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12:初陣へ発つ

 いよいよ朝が訪れる。

 この日、雪がちらほらと降る中、リュミネス山の入山口に一同は集った。


 愛犬である栗毛の北領犬サバーカユードに繋いだ小型のそりに乗り、グランシェス兵の隊長の証である勲章を胸に付け、白いマントを羽織っているシグムンドを先頭にして、それぞれ二匹の犬にそりを繋いだ狩人上がりの志願兵が十二名と、二匹~四匹の犬にそりを繋いだ訓練士上がりの志願兵が八名。


 狩人兵達はレナードも含め、皆一様にクロスボウと矢筒を背に背負っている。

 その一方で訓練士兵の方はというと、武器らしい物の携帯こそは無いものの、彼らのうち二人が四匹の北領犬サバーカを繋いでおり、二人が三匹の北領犬サバーカを繋いでいる。後の四人は二匹ずつという形となっている。

 これは、狩人よりも訓練士の方が多くの北領犬サバーカを一度に育てる機会が多いが故に、扱える犬の頭数が多い結果である。

 もちろん、彼らのうち狩人兵の中には、二匹の灰色の北領犬サバーカであるコーダとティーンをそりに繋いだレナードの姿もあった。


 不慣れながらも四列の隊列を作る彼らの傍らには、ダヴィードとアネッテの姿もある。

 そんな中、やっとシグムンドは緊張した面持ちながらも口を開く。


「――さあ、いよいよ出発だ。これが北領犬サバーカ部隊として俺たちが経験する初陣だ……!!」


 すると隊員たちは各々頷くようになる。

 そんな彼らをぐるりと見回しながら、シグムンドはカチコチに強張った表情を浮かべているものの、話していた。


「正直、こんな頼りない隊長の元に集まってくれる人がこれだけ居てくれるなんて信じらんねぇよ。……でも、俺はやると決めたらやる。やり切ってやる……! 俺が出来るのはそんだけなんだ。俺はなんも無いから、そうやるしかねぇんだ。絶対に折れないのが信条だ! 我らが女王陛下の為、グランシェス王国の為に! よろしく頼むぜ、相棒!」


 すると二十名の隊員たちが一斉に拳を振り上げ、「「ウラアァァ!」」と声を重ねた。

 シグムンドはそんな彼らの姿を見て、誇らしげに胸を張っていた。


 そんな彼に、「……ねえ」と、ふと話し掛けてくる者が居た。

 それはずっとダヴィードの隣で今の様子を見ていたアネッテである。


「本当にシグムンド達だけで良いの? 私は待ってるだなんて……」


「……悪いけどさ。今から危ない場所に行くってわかり切ってるのに、女の子を連れてけるわけがないよ」


 シグムンドはそう答えていた。


「でも……」


 困惑するアネッテに対し、シグムンドは頷いていた。


「アネッテにだって役割はあるだろ? ……もし期限が来ても俺たちが戻って来なかったら、シンバリへ行って陛下に報告してくれ。『任務は失敗した』って。お前まで来ちまったら、誰がその役目を果たすんだよ?」


「……っ……?!」


 言葉を詰まらせるアネッテに、シグムンドはあっけらかんとした笑顔を向けていた。


「大丈夫だろ? 俺が居なくたってさ、エーミールが居ればなんとかしてくれるさ。あいつはすげぇヤツになったからな」


「ッ――シグムンドっ!」


 アネッテはザクザクと雪を踏みながら早足でシグムンドの方へ歩み寄ったと思えば、グッと犬ぞりの手すりに置かれているシグムンドの手を掴むなり身を乗り出していた。


「“居なくたって”なんて言わないの! 一緒にお城へ帰るんだから! 一緒に帰ってやっと、フェリシア様もエーミール様も笑顔になってくださるの。わかる?」


 思いの外、真剣な様子で睨み付けられ、シグムンドはドキッとしていた。

 ちらちらと視線を自身の手を覆うアネッテの細い手に向け、(あ、温かい……)と緊張する。


「わ……わかったよ……」


 やっとの思いで返事をすると、アネッテは表情を和らげるようになる。

 そしてシグムンドが意識している事を彼女は知らないまま、パッと手を離すのだ。


「良かった。じゃあ、約束だよ。ちゃんと帰ってきてね。約束できるなら、私はここで待ってるからね」


「あ……お、おう。そうだな……」


 シグムンドは気を取り直すと、表情を引き締めていた。

 そして、「……お前の想い人を喜ばせる為にも。俺は頑張るよ」と、呟いたのだ。


 その後シグムンドはレナードの方を振り返ると、「親父さん!」と声を掛ける。


「道案内を頼みます!」


「ああ、任せたまえ!」


 レナードはそう言うと、二匹の犬に指示を出してそりを進ませる。

 そんな彼の後をシグムンドが続き、その後ろを他の隊員たちが後続するようになる。


「しっかりやってこいよ!」と手を振りながら見送るダヴィードの隣では、アネッテがキョトンとして首を傾げていた。


「……私の想い人……って、誰?」


「うん?」と言ってダヴィードはアネッテの方を振り返っていた。

 そんなダヴィードの目の前で、アネッテは腕組みをすると眉間に皺を寄せて「うーん」と唸るようになる。


「私っていつの間に恋慕してる事になってるんだろ……ど、どうしよう。心当たりが無さすぎるよ……!」


 一人で唖然とした表情を浮かべるアネッテの様子を見て、ダヴィードは苦笑いしていた。


「そりゃ、アレでしょ? ……エーミールですよね?」


「え?!」


 ガバッと顔を上げるアネッテの表情は青ざめていたため、「え?」とダヴィードは聞き返していた。


「ど、どうしよう。エーミール様程に偉大な御方に私が下心なんて抱いてたように見えるの?! 女神様のお怒りを勝ってしまうわ……! すぐに神殿へ懺悔に行かなくちゃ!」


 急に慌ただしくなったアネッテの様子に、ダヴィードはポカンとしていた。


「おいおい……アネッテさん。あなた、エーミールをなんだと思ってるんです?」


「そんなの決まってるじゃないですか!」と答えたアネッテは大真面目な顔をしていた。


現人神あらひとがみ様ですよ、現人神! ということで、私は急ぐので失礼しますね! あわわ、大変……! 早く誤解を解かなくちゃ吹雪が強まっちゃう……!」


 どうやら本気で懺悔する為に神殿へ向かったようで、あっという間に走り去るアネッテを、ダヴィードは呆然としながら見送るしかできなかった。


「す……すげえな、あの子……。俺はとんでもねぇ妄信を見た気がする……」


(シグムンド……ホントに良いのか? あの子で……)


 ダヴィードは一人しみじみとそう思うしかないのだった。





 轟々と白い風が吹き付ける中、レナードを先頭とした一行はぐんぐんと山を登って行く。


(すげえ……こんな場所を親父さんは何度も行き来したのか)


 ともすれば見失いそうになるレナードの背を睨みながら、シグムンドはそりに捕まっていた。

 しっかりと防寒具を着込んでいる筈なのに、吹き付ける風が着実に体温を奪っていく。

 それは恐らくシグムンドに限らず、他の隊員も同様だろう。


(マメにかまくらを作って、休憩しながら進んだ方が良いな……)


 シグムンドは白一色の景色の中でそう考える。

 到着は思う以上に遅れてしまうだろう。


(……でも、人命が一番だ。一緒に帰るって約束しちまったからな……)


 そんな風にシグムンドは考えるのだった。


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