↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第二章 仮初めの王女
24/324

4:咎人の烙印

 薄暗い石造りの書斎の中は重たい空気で満たされていた。


 毛皮敷きの椅子に深く腰掛け、頬杖を突きながらじっと黙り込んでいるのは、銀色の短い髭を蓄えたグランシェス国王。

 ロジオン=コーネイル=グランシェスである。


 眉間に深い皺を刻み込んでいるグランシェス王の横顔を、暖炉の明かりが照らし出している。


 その時だった。


 コンコン、という音の後、王のよく聞き慣れた人物の声がする。


「陛下。フェリシア姫殿下をお連れ致しました」


「入れ」と王は応じると、頬から手を外し、代わりにテーブルの上で、もう片方の手と組み合わせていた。


 やがて書斎のドアがカチャリと開き、入ってきたのは、立派なビロードの服をまとっている、恰幅の良い髪の毛の無い老年の男。

 関白のラルフ=ルンドラット=コーネイルである。


 そしてラルフの後に続くようにして部屋に入ってきたのは、普段着用の白いドレスを身につけているフェリシアだった。


 フェリシアは沈鬱な面持ちのまま、父王の前まで歩いていくと立ち止まり、後は沈黙を続けるようになった。

 そんな彼女に、やがて王は渋い面持ちのまま口を開く。


「……何故この私がお前を呼んだか、わかっているな?」


「……はい」とフェリシアは俯いて答えていた。


 そんなフェリシアに対し、王は淡々と伝えていた。


「お前に対する処分が決まった。それは重く厳しいものだ。女神イスティリア様に反目するような者が王家に居るようでは、加護を失ってしまい、我が国の未来は潰えてしまう。それだけではない。此度の件によって、モレク王国を初めとした、多くの国が我が国に対し失望してしまった。我が国はこの失態を取り返さねばならない。その為に、お前は全ての責任を取るべきなのだ。……王族たるもの恥の無きよう、厳粛に受け入れなさい」


「そのつもりで、私もここへ参りました」とフェリシアは静かに答えながらも、思っていた。


(お父様は、私に悪名の全てを押し付けて国家を延命させるつもりね。娘にそうする事を欠片も厭う事が無い。……でも、そういう人だもの。それに、私自身、生まれた頃からずっとそういう立場として生きてきた身。……これも仕方がない事)


 落胆にも諦めにも似た心境を抱くフェリシアに対し、王は小さく頷いた後、指差していた。


「フェリシア=コーネイル=グランシェスよ」


 王はフェリシアの目を見ても、その表情に憂いの色を浮かべる事は無い。


「これより、お前の持つ王位継承権およびお前の名を、王家より剥奪する。以後、お前はただのフェリシア。コーネイルの名も、グランシェスの名も、ゆめゆめ語る事の無いように」


 何のためらいも無く、何の感傷も無く話す父のその姿が――

 フェリシアの青い瞳に、温度の無い冷たい存在として映り込むのだ。


「……仰せのままに」


 フェリシアもまた、全てを諦めたかのようにして、静かに答えていた。


「うむ」と、頷いた王は、ようやく満足したかのような表情を見せる。


「それでこそ王家たる者。それでこそ――これ以上の生き恥をさらさないことが、お前にできる唯一の償い。これでやっと、何の禍根も無く、死に赴くことができるな?」


「…………」


 沈黙するフェリシアに対し、「ただのフェリシアよ」と王は話し掛ける。


「お前を北の地へ追放する。それでやっと女神様はお許しになられるだろう。せめて女神に抱かれ死ぬ事が許される慈悲を、在り難く思いなさい」


「……ありがとうございます、“国王陛下”」


 フェリシアはそう言って、深々と頭を下げていた。



 静かに立ち去るフェリシアを見送った後も、王はじっと黙り込んでいた。

 やがてその沈黙を破ったのは、傍らに立つラルフである。


「……宜しかったのですかな、陛下……」


「……仕方あるまい。こうするより他に方法が無いのだからな……それよりも、気にすべきはモレク王国だ」


 そう言って、王はすぐに表情を引き締めていた。


「あそこは戦神ダンターラを主神とした軍国……。味方で居るうちは頼もしいことこの上ないが、簡単な事で戦争を起こすような国なのだ。彼らの溜飲を下げてもらう手段を考えねば……」


 王の頭には既にモレク王国との事しかなく、ラルフはこっそりとため息をついていた。





 フェリシアは静かに歩いていた。

 日が暮れて間もなくの、壁沿いの蜀台が照らし出す王宮の廊下を、粛々と歩いていた。


 その表情には何の憂いも伺わせることはなく、悲哀を匂わせることも無い。

 ただ涼しげな面持ちをして、氷のように透き通った青い瞳で――行く先をぼんやりと見据えていた。

 まるでこれが日常とでも言わんばかりに。


「――姫様」


 ふと、背中から声を掛けらてフェリシアは足を止めていた。

 フェリシアが振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべているカリーナの姿があったから、フェリシアは微笑んでいた。


「もうそのように呼ばなくても良いのですよ」と、フェリシアは話していた。


「もはや私は王家の者ではないのだから。今日からあなたの主でもない。だから、もう構わないで。私は直にここを出て行くのだから」


「……姫様。陛下に何を言われたのです?」


 カリーナは静かに尋ねていた。

 フェリシアは微笑を絶やさなかった。


「あなたにも予想が付くのではなくて? 私は……――」と、フェリシアはカリーナから背を向ける。


「……禁忌を犯してしまった。女神イスティリア様にグランシェス王家が許されるためには、もはや私の存在を王家から抹消するしかありません」


「……姫様……」


 カリーナは思わず涙ぐんでいた。


「どうしようもないのですか? 私は、私は姫様が居なくなるこのお城なんて……――」


「……姫と呼ばないで。そう、言いましたよね?」


 カリーナの言葉を遮るようにして、フェリシアはやや語気を強めていた。


「女神イスティリア……――もし実在するとしたら、なんて冷たく凍て付いた神なのでしょうね。イスティリア様は……三年前、私など死んでしまった方が良かったとでも言うの? だって、だってそうしなければ……私は死んでいたのよ? 生きることはそれほどに罪だと言うの?」


 フェリシアの細く華奢な背中は震えていたから、カリーナは口を閉ざしていた。


(……姫様。そうですよね。どれだけ気高く強い存在であるかのように振舞っても、姫様は……実際には、十八歳。成人になったばかりの少女なのですから……)


 震えを抑え、再び歩き始めるようになった主の背中を追いかけながら、カリーナは話し掛けていた。


「“フェリシア様”。ご仕度が必要でしたら、私めにお申し付けください。それぐらいは……最後まで傅かせてくださいませ」


「……ごめんなさい。ありがとう」


 消え入りそうな声で、フェリシアはそう答えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。