表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 畏怖なる者
250/324

2:憤怒の竜

 謁見の間にこれほど多くの兵がずらずらと並ぶ様は、恐らく前代未聞と言って過言ではないだろう。

 前列には剣を抜いた剣兵を。その後列にクロスボウを構えた弓兵を。更に後ろに騎士が並び、女王陛下が座している玉座を守っている。

 その守られている女王陛下であるフェリシアの傍らには、カリーナがキョトンとしながら成り行きを見守っている。


「一体なんだっていうんだ……?」


 小声でボソッと呟いたのは、カリーナやフェリシアの傍らに立たされる形となった、副騎士団長とすぐわかる鎧や勲章を身に着けた、大男のルドルフである。


 その時、謁見の扉の前に立ったエーミールが傍らのシグムンドに対して頷いた。


「よし、扉を開けて良いよ」


 エーミールがそう言ったので、シグムンドはごくりと息を飲んだ後大きな両開きの扉を押し開く。

 エーミールの隣では、アネッテが固唾を飲みながら見守っている。いざという時には身を挺して主君を守る覚悟で、エーミールより半歩前に歩み出ていた。


 そんな中、開き切った扉の先に居た“それ”。


 白く短い毛が生えそろった巨体を締め付けているのは何重にも撒きつかれた縄で、それを囲むのは狩人上がりの新兵たち。


「…………」


(……リディニーク)


 目を細くすぼめるエーミールの眼差しが竜のシアン色の瞳に向けられるのと同時に、竜の目もまた真正面に立っているエーミールの方へ真っ直ぐ向けられる。

 次の瞬間、その竜は目を大きく見開いた。


『……アジン!!』と、竜が叫んだ。


『なに……なんだと……?! 生きておったのか!! アルディナ・マニの分際でッ……!!』


 竜のその奇妙な“声”は、確かにこの場に居る全員に届いた。


「――な、見ろよ。変な事ばかり言いやがるんだ、こいつは」


 シグムンドは同意を求めてエーミールに話し掛けていた。

 だが、エーミールが竜に目を真っ直ぐ向けて言ったのはこれだった。


「――アジンか。その名前をこの耳で聞くのは久しぶりだと感じるよ。――なあ、白竜リディニーク。封印のサークル・フィグは快適だったろ?」


 エーミールの回答に、この場の誰もが目を見開いた。

 唯一、竜だけが納得した様子で目を細めるようになる。


『やはり貴様……アジンだな?』


 その質問に対しては、エーミールは首を横に振っていた。


「いや、違う。正しくはアジンじゃない。ただ、アジンの記憶を知っているだけで。でも多分、よく似ているとしたら……それはきっと、アジンが僕の祖先だからだよ」


『ふん……祖先も子孫も似たような物だ。わかった、貴様はアジンだ。アジンの生まれ変わりなのだ。ワシにはわかるのじゃぞ、貴様はこやつらとは違う。弱きアルディナ・マニとは違う。力有るアルディナ・マニであると……! どうする気だ? ワシを油断させるつもりか? またワシをあの深く淀むような消失へと連れ込む気か?』


 白い竜はどうやら随分と怯えた様子だった。

 エーミールもまた、酷く警戒した目を竜の方へと向けていた。

 エーミールは目の前の竜と会話を交わしながら考え込んでいたのだ。


(思っていた以上に小さい体だ。……でも、“袂”の位置は感知してる筈。どこから来る? 縄で口も体も封じられているみたいだけど、まさか油断させているつもりじゃないだろうな……?)


 そう思っていると、竜が体を左右や上下に揺するようになる。

 すると周りを囲んでいる縄の端を掴んだ狩人兵達が、「大人しくしろ!」と言って右から左から縄を引っ張っていた。

 すると竜は体をググッと震わせて動きを止めたのだ。


『クソッ……くそ、くそ! やはり破れぬか……!』


 竜は悔しげにエーミールを睨み付けると、口を開かないまま叫んでいた。

『ブレスを返せッ!!』と。


『あれはワシの物だ!! 貴様らが背後に隠している事はわかっているのじゃぞ!! 貴様らには過ぎた力……そうやって調律者にでもなったつもりか?! アルディナの地へ戻れ!!』


 そうやって叫ぶしかない竜の姿を見るうち、エーミールは悟っていたのだ。

 目の前の竜は――かつて見た時のような強大で強靭な存在ではない。

 きっと体格相応でしかないのだろう。何故なら。


(……女神が……――否、フェリシアが生きているからだ。絶対に竜の体を取り戻すにはブレスの量が足りない筈なんだ。仮に竜の封印を完全な物にしていた大神官が“契約破棄”する形で居なくなったとしても)


 そうこう考えるうち、「エーミール!」と言ってシグムンドが竜を指差した。


「こいつの事を殺すつもりで兵を配置したんだろ? だったら、とろとろ話なんかしてないで、さっさとやった方が良い。だってこいつは奇妙な声を上げやがるんだ」


「声?」とエーミールが尋ねると、「ああ」とシグムンドは頷いた。


「コーっていう、変な音を出すんだよ。口を縛り付けてるから今は平気だが、何の効果があるかはわからないが、きっとこいつはその変な声を使って大神官様を操って、自害させたに違いないんだ」


「――いや、それはおかしいよ」


 エーミールはそう答えていた。


「大神官様が自害してたって言うなら、それはリディニークのせいじゃない。だってリディニークは……こいつは、大神官様が居なくならないと出てこれない筈なんだよ。僕はさ、必要が無いと思ってみんなに話していなかったけど……――」


