10:人員募集
シグムンドはひとまず自宅へ戻ると、イド村に登る準備を始める事に決めた。
「吹雪の原因を調査する――と言っても、エーミールのとこの親父さんの弁を聞くからに相当の吹雪だろ? 一筋縄じゃ行かないだろうな……」
そう言いながらシグムンドは、用意した大きな荷袋の中に、毛布やオイル等を詰め込んでいく。そんな彼の作業をアネッテは手伝いたかったが、どこに何かあるかよくわからない他人の家である。
結局見ているしかできず、特にやる事も無いせいで暖炉の世話を行っていた。
「陛下達に頼まれている大神官様の件はどうするの?」
アネッテの疑問に、「……うん、そうなんだよな」と一度手を止めてシグムンドは頷いていた。
「陛下は隊を編成して行けって話していた。陛下の口振りから察するに……何かあったに違いない。なにか、穏便にはいかないような何かが。……もしかしたら今回の吹雪の原因はそれも絡んでるんじゃないかなって思ってるんだ」
「じゃあ、行先は――」
「……ああ。まずは大神殿へ行こうと思う。でもその為には……――」
「……隊の編成が先……ということだね?」
「そうなるな」と言ってシグムンドは頷いていた。
「――とは言え」と、シグムンドは頭の後ろに両手を回し、天井を仰いでいた。
「俺の力じゃなんもできねぇ。まずは親父たちの帰還を待った方が良いな。幸いにも、俺たちがひとまず成すべき『町長との交渉』それによる『家や援助の確保』これは終わってるんだ。二週間っていう期限付きだが……」
「……うん、そうだね……」
深刻な面持ちを浮かべるアネッテに、「それに」とシグムンドは笑い掛けていた。
「人手が多い方が調査も捗る筈だからな。親父が帰ってきたら話を持ち掛けよう」
「うん、そうだね」とアネッテは頷いていた。
こうして二人はダヴィードが帰宅するまでの時間を仕度で過ごすことにしたのだ。
ダヴィードが店に戻ってきたのは思ったよりも早かった。
ちょうど仕度を終えたシグムンドとアネッテが店のカウンター席でお茶を淹れて休憩している時、ドアが開いてカラカラというドアベルの音を立てる。
「――おっ、戻ってたのか。どうだった?」
二人の姿に気付くなり、すぐにダヴィードが話し掛けてきた。
「ああ、こっちはバッチリだぜ。ただ……――」
シグムンドは父に、住まいや暮らしの保証は得られるが二週間の期限付きであること。それ以内に吹雪の原因を調査しなければ追い出されてしまう旨を話していた。
「ふーむ、そうか。二週間以内に調査か……しかし、ひとまず落ち着く事だけはできそうだな」
唸るダヴィードに、「そっちはどうだったんだよ、親父?」とシグムンドは尋ねる。
「ああ。六人ほど手伝ってくれる手隙の狩人が居てくれてな。レナードと一緒に行ってくれたよ。順調に行けば今日の深夜か明日の早朝には戻って来てくれるだろう。本当は俺も一緒に行く事ができれば良かったんだが……」
いつの間にか、ダヴィードの視線は自身の右足に落とされていた。
それでアネッテは初めて気付いたのだ。彼は足に恐らく何かを抱えているのだろう、と。
「もしかして、ダヴィードさんは――」
言い掛け、慌てて口を閉ざすアネッテの態度を見て、ダヴィードは明るく笑っていた。
「ハハッ、気にせんでくださいよ。確かに俺は犬ぞりに乗れねぇ足になっちまってるが、代わりに息子が犬のアレコレをやってくれる。しまいには訓練士の資格まで取っちまったんだから、大した物ですよ」
「……シグムンドは、それで……」
パッとアネッテが隣のシグムンドへ視線を移すと、彼は照れた様子で鼻面をぽりぽりと引っ掻いた。
「しょーもない話をするなよ。それより、今はイド村だろ?」
