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女神と竜の神話~最北の亡国復興譚~  作者: 柔花海月
第四章 変わり往くもの
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15:告げられない声

 エーミールはその後も幾日かに別けながら捕虜の元へ通い、聞きたかった様々な事を聞き出した。

 それは火薬の事から始まり、モレク人のダンターラへの信仰はどの程度なのか? ダンターラからどこまでの加護を得ているのか?

 そういった内容も含まれている。


 その話を書斎で聞いた時、フェリシアは咄嗟にエーミールに対し、「ごめんなさい」と謝っていた。


「私がヘマをしてしまったばっかりに。あなたには多くの負担を強いているわね……」


「ヘマ?」と言ってエーミールは目を丸くした後、首を横に振っていた。


「……いや、気にするような事はほとんど何もしていないよ」


「でも、あなたがこれまで仕掛けておいた多くの罠を無駄にしてしまったし……今だってそのせいで、兵ばかりか市民までもカルディアの平野へ出払っているではありませんか」


「それは仕方ない事だよ」と言ってエーミールは頷いていた。


「それに、僕が居ないうちにキミはありとあらゆる手段を試してくれたよね。そのお陰で、気付かなかった事に気付いたというか……」


「えっ?」


 キョトンとしたフェリシアに、エーミールは話していた。


「僕が知る加護は古の頃の物で。ちょっと、今とは『力の加減』が変わってるみたいなんだよね。それは人口の比率とか、信仰者の数とか……戦神ダンターラみたくブレスの一側面だけを強調した神が生まれたせいなのかもしれない。要するに、昔通りの感覚ではいかないんだよ。だから今回の件でそれが露呈していなければ、僕はこの方針を維持するつもりだった」


 エーミールはそのように語りながらも、一方では考え事をしているかのような表情をしていた。


「なにしろ、罠のような不意打ちによる物に戦神の加護は弱いと考えていたんだ。でも、モレク兵は強かった。その一方で効果があった者や罠がある。その差異はどこから来ているのか? ……捕虜への聞き取りで、それについての確証が持てそうなんだ。その確証が持てれば、次は――」


 エーミールはギュッと拳を握りしめていた。


「もっと有効な戦法を取ることができる」


「……エーミール」と言ってフェリシアは目を細めていた。


 彼は相変わらず、いつでも大真面目に先の事を見据えて動き回っている。

 しかしその一方で、時たまぼんやりとしているように見える時間が増えている気がする。

 それに――


(甘えろと話していたくせに。一向に甘えさえてくれないんですね、あなたは……)


 フェリシアの寂しげな表情にも考え込んだ表情を見せるエーミールは気付かない。


(……やっぱり、フレドリカが原因……?)


 モヤモヤとした感情が膨らんでしまう自分にフェリシアは戸惑いを覚えてしまう。

 そんな感情、無いと思っていたのだ。

 そもそもが、フレドリカがエーミールに好意を抱いている事なんて、最初から知っていた事ではないか。


(でも……)


 原因不明、言い訳の足しにもならない心情が沸き起こってくる。


(フレドリカにもエーミールはよしよししたり、抱っこしたり、してたのよね……。あの内気なフレドリカがキスをするぐらいだもの。よほど可愛がっていたに違いないわ。 う、羨ましい……。わ、私のだもん……。エーミールのああいうのは、私の物だもん……)