 エーミールが話した事はこれだった。


「マルゴル人が白きブレスの根源である女神の袂に大神官を置く時、ブレスの一部を女神から大神官へと受諾する儀式をやっているんだ。本当にごく一部だけど……そうしておかないと、白きブレスの袂に人間が滞在し続ける事は難しいんだよ。どれだけ暖炉を燃やし続けていたとしてもさ、とても寒い場所だからね、あそこは……。だから古い大神官から新しい大神官を選ぶ時は、今でもイド人は“儀式”を行うんだ。いつもその時期が来たら女神の神託によって知らされていた。だから大神官という存在が途切れる事は無かった。でも今は……」


「……それは私にブレスを移したから、神託が正常に行われたなかったということなのかしら?」


 そんな風に問い掛けたのは、今も兵が厚い壁を作っている後ろ側の玉座に腰掛けているフェリシアだった。

 フェリシアの居る場所からはエーミールや竜の姿こそは見えないが、会話はしっかりと聞こえているのだ。


「……陛下。彼らが何を話しているのか、陛下にはわかるのですか?」


 カリーナが戸惑いの目をフェリシアへ向けるようになる。その時だった。


『その声だ!!』と、リディニークが叫び声を上げた。


『女!! その声を発した女!! 貴様だな! 貴様がワシのブレスを持っている!! 返せ、返せえぇッ!!』


 再びリディニークは巨体を揺すり始めたため、慌てて狩人たちは右から左から縄を引っ張るようになる。


「動くな!」「大人しくしろ!」


 彼らはリディニークに向かってそのように言い付けるが、今度ばかりはリディニークは動きを止めようとしなかった。

 燃え滾る目を兵達の向こう側に居る筈のフェリシアに向け、ガリガリと石造りの床を爪で掻きむしる。


「ダメだ……冷静になれないんだよ」とエーミールは呟いた後、シグムンドの方を振り返った。


「いったんリディニークを連れて行ってほしい。また日を改めて話した方が良いみたいだ。力は無いみたいだから、あまり心配は無いかもしれないけど……どんな状態であっても古竜は古竜だ。どこか目が届いて、かつ閉じ込めておけるような場所があれば良いんだけど……」


「――ならば」と、エーミールの元へ歩み寄って来た者が居た。

 それは黝い髭を蓄えた壮年の騎士団長。パトリック=エストホルムだった。


「城の離れにある地下牢に隣接して建っている塔は如何でしょうか? 先代の頃に拷問部屋として使っていた場所で、そこなら広さがあり、出入り口に施錠する事もできます」


「うん。じゃあ、そこを頼むよ。シグムンドの隊には当面の間、交代でリディニークの見張りを任せるよ。そうだな……大体十人くらいで厳重に見張っておいてほしい」


 エーミールに指示される形で、「あ、ああ」とシグムンドは頷いた後、すぐに疑問を口にしていた。


「……今すぐ殺さなくて良いのか?」


「うん」と頷いたエーミールは、どこか気が抜けたように微笑んだ。


「曲がりなりにも森羅万象を司る古竜の一柱だからね。だからと言って、また元通り封印しようと思っても、あの秘術を使うにはマルゴル人の数が絶対的に足りないし……」


「は、はあ……?」


「まあ、良いから、お願いするよ。これ以上リディニークを挑発したくないんだ」


 エーミールはそう言った後、パトリックの方へ目を向けた。


「彼らはこの城の地理に明るくありません。案内を頼めますか?」


「承知いたしました、エーミール様」


 パトリックはそうやって応じた後、シグムンドの方へ歩み寄る。

 彼が騎士団長であるとシグムンドはすぐに理解して、緊張した面持ちを浮かべていた。


「では、行くぞ」


「は、はい」


 シグムンドは頷くと、慌ててリディニークの方へ駆け寄っていた。

 そして狩人兵たちに指示を出すと、竜を引いてこの場から立ち去るようになる。

 そのままバタンと謁見の間の扉が開く。


 ややあって、エーミールは兵達の方を振り返った。


「お疲れ様です。もう武器を降ろしても大丈夫だよ。後は持ち回りに戻ってほしい」


「「はっ!」」と彼らは応じると、やはりエーミールの指示通りにぞろぞろと武器を戻し謁見の間を出て行くようになる。


 そういった行動を彼らは、エーミールの指示だけで、肝心の女王陛下であるフェリシアの指示など一切聞かずに行う。

 その理由は明らかである。フェリシアがエーミールに指揮権を明け渡してしまったからだ。


(フェリシア様。よほどの事だと解しておられますよね? 兵の指揮権を渡すという事は、軍事力の一切がエーミールくんの物であるという事……)


 元通りの景色を取り戻す謁見の間の中において、カリーナは気が気でなかった。


(パトリック卿までエーミールくんに対する態度が変わってしまって、一体何があったというの? きっとキャスペルというモレクの敵将を撃退して以来よね。でも、実際にあの敵将をやっつけたのはルドルフさんなのよ。エーミールくんではないのに……)


 その時、エーミールがフェリシアの方へ歩み寄ってくるようになった。


「女王陛下」とエーミールがフェリシアに話し掛ける。


「さっきの竜の件で話が。少し時間を頂いても良いですか?」


「ええ、わかりました」とフェリシアは頷いた後、カリーナの方へ視線を向ける。


「ならば、謁見の時間を前倒しして時間を開けましょうか。カリーナ」


「…………」


「……カリーナ?」


 フェリシアに改めて呼びかけられ、カリーナはハッとしていた。


「あっ――は、はい!」


「……スケジュールの確認を……大丈夫?」


 フェリシアが心配そうな目を向けてきている。

 カリーナは慌てて頷いていた。


「た、只今確認致します」


 そう言って慌ててパラパラと手帳を捲り始めたカリーナの姿を見て、やはりこちらの方も近々時間を作った方が良さそうね。とフェリシアは考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