シグムンドの照れ隠しに、ダヴィードは気付かないまま「そうだったな」と頷いた後、「それで――」と話を次に移してくれた。
「調査するんだってな。しかし、どうするつもりなんだ? 相変わらず吹雪はやみそうにない様子だぞ。アテはあるのか?」
「ああ、その件だけど――」とシグムンドは話し始めた。
「親父。俺は調査のためにリュミネス山に登ろうと思う」
シグムンドは父の目を真っ直ぐ見るとそう告げていた。
すると父は案の定、「なにっ?!」と驚愕の声を上げるようになる。
「お前、まさか自分で行く気なのか?!」
ダヴィードの質問に、「ああ」とシグムンドは頷いていた。
「実はフェリシア女王陛下からもう一つ、仕事を任されて来ててさ」
「もう一つの仕事?」
怪訝そうな面持ちを浮かべる父に、「ああ」とシグムンドは頷いてから言った。
「リュミネス山山頂のイスティリア大神殿に居るという大神官様をグランシェス城にお連れする。それがもう一つの仕事なんだ」
シグムンドの言葉を聞いて、「なッ……!」とダヴィードは余計に呆気に取られた面持ちを浮かべるようになった。
「よりにもよって山頂まで行く気なのか?! この吹雪の中を……?! 無茶を言うんじゃない! 死にに行くような物じゃないか……!」
「それはわかってる。けどさ――」と、シグムンドは懇々と話していた。
「この吹雪の原因は大神殿に――ひいては大神官にある。……俺はそんな気がするんだ。だから、なんとしてでも山頂に行かなくちゃならない」
「馬鹿を言うな!! たどり着く前にのたれ死ぬのがオチじゃないか!」
ダヴィードは息子のシグムンドの身を案じている様子だったが、シグムンドは「でもさ」と一向に引く様子が無く言い返していた。
「女王陛下が、俺を信用して待っててくださってるんだ。俺がやりたいって言い出した事なんだ。だったら、何が何でもやんなきゃ。そうじゃなきゃ、男が廃るだろ?」
シグムンドがニイッと笑う姿を見て、ダヴィードはすぐに反対する事を諦めていた。彼が一度決めた事は何が何でも突き通そうとする性格であることは、父親である自分が一番よくわかっているからだ。
だが、これだけは放っておくことができなかった。
「しかし、一人で行く気か? せめてベテランが同行するなら可能性もあるだろうが、一人というのは幾らなんでも無謀すぎるじゃないか……」
「いや、それなんだけどさ」と言ってシグムンドは苦笑いを浮かべるようになった。
「親父。知り合いの狩人や訓練士みたいな犬使いの中にさ、隊に入ってくれそうな良い伝手は無いかな? 先に隊を編成して隊規模で向かうよう、陛下には言われてるんだ」
「隊規模で……?」
「そうだよ。大神官様をお迎えするのに、わざわざ隊で行けってんだ。……な、何かありそうだろ?」
ジッとシグムンドに見つめられ、ダヴィードは唸っていた。
「むむ……確かに、何か裏がありそうだ。随分ときな臭い話じゃないか」
「そうなんだよ。確証は無いけど……俺が隊を率いて大神殿まで行く事と、今回の吹雪の件。もしかしたら同時に解決するかもしれない」
「ふむ……なるほどな。だったら、引き続き俺は有志を募りに行ってみるか」
どうやらダヴィードはやる気が出た様子で、すぐに店を後にするようになった。
「さて、それじゃあ俺たちは……っと」
そう言ってシグムンドが腰を伸ばすようになる。
「何か出来る事があるの?」
アネッテは目を輝かせ、「ああ」とシグムンドは頷くと、ポケットから訓練士の証であるバッヂを取り出していた。
「同じ訓練士学校の卒業生が知り合いや友人に居るんだ。だから、俺は俺で伝手を辿ってみるよ」
シグムンドがそう言って席を立ったので、「私も一緒に行くよ!」と、アネッテもまた張り切って立ち上がっていた。