 内心穏やかになる事ができない。

 切欠はハッキリとわかっていた。あの、吹雪の日の出来事以来である。

 あれ以来フェリシアはハッキリ言って、ヴィズ相手にでも嫉妬心を抱く自分が居る事に気付いていた。

 正直シグムンドがヴィズの世話を代理している間、ホッとしていたのだ。


 実にくだらない。

 直面している現状に比べ、くだらなく些細なことである事は重々わかっている。

 そのせいで余計にフェリシアはエーミールに打ち明けるに打ち明けられないのだ。


 出来る事と言えば、普段通りを取り繕う事だけ。

 そのため、「あっ」と、ふいにエーミールが立ち上がっても。


「そろそろ時間だ。じゃあ、行ってくるよ、フェリシア」


 そう言って部屋を後にする時も、「ええ、ご苦労様です」としかフェリシアは声を掛けられなかった。


 閉ざされたドア越しに、エーミールが傍らに居るパトリックに向かって挨拶する声が聞こえる。

 その声を聞きながら、フェリシアは目を閉ざしていた。


 今日も後は日が暮れるまで顔を合わせることが無いのだろう。

 そう思っていたのは夕刻前までである。





「大変だ、大変だ――!!」


 平和なグランシェス城に、突如として兵の叫び声がこだまする。

 フェリシアの居る書斎へと駆け付けていたのは、カルディア地方の南部を見回っていた筈の、一人のグランシェス兵である。

 ドアの傍らに立つパトリックが真っ先に「どうしたのだ?」と声を掛ける。


「緊急事態です、騎士団長……!」


 兵の血相を見て、パトリックは黙ってドアを開くと兵と共に室内へと足を踏み入れる。

 書斎では、ちょうどフェリシアが一人で書類仕事を行っていた。


 そんなフェリシアが来訪者に気付き手を止める目の前で、兵が地面の上に伏せる形で頭を下げる。


「陛下、執務中に失礼いたします! 想定外の事が起こっております!」


 血相を変える兵の表情を見て、フェリシアは息を飲んでいた。


「……話してみなさい」


「はっ!」と兵は頭を下げ、それからフェリシアに告げる。


「黒金の鎧を身に着けたモレク騎士が一人……! 南部よりこちらに向けて進軍して来ているのです!」


 思わず「はっ?」と声を上げたのはパトリックだった。


「進軍……? 一名では進軍とは言わないのでは? ……まあ良いわ。百歩引いてそれが軍と仮定するとして……それは本当に敵対者なの?」


 そう尋ねたのはフェリシアだった。


「そうであります!」と兵は答えていた。


「モレク兵は馬に乗り、長剣以外を携帯していない様子でしたから、ちょうど仕掛けを設置していた途中の兵が敵意の有り無しを問い掛けたのです。ところがその者は無謀にも名乗りを上げて宣戦布告をしたため、兵は攻撃を仕掛けたのですが……」


「……やられてしまったの?」


「その通りです」と兵は頷いていた。


「仕掛けに出掛けている我が軍の大半は民兵どころか、鎧も身に付けない市民ばかりです。ですから、戦闘行動はしないようにと現地の小隊長が告げたのですが……」


「それで良いですよ、賢明な判断だったわね」


 そう答えた後、フェリシアは考え込んだ表情を浮かべるようになっていた。


「一人で来るだなんて、なんて無謀な……」


「警戒するまでもなく、道中の罠で撃退できるのでは?」


 そう尋ねたのはパトリックだった。


「ええ、そうだと良いのですが」と言ってフェリシアは頷いた後、考え込んだ様子で口元に手を当てるようになった。


「仮に到達できるとして、到着までまだ幾日かの猶予はあるわよね。一人で向かっているとの事だから、進行速度は従来の進軍よりも早くなると想定した方が良いかもしれません。とは言え、罠があるから、遅延はあるでしょうけれど……それにしても、一人だなんて考えられないわ。もしかしたら他に伏兵が居るのかもしれない。とにかく、警戒を怠らないようにしなければ」


「はっ」と兵は、頷いていた。


「では、我々はどのように対応すれば?」


 兵の質問に、「そうですね……」とフェリシアは呟いた。


「念には念を入れて、兵を、……兵を……――」


 フェリシアは途中で言葉を止めるようになる。


「……どうしたのですか?」


 女王陛下の異変に気付いたためパトリックは声を掛けるが、間もなくハッと息を飲んでいた。

 フェリシアの口元に当てられている手が、小さく震えている……。


「……陛下」


 パトリックに呼ばれ、フェリシアはビクッとしていた。


「あっ――ああ、そ、そうですね……」


 フェリシアは取り繕うように微笑む。

 そんな君主の様子を見て、兵はキョトンとして首を傾げていた。


「……軍事ですから。参謀のエーミールを呼んで来ましょうか?」


 君主の様子を察したのか、静かにパトリックが問いかける。


「……ええ、お願いします」とフェリシアは小さく頷いていた。



 間もなくエーミールがパトリックに連れて来られる形で書斎へと尋ねていた。


「陛下。敵が迫っているんだって?」


 開口一番、エーミールがフェリシアにそう話し掛ける。


「……ええ、そうなのです」と言って頷いたフェリシアの顔色は悪い。

 それからフェリシアは黙り込んだため、兵は改めてエーミールの方を向くと、「ご指示を頂けますか?」と尋ねていた。


 エーミールは頷くと、テキパキと伝えていた。


「弓兵はシンバリ南部の城郭に展開。仮に伏兵が居るにしても馬や砲は目立つから無しとして――恐らく最大兵力は、歩兵のみの編成となるはずだ。武装は剣、或いはパイク、或いは銃といったところかな……素直に籠城を想定した方が良いかもしれない。砲も使えれば良かったんだけど、先の『壺作戦』で火薬がほとんど無いし……とは言え、城郭の上に設置されている百機の砲のうち、四十機の口径は南部へ、あとは二十機ずつ三方向へ向けておいてほしい。それから――」


 一通り指示出しを終えた後、最後にエーミールはフェリシアの方を振り返っていた。


「――と、この作戦で良いですか、女王陛下? あとは陛下の許可をお願いいたします」


 ルールとして、具体的に兵を動かすとなると女王陛下直々の許可が必要になってくるため、エーミールはこのように尋ねたのだ。

 しかしフェリシアは沈黙を保っていた。

 それどころか青ざめた顔をして、口を手で塞いだまま。


「……陛下」


 兵が呆気に取られた表情を浮かべるようになっている。

 このままじゃまずい。と、エーミールは判断していた。


「……陛下」と呟いた後、エーミールは彼女の傍へ歩み寄って耳をフェリシアの口元に寄せていた。


「あ、エーミール……」


 フェリシアが切羽詰まった表情を浮かべている事を知りながら。

 口を塞ぐ手が小さく震えている事を知りながら、彼女がそれ以上何か声を発することが無いと知りながら――エーミールは小さく何度か頷いて見せる。


 その後、背後にフェリシアを隠すかのようにして自身の体を兵の前へと割り込ませると、兵の方に向き直ったのはエーミールだった。


「たった今、代任の指名を頂いた。僕が作戦実行の許可をする。これより、作戦を開始せよ!」


 エーミールの指示を聞き、「はっ!」と兵は頷くと、すぐに部屋を出て行くのだった。


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