦争の最中に。この状況は危険である事に間違いない」


「ええ、そうね。対処法はありますか?」


「出来れば元通り魔円陣に縛り付け、あいつに張り付いてしまっているブレスを取り去って新しい大神官を指名する。でもそれをするには多くのマルゴル人が必要になるんだ。現状じゃ数が足りないよ。少なくとも二十人、いや、三十人は居なくちゃ……」


 エーミールの言葉を聞いて、フェリシアは表情を強張らせていた。


「……つまり、早急にあなたの子を成す必要があると?」


「えっ?!」とエーミールは動揺の声を上げた後、腕組みをしていた。


「いや、さすがにどれだけ急いだところで早急には無理じゃないかな、それは……」


「……確かに私一人では限度がありますが。フレドリカもあなたの子を成せますよ」


 ボソッとフェリシアが呟いたため、エーミールは吹き出していた。いや、吹き出したのは彼一人ではない。傍らで話を聞いていたカリーナも同じだった。


「へ、へへへ陛下、ご乱心を……?! 何を仰っているのですか! 婚姻もまだなのに、ありえません! 前代未聞です! いえその前に、フレドリカ様までどうして! 言っておきますが、よその国では無いわけではありませんがね、グランシェス王国は王族から庶民まで皆一夫一妻と決まっているのです!」


 赤面しながらも、後半からカリーナはエーミールに向かって叱り付けていたため、「なんで僕が……」とエーミールはボソッと呟いていた。


「大体フレドリカの件は関係無いだろ?」


 今度はエーミールはフェリシアにそうやって話し掛けていた。


「でも、あなたの理屈なら、フレドリカだってマルゴル人を成せますよ」


「それはそうだけど」


「フレドリカも満更ではないのでは? だって接吻までした仲なんですもの」


 今度はフェリシアは、どこか不満げな目をエーミールに向けていた。

 それに対し、「えっ?!」と反応したのはカリーナだった。


「ど、どういうことエーミールくん?! あなたときたら、そんな人じゃないと思ってたのに……! 陛下だけでは飽き足らずフレドリカ様までも……?!」


 わなわなと震えるカリーナを見て、エーミールは困り果てていた。


「い、いや。少し静かにしてくれないかな、話がこんがらがっちゃうんだけど……」


「いいえ許しませんよ、エーミールくん! 大体、庶民上がりが王侯貴族と釣り合う筈もないのに!!」


 カリーナは貴族の中でも頭が固い方なのだ。いや、きちんとした身分を持つ貴族なら頭が固いのが普通である。

 やっぱり退室してもらった方が良かったな。と思ってエーミールは頭をポリポリと掻いていたものの――何も言わないわけにはいかないのだろう。


「……カリーナさん。それについてはね……」


 エーミールはため息交じりに彼女に対して話をしていた。


「庶民庶民とあなたは言うけれど、元を辿れば正式な王の血統は僕のようなマルゴル人の方なんだよ。……まあ、今は神や古竜ぐらいしか知らないような事情だけれど。……ん、古竜?」


 何かに気付いたのか、エーミールはハッとした表情を浮かべるようになる。

 しかしカリーナはそんな彼の態度を気にしているどころではなかった。


「何を言っているのよ!」と、怒りの声を上げるようになる。


「マルゴルだの何だの、訳の分からない事ばかり言って! ずっと黙っていましたけどね、近頃のあなたは調子づいていないかしら?! 幾ら陛下の引き立てがあるからって! 婚姻だけには飽き足らず、とうとう飛躍して子を成すという話まで始めてしまうなんてありえません! ですよねっ、陛下?! 陛下からも何か仰ってください!」


 カリーナに話を振られ、フェリシアは「えっ?」とキョトンとした後、口元に手を当てるようになる。


「そ……そうね」


 フェリシアは頷いたものの、視線が漂っている上にポッと頬が染まった事に気付いてしまったが故、カリーナはその場に崩れ落ちていた。


「陛下あぁぁ……!」


 カリーナは溢れ出る涙が止まらなかった。


「あの純粋無垢に育て上げた陛下が……あの美しい四肢が……よりにもよって庶民の、庶民のっ……ああぁ……」


 だーだーと泣いているカリーナの姿に、フェリシアは激しく動揺していた。


「な、なにもそこまで落ち込まなくても……。エーミールだって私と結婚すれば王族ですよ?」


「ぞーいう゛問題じゃあ゛りまぜんよっっ!!」


「は、はい……」


 フェリシアは目をパチクリとさせていた。

 まさかここまでカリーナが大きなリアクションを取るのは予想外だったからだ。


 こちらはそんな状況だというのに、エーミールが目をキラキラと輝かせている。


「そうだ、そうだよ! 良い事思い付いたよ!」


 急にそうやって話し掛けられたため、「な、なにがですか?」とフェリシアは問い掛ける。


「古竜だよ!」とエーミールは答えていた。


「難しいかもしれないけど、言葉は十分に伝わるみたいだった。それに今は圧倒的な力も持たない、昔のように一方的に人間に対して高圧的な態度を取ることも出来ない筈だ!! なんとか懐柔する事ができるとしたら……! キミの言う、僕の立場を明らかにする役割としてこれほどの適任は居ないんじゃないか?」


 エーミールの言葉を聞いて、「……あ」とフェリシアは気付いていた。


「……――確かに……そうですね」


 フェリシアはすぐに表情を引き締めると、口元に手を当てて考え込むようになる。


「イド村に石碑がありましたね。それに、大神殿にも壁画が。一般的では無いものの、女神信仰の権威を持つ場所には必ずリディニークの痕跡があります。それも使うことができれば……」


「よし、だったらこうしてみよう。僕はリディニークと交渉してみる。今は圧倒的な強い存在なんかじゃないってことを、あいつにわからせてやるんだ! これがもし功を成すなら、古竜は僕らにとって大きな力になるかもしれない。それだけじゃないよ。急いで子作りするなんて馬鹿げた作戦も取らずに済む!」


「ええ、そうですね。……でも、馬鹿げたって何ですか? 馬鹿げたって……」


 釈然としない表情を浮かべるようになったフェリシアと、一方でカリーナは未だに泣き崩れている。


「そりゃ、エーミールは私と結婚する事に対して乗り気ではないと知ってはいますが……なんて言いますか、もう少しオブラートに包んでくれたって良いじゃないですか……」


 のの字を書き始めるフェリシアをよそに、「じゃあ、早速行ってくるよ!」とエーミールは唯一生き生きとしていた。


「善は急げって言うしね! 交渉も早く進めた方が良い!」


 そう言って立ち去ったエーミールの残して行った精神的爪痕は、この場に残された二人にとって計り知れない物だった。


「なんてこと……なんてことなの……」


 そう言って蹲っているカリーナと、一方でフェリシアもまたハーッと深いため息をついていた。

 しかしやがて未だに落ち込んだままの様子のカリーナに気付き、(そうね……そうよね)と考えていた。


「……カリーナ、少し話をしましょうか」


 やがてフェリシアはゆっくりと、そんな風に彼女に話し掛けていた。



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